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関連死ゼロ、死亡者が出ている状況にない‼︎異世界でも搾取の連続だった  作者: イチジク浣腸


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1/1

召喚

光の中で、声がした。

遠くから響いているようで、耳のすぐ横でも鳴っているようだった。

逃げ場がない、という感じだけがはっきりしていた。

男は、その声を聞きながら考えた。

これが何なのかは、だいたい想像がついた。

テレビで見たことがある。

事故のあと、意識を失った人間が見た、という話。

宗教めいた話として笑われていたが、笑っていた連中の何人が、あの場所に近づいたことがあるのかは知らなかった。

自分が死んだのかどうかは、わからなかった。

ただ、戻る場所の手触りだけが、きれいに消えていた。

声は名乗らなかった。

「汝に使命を授けよう」

断る、という選択肢が浮かばなかった。

浮かばないようにできているのだ、と男は思った。

使命は単純だった。

穢れた土地の浄化。

それだけだった。

どのくらい穢れているのか、どこまでやるのか、終わりはあるのか。

聞きたいことはいくつか浮かんだが、どれも口に出す前に意味を失った。

報酬については説明がなかった。

男は、そこで少しだけ現実に引き戻された。

金は出るのか。

出るなら、いくらか。

生活の計算が頭の中で動きかけたところで、光が消えた。

気づいたら、列に並んでいた。

前後に人がいる。

誰も喋っていない。

並び方が整いすぎていた。

誰かに指示されたわけでもないのに、間隔も向きも揃っていた。

男は、こういう列に並んだ記憶がある気がした。

長い列だった。

寒かった気もするし、暑かった気もする。

どちらだったかは思い出せなかった。

建物は石造りだった。

窓が少なく、光が入りにくかった。

その代わりに、壁の一定間隔に魔法の灯りが埋め込まれていた。

灯りは白くて、影がほとんどできなかった。

入口の上に文字が彫られていた。

王立魔導浄化事業局 第七施行管区。

その下に紋章があった。

円形の中に幾何学的な模様が刻まれている。

見たことのない形だったが、不思議と「逆らえない種類のもの」だと感じた。

責任の所在を示す印ではなく、責任を消すための印のように見えた。

受付は一人だった。

机の上には同じ形の書類が積まれていた。

順番が来ると、一枚ずつ機械的に差し出された。

羊皮紙だった。

厚くて、無駄に丈夫だった。

男は、数字を先に探した。

日当 銀貨三枚。

そこだけが、現実とつながっていた。

三枚あれば、数日は持つ。

うまくやれば、もう少し延ばせる。

「装備費、結界維持費、安全管理組合費、施行管区運営負担金——」

読み上げが始まった。

言葉は理解できたが、意味は頭に残らなかった。

どれも必要そうで、どれも自分には関係なさそうだった。

手渡されたのは、銀貨二枚と銅貨六枚。

男は一度、頭の中で計算した。

合わない。

どこかが引かれている。

どれがどれだけ引かれたのかは、わからない。

聞こうとした。

受付の男は、もう次の紙を持っていた。

男は、口を閉じた。

ここで聞いても、答えは返ってこない。

あるいは、返ってきても理解できない。

そういう場所だと、なんとなくわかった。

「七十三番」

呼ばれた。

少し間があってから、自分のことだと理解した。

番号で呼ばれることに、違和感はなかった。

名前で呼ばれないことのほうが、自然に思えた。

翌朝、荷馬車が出た。

車輪の音が一定で、思考を削った。

揺れに合わせて、意識が何度も途切れた。

乗っている人間は十人ほどだった。

誰も喋らなかった。

話してはいけない、という空気ではなかった。

話す必要がない、という感じだった。

窓の外に森が続いた。

一定間隔で、光が立っていた。

杭のように地面に刺さっている。

その先端だけが白く光っていた。

境界だ、と男は思った。

何の境界かは、考えなかった。

三時間後、ゲートに着いた。

空が白み始めていた。

夜と朝の境目だった。

魔導騎士が立っていた。

防具の表面に、細かい傷が無数についていた。

装飾ではなかった。

使われた跡だった。

番号が呼ばれた。

七十三番。

男はすぐに返事をした。

更衣室には、金属の匂いがこもっていた。

防護服が並んでいた。

どれも同じ形で、わずかに色が違っていた。

新品と使い回しの差だと、すぐにわかった。

男に渡されたものは、少し色がくすんでいた。

手順書は三枚あった。

やけに細かかった。

着る順番。

留める位置。

重ねる向き。

外すときの手順。

廃棄する場所。

どれも具体的だった。

だが、「なぜそうするのか」は一切書かれていなかった。

王立魔導浄化事業局 安全管理部

第三改訂版。

改訂履歴の欄はあったが、中身は空白だった。

隣の男が話しかけてきた。

「三改訂なのにさ、袖の留め方、変わってないんだよ」

軽い声だった。

男は袖を見た。

確かに、少し緩い気がした。

隙間ができている。

そこから何かが入るのか、出るのかはわからなかった。

「前に一回、ここから——」

男はそこまで言って、やめた。

笑った。

笑っていなかった。

計測器を渡された。

胸に下げる。

ピ、と鳴った。

「スタート」

隣の男が言った。

「三回鳴ったら終わり。それまでは平気」

“平気”の意味を、男は聞かなかった。

数値は表示されていた。

意味は説明されなかった。

基準値はどこにも書かれていなかった。

問い合わせ先は存在していたが、ここにはなかった。

存在している、という事実だけが用意されていた。

作業は単純だった。

地表を削る。

削ったものを袋に入れる。

袋を運ぶ。

それだけ。

削るたびに、わずかに粉が舞った。

光の中で、見えたり見えなかったりした。

男は、それを吸い込まないように意識した。

数回でやめた。

意味がない気がした。

昼、食堂に入った。

壁に鏡板があった。

映像が流れていた。

音は小さく、言葉は聞き取れなかった。

字幕だけがはっきりしていた。

浄化作業に起因する死者は、現時点で確認されていない。

手順に従った作業は安全である。

男は、そこまで読んだ。

その下に小さく文字が流れていた。

統計対象期間、報告基準、例外規定。

読みきる前に、画面が切り替わった。

黒パンをかじった。

固くて、少し酸っぱかった。

喉に引っかかった。

水で流し込んだ。

水はぬるかった。

隣の男が言った。

「“確認されてない”って便利な言い方だよな」

それだけだった。

夕方、計測器が三回鳴った。

ピ、ピ、ピ。

男は、はっきりと安心した。

初めての感覚だった。

理由はわからなかった。

計測器を外した。

数値は見えなかった。

回収口に入れた。

同じものが戻ってくる保証はなかった。

誰も気にしていなかった。

三日目、右手に違和感が出た。

細い針で内側から刺されるような感覚だった。

指先から始まって、少しずつ広がった。

工具を握ると、力が遅れて伝わった。

ほんの一瞬だけ、動きがずれた。

誰にも気づかれなかった。

男は考えた。

これが作業のせいなのかどうか。

判断する材料はなかった。

だから、判断しなかった。

気のせいだと決めた。

決めたほうが、楽だった。

その日の帰り、荷馬車の中で、ひとつ席が空いていた。

朝は埋まっていた場所だった。

誰も何も言わなかった。

男も、聞かなかった。

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