小僧、俺との婚約を破棄し、国外追放するだと!?
大理石の広間に、ざわめきが満ちていた。
貴族たちが息を呑み、視線を集める中心で、王太子が得意げに宣言する。
「公爵令嬢エレクシア!
貴様との婚約は、ここに破棄する!」
王太子の声が、王立学園の大講堂に高らかに響いた。
ざわり、と空気が揺れる。
貴族の子女たちの囁き、嘲笑、安堵、期待――そのすべてが、刃となってエレクシアへ向けられた。
「そして私は、真に清らかで心優しき女性――
男爵令嬢リリアーナと結ばれる!」
王太子の腕にしがみつき、その豊満な胸をこれでもかと押し付けている、男爵令嬢。
潤んだ瞳、か弱い微笑み、男好きのする顔。
観衆は「まあ……」「なんて可憐な」と囁き合う。
エレクシアの胸の奥で、何かが小さく軋んだ。
これまでにも、幾度となく感じてきた違和感。
この世界、この身体、この立場。
公爵令嬢としての振る舞いを、完璧に演じてきたはずなのに、どこか噛み合わない感覚が常にあった。
――その時だった。
「ほお……小僧、
婚約を破棄するなどとは、抜かしおったな」
エレクシアの口から、自身でさえ信じられぬような、場にそぐわぬ低い声が漏れた。
次の瞬間、エレクシアの頭の奥で何かが砕けた。
視界が反転する。
雪原。血。咆哮。
幾千の拳、幾万の断末魔。強敵との死闘。
天を衝く闘気、屍の上を往く覇道。
――覇王。
己はかつて、そう呼ばれていた。
ただ「強さ」だけで世界を席巻した漢。
(俺は……公爵令嬢エレクシア。そして……)
エレクシアは、ゆっくりと瞬きをした。
(ふむ……全て思い出したわ)
胸の奥で、眠っていた炎が目を覚ます。
背筋を貫く、暴力的なまでの確信。
――俺は、力で全てをねじ伏せて来た。
――力とは、己の、公爵令嬢としての生き様。
エレクシアは、王太子を見た。
いや、見下ろした。
(この程度の、毛も生え揃わぬ餓鬼が……
この俺に向かって囀るとは。ふふふ、面白い)
口元が、自然と歪む。
それは貴族令嬢の微笑ではない。
かつて覇王と呼ばれた者だけが浮かべる、強者の笑みだった。
「……」
静かな沈黙が、講堂を支配する。
「それで……話は終わりか、小童よ」
その声は、女のものだった。
だが、内包する圧は――漢だけが発する気配。
「こ、こわっぱ?
いや、まだ話は終わっていないぞ!貴様を、この俺の王国から……追放する!」
次の瞬間。
「フハハハハハハ、羽虫ごときが、この俺を追放とはな!なかなか囀るではないか!」
胸を揺らしてエレクシアが嗤う。
「きさま!殿下に向かってその無礼な態度は何だ!」
王太子の取り巻きの一人、次期騎士団長と言われる側近が、エレクシアを力で組みしだこうと走り寄ってくる。
剣を抜き、獣のような笑みを浮かべて踏み込んだ、その瞬間だった。
「喚くな雑兵!」
エレクシアのスカートの裾が揺れた。
細く、白く、よく鍛えられた脚。
学園一の美女、公爵令嬢の美しい足が露になる。
「陰嚢粉砕脚」
その名に似合わぬほど、動きは優雅だった。
舞踏の一歩のように滑らかで、無駄がない。
だが――
グシャッ
嫌な音がし、次期騎士団長のオトコは、世にもおぞましい断末魔をあげ、崩れ落ちた。
主人を失った剣は床に転がり、もはや手に取る者もない。
学園の大広間に、重い沈黙が落ちる。
エレクシアは、花がほころぶような可愛らしい笑顔を浮かべ、
小首をかしげて言った。
「愚か者め!漢たるもの、肉体すべてが武器。
我が師が相手であったならば、俺の脚が砕け散っていたわ!」
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床に転がる無胤の騎士の断末魔が、ようやく静まった頃。
王太子は顔面を引きつらせ、喉を鳴らしながら一歩後ずさった。
「……エ、エレクシア――きさま、いったい……」
エレクシアの視線が、氷のように鋭く突き刺さる。
「――青二才よ」
低く、しかしよく通る声。
「婚約は、先ほどうぬが一方的に破棄したはずだ」
にこり、と上品な笑みを浮かべたまま、続ける。
「エルドレイン公爵令嬢と呼ばぬか、この阿呆めが」
一歩、王太子へ近づき、完璧な姿勢で言い放つ。
王太子が、顔を真っ赤にして口を開いた。
「……エレクシア、こんな事をして、ただで済む――」
――パァンッ!
「ぶふぇええ」
乾いた音と無様な声が大講堂に響き渡った。
白く美しい手のひらが、王太子の頬を正確に打ち抜いたのだ。
勢いよくよろめいた拍子に、彼の懐から――
ひらり。
レース付きの、女性物の下着が床に舞い落ちた。
一瞬の静寂。
次いで、会場中の視線が、その一点に吸い寄せられる。
エレクシアはそれを見下ろし、
誰もが見惚れるような、妖精のような笑顔で小首をかしげた。
「うぬは……まだおなごの肌着に執着しておったか。
メイドの、香りの残る腰布など集めおって」
「ふむ……確かめねばならぬ」
「スキル――
《夢魔幻視》」
王太子の背後、虚空に巨大な幻影のスクリーンが浮かび上がった。
「な、何だこれは――!?」
映し出されたのは、
――女性の下着の数々。
ショーツ。
レース。
フリル。
それらを並べて眺め、匂いを嗅ぎ、涎を垂らして恍惚とする王太子の秘め事。
広間が、凍りついた。
「……この助平が、俺はそれとなく、止めるように注意したはずだが?」
エレクシアは腕を組み、泰然と告げる。
「や、やめろおおおお!!」
王太子は頭を抱え、やめろやめろと駄々をこねる。
「えええ、ハロルド様、そんな趣味が……け、汚らわしい」
男爵令嬢リリアーナが、引き気味に呟いた。
「ほう?小娘よ、この矮小な王太子が汚らわしいだと?
では……次は貴様の番だ」
視線が、男爵令嬢リリアーナへ移る。
「貴様は“純潔”を誇っておるようだが……」
幻影が切り替わる。
夜の街、仮面、甘い言葉。そして怪しげな館の一室。
複数の男と、尻を出し、振り乱しながら快楽にふけるリリアーナの姿。
「純潔は守っているようだが、その貴様の不浄の穴は、欲望に塗れているようだな」
「ち、違う!
これは、違――!
て、てめえ!ち、ちくしょう、やめろお!」
「笑わせるな!阿婆擦れが」
エレクシアは、襲いかかってきたリリアーナの、無駄に豊満な片乳を手で鷲掴みにすると、そのまま腕で抱え、尻を露出させる。
バシーン!
「この愚か者め!」
「ぎゃああああ」
バシーン!!
「自分を安売りしおって!」
「ひぎいいい」
エレクシアはその美しい手で、リリアーナの美尻を容赦なく何度も打ち据える。
「しかし、手段は兎も角、天を掴まんと、なりふり構わず貪り尽くすその姿は、この俺も感じ入ったぞ」
「ふふふ、男爵令嬢リリアーナ、なかなかの剛の者よ」
王太子はリリアーナの裏切りを目の当たりにし、頭を抱えてブツブツと呻いている。
「情けない凡愚だ。
おなごは元来自由な生き物よ。
漢が真に愛した女なら、
誰を愛そうが、
どんなに汚れていようが、
最後に己の横におれば良いのだ」
「リリアーナと言ったな。雌狐よ、貴様が気に入ったぞ。この変質者など捨てて俺と共に来い」
エレクシアは、すべてに背を向けた。
そして――
卒業会場の出口、その前で立ち止まる。
ゆっくりと振り返り、
完璧なカーテシーを決めた。
静かに、しかし確かに響く声で
「我が三年間の学園生活に――
一片の悔いなし。
我が覇道、付いて来たくば来るが良い。
では者共、さらばだ!」
ドレスの裾が翻る。
覇姫は振り返らない。
その背を、誰も止められなかった。
――完
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陰嚢粉砕脚
――覇姫流体術・秘奥義
人の肉体には、鍛錬によって鋼と化す部位と、いかなる達人であろうとも守り切れぬ“死角”が存在する。
陰嚢粉砕脚とは、相手の重心移動・呼吸・踏み込みの刹那を見極め、下半身の急所にのみ存在する一瞬の空白へ、 必殺の一撃を放つ技である。
・脚に闘気を纏い
・舞踏の一歩の如く踏み出し
・敵が“女が相手だ”と油断した瞬間に放たれる
ゆえに、防御不能。
記録によれば、これを受けなお立ち上がった者はいない。
時の皇帝の勅命により、男同士の戦いでは禁じられ、肉体的に不利とされた女のみが行使を許された――対男専用の必殺の一撃である
余談だが、エレクシアが履く尖踵
後世においては「装飾靴」「社交用履物」として知られるそれは、
本来、靴ですらなかった。
一説に、糞尿を避けるために踵を高くした、などと語られるが、
それは平和な時代に作られた、あまりにも浅薄な俗説である。
真の起源は、
古代において用いられた、対男専用の戦装束。
男の重装甲が最も脆弱となる“股間装甲の死角”。
そこへ正確無比に打ち込むため、
踵は刃の如く削がれ、
体重・踏み込み・回旋力のすべてを一点に集束させる構造となった。
特に、宮廷・宴席・舞踏会といった
「武装を解いた男が油断する場」において、
その威力は絶大であったという。
現代に残るハイヒールとは、
その戦闘性を削ぎ落とし、
無害化された“残骸”に過ぎぬ。
成楼書房『古代宴席武装史概論』より
二つ連載中ですが、この短編と似たような雰囲気の話は
ときめきTS女神転生
https://ncode.syosetu.com/n6478lq/
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