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婚約破棄された私が選んだ居場所  作者: 秋月 もみじ


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第8話 真実の露見


午前10時。


いつものように依頼票を整理していた時だった。


ギルドの扉が重々しく開いた。


銀色の鎧。


青いマント。


胸に王家の紋章。


王宮騎士団だ。


10名以上の騎士が隊列を組んで入ってくる。


ギルド内の空気が一瞬で凍りついた。


「セシリア・ローゼンハイムはいるか」


先頭の騎士が冷たく言った。


私の心臓が跳ねた。


また、私の名前。


監査の次は、騎士団。


「私です」


私はカウンターから前に出た。


手が震えそうになるのを必死に抑える。


「王命により、貴女を逮捕する」


騎士は一枚の書状を掲げた。


「容疑は王宮機密情報の漏洩だ」


機密情報の漏洩。


身に覚えがない。


「何かの間違いです」


私は冷静に答えた。


「私は婚約破棄以降、王宮機密に触れる機会は一切ありません」


「証拠がある」


騎士は別の書類を見せた。


私の筆跡に似た文字で書かれた、王宮の予算配分案。


でも、見覚えがない。


「これは私の字ではありません」


「筆跡鑑定で一致している」


「偽造です」


その瞬間。


ドンッ!


ルークが私の前に立ちはだかった。


椅子が倒れる音が響く。


「待てよ」


低く、静かな声。


でも、凄まじい威圧感が騎士たちを圧迫する。


「ルークさん……」


「セシリアは何もしてねえ」


ルークの手が剣の柄にかかった。


「どけ、冒険者」


「でたらめな証拠で人を捕まえるのか」


空気が張り詰める。


他の冒険者たちも立ち上がった。


「セシリアさんを連れて行くなら、俺たちを通れ!」


「そうだ!」


みんなが私を守ろうとしている。


胸が熱くなった。


でも、これ以上巻き込めない。


「ルークさん」


私は彼の腕を掴んだ。


「やめてください」


「セシリア……」


「ここで戦えば、ギルド全体が反逆者になります」


私は騎士を見据えた。


「私は何もしていません」


「だからこそ、王宮で潔白を証明してみせます」


ルークの拳が震えた。


悔しそうに唇を噛む。


「……分かった」


彼は一歩下がった。


「でも、絶対に戻ってこい」


「必ず」


私は頷いた。


「ここは、私の居場所ですから」


王宮。


久しぶりに見る白い石造りの建物。


かつて毎日通った場所。


でも、今は牢獄のように感じる。


尋問室に案内された。


簡素な部屋。


机と椅子だけ。


そして、待っていたのは——。


「お久しぶりですね、セシリア嬢」


グレゴール・フォン・シュタイン。


宰相補佐官。


黒髪にモノクル。


冷たい灰色の瞳。


私は彼を知っている。


王太子妃時代、何度か会った。


いつも丁寧だったが、目が笑っていなかった。


「グレゴール補佐官」


「容疑はご存知ですね」


彼は書類を机に広げた。


「この文書を見てください」


王宮の防衛配置に関する機密情報。


確かに私の筆跡に似ている。


でも、私が書いたものではない。


「これを、あなたが外部に流したという証言があります」


「誰の証言ですか」


「匿名です」


また匿名。


監査の時と同じパターン。


「この文書は偽造です」


私ははっきり言った。


「私の筆跡を真似たものです」


「証拠は?」


「まず、この日付を見てください」


私は冷静に指摘した。


「私が婚約破棄された後の日付です」


「その時期、私は王宮に出入りしていません」


「どうやってこの情報を得たのですか」


グレゴールの表情が一瞬揺れた。


「それに、私の字には独特の癖があります」


私は文字を指差した。


「『t』の横棒は少し右上がり、『a』は丸みを帯びた書き方」


「これは完璧すぎます。機械的です」


グレゴールの目つきが鋭くなった。


「強気ですね、没落令嬢にしては」


「事実を述べているだけです」


私は落ち着いて答えた。


「あなたが仕組んだんですね」


「何のことです?」


「監査も、今回の逮捕も」


「全てあなたの差し金」


グレゴールは薄く笑った。


初めて見る、彼の本性。


「証明できますか?」


できない。


でも、確信はある。


「なぜ、私を?」


「あなたは邪魔なのですよ」


グレゴールは立ち上がった。


「底辺ギルドで活躍する元貴族令嬢」


「民衆の人気を集める存在」


「旧貴族派にとって、脅威なのです」


身勝手な理由。


でも、彼は本気だ。


「もう終わりです」


グレゴールは書類をまとめた。


「あなたは投獄される」


「朧月支部も調査対象となり、閉鎖される」


その時。


扉が開いた。


「待て」


凛とした声。


アレクシス殿下だった。


「殿下……」


グレゴールが驚いた顔をした。


「なぜここに」


「報告を受けた」


殿下は私を一瞥する。


その目は、冷たくなかった。


「グレゴール、証拠を見せろ」


「はい。こちらです」


グレゴールは自信満々に書類を差し出した。


殿下はそれを受け取り、一枚ずつ確認し始めた。


長い沈黙。


部屋の空気が張り詰める。


私は固唾を呑んで見守った。


「……おかしいな」


殿下が呟いた。


「何がでしょうか」


「この筆跡だ」


殿下は書類を指差した。


「セシリアの字に似ているが、違う」


私は驚いた。


殿下が、そんなことまで。


「彼女は『t』の横棒を少し右上がりに書く」


「『a』は独特の丸みがある」


「これは機械的すぎる」


「それに」


殿下は別の部分を示した。


「この決裁印。私の旧式の印だ」


「現在使っているものとは違う」


「位置も中央寄りだが、私はいつも右上に押す」


グレゴールの顔色が変わった。


「さらに、この紙質」


殿下は紙を光にかざした。


「王宮御用達の紙ではない」


「セシリアが使っていた紙は、もっと上質だった」


「インクの色も違う」


「この時期、王宮では青みがかったインクを使っていた」


「これは黒すぎる」


完璧な分析だった。


私が気づかなかった点まで。


「グレゴール・フォン・シュタイン」


殿下の声が氷のように冷たくなった。


「貴様、証拠を偽造したな」


「そ、それは……」


「認めるか? それとも徹底的に調べられたいか?」


グレゴールは脂汗を流した。


観念したように膝をついた。


「……申し訳ございません」


「宰相補佐官の地位を剥奪する」


「今後一切、王宮への出入りを禁ずる」


「連れて行け」


騎士たちがグレゴールを連行していく。


彼は最後まで、私を恨めしそうに睨んでいた。


部屋に、私と殿下だけが残った。


重い沈黙。


「セシリア」


「殿下」


「本当に、申し訳なかった」


殿下は深く頭を下げた。


「私の不明が、君を何度も苦しめた」


「顔を上げてください」


私は静かに言った。


「もう、過去のことです」


「君は……」


殿下は私を見た。


「許してくれるか?」


私は少し考えた。


「殿下は変わられました」


「自分の目で見て、自分で判断できる王に」


「それで十分です」


殿下は悲しそうに笑った。


「君がいなくなってから、君の書類を見返してばかりいた」


「だから、偽物だとすぐに分かった」


胸が痛んだ。


彼は、本当に変わったのだ。


「君は無罪だ。すぐに解放する」


「ありがとうございます」


私は立ち上がった。


「仲間が待っていますから」


殿下は少し寂しそうな顔をした。


でも、すぐに頷いた。


「そうか。気をつけて」


「はい」


私は部屋を出ようとした。


「セシリア」


呼び止められた。


「私は、君に相応しい王になれるだろうか」


その問いに、私は微笑んだ。


「今の殿下なら、きっと」


殿下は目を見開いた。


そして、深く頭を下げた。


「ありがとう」


ギルドに戻ったのは夕方だった。


扉を開けると、全員が一斉に振り返った。


「セシリア!」


ルークが駆け寄ってきた。


「無事か!?」


「はい。無罪放免です」


「よかった……!」


ルークは私を強く抱きしめた。


痛いくらいに。


でも、温かかった。


「心配かけました」


「当たり前だ」


ルークは私を離し、顔を覗き込んだ。


「何もされてねえか?」


「ありません。殿下が助けてくれました」


「殿下が?」


「偽証拠を見破ってくれました」


ルークは少し複雑そうな顔をした。


でも、すぐに笑った。


「結果オーライだ」


「おかえり、セシリア」


「ただいま、ルークさん」


周りから拍手が起こった。


リゼットさんが泣いている。


バルドが豪快に笑っている。


「今日は祝いだ! 飲むぞー!」


私は自分の席に座った。


いつものカウンター。


いつもの書類。


いつもの仲間たち。


ここが、私の居場所。


もう、誰にも邪魔させない。


ルークが隣に座った。


「なあ」


「はい」


「もう二度と、あんな危ない目に遭わせねえ」


「俺がもっと強くなる」


彼の瞳は真剣だった。


「期待しています」


私は微笑んだ。


「でも、無理はしないでくださいね」


「おう」


私は窓の外を見た。


夕日が美しい。


オレンジ色に染まった空。


朧月支部の看板が、光を浴びて輝いている。


グレゴールの失脚で、もう王宮からの妨害はないだろう。


本当の意味で、自由になった。


私は小さく呟いた。


「私は、もう王宮には戻らない」


その言葉は、自分自身への誓いだった。


ここで、自分の人生を生きていく。


そう心に決めた夕暮れだった。

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