第6話 ギルドの危機
午前10時。
ギルドの扉が勢いよく開いた。
黒い制服の男たち。
胸に王宮の紋章。
嫌な予感が背筋を走る。
「冒険者ギルド朧月支部か」
先頭の男が冷たく言った。
細身で、きっちりとした身なり。
目が笑っていない。
「王宮会計局監査官、レネ・ファルクだ」
その名前を聞いて、バルドの顔が曇った。
「レネか……久しぶりだな」
「バルド・グリムウッド。まだこんな場所にいたのか」
レネの声に軽蔑が混じっている。
二人は知り合いらしい。
でも、友好的ではない。
「不正経理の疑いがあるとの報告を受けた」
レネは書類を机に叩きつけた。
王家の紋章入り。
「過去3年分の帳簿を全て精査する」
不正経理?
私の手が止まった。
そんな事実は一切ない。
私が来てからは完璧に管理している。
でも、前任者の時代は……。
「誰からの報告ですか」
私は前に出た。
レネは薄く笑った。
「匿名だ。詳細は言えない」
匿名。
アレクシス殿下の視察から、ちょうど3日。
偶然にしては、タイミングが良すぎる。
誰かが意図的に。
「で、いつまでに提出すればよろしいでしょうか」
「今日中だ」
今日中?
私は耳を疑った。
「3年分を、ですか?」
「そうだ。できなければ、業務停止命令を出す」
レネは別の書類を見せた。
ギルド閉鎖命令書。
既に作成済み。
これは、罠だ。
最初から潰すつもりで来ている。
「承知いたしました」
私は毅然と答えた。
「必ず提出いたします」
「セシリア!」
バルドが驚いた顔をした。
「無茶だ。一人じゃ絶対無理だぞ」
「やります」
私はレネを見据えた。
「このギルドに不正など一切ありません」
「それを証明してみせます」
レネは鼻で笑った。
「精々頑張ることだな」
彼らが去った後。
ギルド内に重い沈黙が落ちた。
冒険者たちが不安そうな顔をしている。
私は書庫に向かった。
扉を開けると、段ボール箱の山。
前任者が放置した過去の書類。
埃まみれ。
分類もされていない。
10箱以上ある。
これを今日中に整理して、不正がないことを証明する。
普通なら不可能だ。
でも、やるしかない。
みんなの居場所を守るために。
「まずは現状把握から」
私は【並列思考】を発動した。
頭の中で複数の作業が同時進行する。
箱を開けて、中身を確認。
帳簿、領収書、依頼票、メモ。
全てがぐちゃぐちゃだ。
前任者の字は汚い。
計算ミスも多数。
これでは、不正と疑われても仕方がない。
でも、実際は不正ではなく、ただの杜撰さだ。
それを証明しなければならない。
「【空間整理】」
魔法を発動して、書類を宙に浮かせる。
でも、量が多すぎる。
魔力消費が激しい。
一人では限界がある。
時間が過ぎていく。
正午。
午後3時。
まだ全体の3分の1も終わっていない。
手が痛い。
目が霞む。
でも、止められない。
その時。
「まだやってんのか」
低い声がした。
振り返ると、ルークが立っていた。
大きな影が私を覆う。
「ルークさん……」
「一人でやる気か」
「これは私の仕事ですから」
「バカ言え」
ルークは書庫に入ってきた。
「手伝う」
「でも、書類仕事は苦手だと……」
「苦手だ。知ってる」
彼は袖をまくった。
「でも、お前が倒れたら困る」
「計算は無理でも、運搬や仕分けならできる」
私は彼を見つめた。
琥珀色の瞳が真剣だった。
なぜ、そこまでしてくれるのか。
「俺たちのギルドだろ」
ルークは当たり前のように言った。
「守るのは当然だ」
その言葉に、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます」
「礼はいらねえ。どうすればいい」
「では、年代別に箱を並べてください」
「了解」
ルークが作業を始めた瞬間。
書庫の扉が開いた。
「私たちも手伝うわ!」
リゼットさんだった。
後ろに他の冒険者たちも続いている。
ガレス、マルコ、他にも何人も。
「みなさん……」
「セシリアさんが一人で抱え込むなんて、駄目よ」
リゼットさんが笑った。
「ギルドのピンチでしょ? みんなで乗り切りましょう」
「俺、読み書きは苦手だけど、力仕事なら!」
「僕は計算得意です!」
「仕分けくらいならできるぞ!」
みんなが口々に言う。
前世では、トラブルが起きると皆逃げていった。
「お前が何とかしろ」と押し付けられた。
でも、ここは違う。
みんなが、私と一緒に戦ってくれる。
「……お願いします」
私は涙を堪えた。
「指示を出させていただきます」
「おう!」
「任せて!」
書庫が一気に活気づいた。
私は【並列思考】をフル稼働させた。
「ルークさんとマルコさんは、箱を年代順に並べてください」
「リゼットさんとガレスさんは、依頼票の仕分けを」
「他の方々は、領収書とメモの照合をお願いします」
「私は帳簿の計算確認を行います」
「了解!」
「分かった!」
作業が本格化した。
狭い書庫が人でいっぱいになる。
でも、不思議と混乱しない。
みんなが私の指示に従って、テキパキと動いてくれる。
「これ、どっちの年?」
「日付を見て! こっちよ」
「領収書見つけた!」
「ありがとう!」
まるで祭りのような熱気。
でも、真剣そのもの。
私は帳簿に向かった。
ペンを走らせる。
【事務処理補助】が計算ミスを防いでくれる。
複雑な数字も、頭の中で瞬時に処理される。
「セシリアさん、この記録合ってる?」
「確認します……はい、正しいです」
「次お願いします」
「はーい!」
流れ作業が確立された。
効率が飛躍的に上がる。
時間の感覚が薄れていく。
夜8時。
深夜12時。
午前2時。
魔力が底をつきそうになる。
視界が揺れた。
ふらりと体が傾く。
「っと」
誰かに支えられた。
ルークだった。
「無理すんな」
彼は水筒を差し出した。
「少し休め」
「でも、まだ……」
「俺たちがいる」
ルークは周りを見渡した。
冒険者たちが黙々と作業を続けている。
誰一人、帰ろうとしない。
疲れているはずなのに。
明日も依頼があるはずなのに。
「お前が頑張ってるのは、みんな知ってる」
「だから、みんなここにいるんだ」
私は水を飲んだ。
冷たくて、甘い。
体に染み渡る。
「なんで、こんなに……」
「言ったろ。ギルドのためだ」
ルークはそっけなく答えた。
でも、すぐに付け加えた。
「あと、お前が倒れたら困る」
「私が?」
「お前がいなくなったら、また元のブラックギルドに戻っちまう」
「せっかく働きやすくなったのに、それは嫌だ」
「だから、倒れさせねえ」
不器用な優しさ。
でも、真っ直ぐな気持ちが伝わってくる。
「……分かりました」
私は立ち上がった。
「倒れません」
「おう」
ルークは私の頭を軽く撫でた。
大きな手。
温かい。
作業再開。
午前4時。
「最後の箱、終わったー!」
誰かが叫んだ。
歓声が上がる。
私もペンを置いた。
全ての帳簿と証拠書類が整理された。
年代別、項目別に完璧に分類。
不正の事実は一切ない。
ただの杜撰な管理だったことが証明できる。
「みんな……ありがとう」
私は立ち上がろうとして、よろけた。
またルークに支えられた。
「よくやった」
彼は私の肩を叩いた。
「お前も、みんなも」
周りを見渡す。
疲れ切った顔。
でも、達成感に満ちている。
「本当に、ありがとうございました」
私は深く頭を下げた。
「皆さんがいなければ、絶対に無理でした」
「気にすんなよ」
ガレスが笑った。
「いつも世話になってるからな」
「そうそう!」
「セシリアさんのためなら、いくらでも!」
リゼットさんが目を潤ませている。
胸が、ぎゅっとなった。
私は一人じゃない。
こんなにも多くの仲間がいる。
朝8時。
レネが戻ってきた。
相変わらず冷ややかな表情。
「どうだ、諦めたか?」
私は整理された書類を指差した。
年代別、項目別に完璧に分類されたファイル。
インデックスも完備。
「過去3年分、全て揃っております」
私は毅然と言った。
「不正の事実は一切ありません」
レネの表情が変わった。
「馬鹿な……一晩で?」
彼は書類を手に取った。
パラパラとめくる。
粗を探そうとしている。
でも、見つからない。
私たちが一晩かけて確認したのだから。
「……計算に間違いはない」
「依頼票との整合性も完璧だ」
「領収書も全て揃っている」
レネの手が震えた。
「どういうことだ……」
「朧月支部の結束力です」
バルドが後ろから言った。
豪快に笑いながら。
「舐めてもらっちゃ困るな」
冒険者たちが腕を組んで立っている。
無言の圧力。
レネは脂汗を流した。
「……結論として」
彼は渋々言った。
「現在の朧月支部に、不正経理は認められない」
「過去の記録については、前任者個人の問題として処理する」
「業務停止命令は、撤回する」
「やったー!」
歓声が爆発した。
冒険者たちが抱き合っている。
私もリゼットさんと抱き合った。
「やったね、セシリアさん!」
「はい!」
レネは悔しそうに書類をまとめた。
「……今回は見逃してやる」
捨て台詞を吐いて、逃げるように去っていく。
ギルド内に笑い声が響いた。
「勝ったぞー!」
「ギルドは守られた!」
私は窓の外を見た。
朝日が眩しい。
徹夜明けの体は重い。
でも、心は軽かった。
ルークが近づいてきた。
「お疲れ」
「ルークさんも」
「まあ、悪くねえ夜だったな」
彼は少し照れくさそうに笑った。
「お前、一人で抱え込まなくなったじゃねえか」
「え?」
「最初は全部一人でやろうとしてただろ」
「でも、最後は俺たちに頼んでくれた」
確かに、そうだった。
前世では、最後まで一人で抱え込んだ。
でも、今回は違った。
仲間に頼ることができた。
「皆さんがいてくれるから」
私は微笑んだ。
「一人じゃないって、初めて実感しました」
「そうだ」
ルークは私の頭を軽く叩いた。
「お前は一人じゃねえ」
「俺たちがいる」
その言葉が、胸の奥に温かく響いた。
王太子妃時代は、いつも孤独だった。
誰も助けてくれなかった。
でも、ここは違う。
みんなが支えてくれる。
「ありがとうございます」
私は涙を堪えた。
「これからも、よろしくお願いします」
「おう」
バルドが手を叩いた。
「今日は全員休みだ!」
「俺の奢りで飲みに行くぞ!」
「おー!」
歓声が上がる。
私は深く息を吐いた。
危機は去った。
そして、私は確信した。
ここが、私の居場所だと。
みんながいる、温かい場所だと。
一人で戦う必要はない。
仲間がいる。
それが、どんな魔法よりも心強かった。




