第4話 冒険者たちの信頼
3日が経った。
依頼票の分類システムは定着している。
緊急依頼の処理率は8割まで向上した。
でも、新たな問題が見えてきた。
私は朝一番、帳簿とにらめっこしていた。
「うーん……」
思わず声が漏れる。
「どうしました?」
リゼットさんが心配そうに覗き込んだ。
「この冒険者の記録を見てください」
私は台帳を指差した。
「Dランクのガレス。月20件の依頼をこなしています」
「すごいですね」
「でも、内容は全て『薬草採取』です」
リゼットさんが首を傾げた。
「それって……」
「楽な依頼ばかり選んでいるんです」
私は別のページを開いた。
「一方、同じDランクのマルコ。月10件ですが、全て『魔物討伐』です」
「危険な依頼ばかり……」
「でも、評価は同じDランクのまま」
これは不公平だ。
真面目に危険な依頼をこなす人が報われない。
前世でも見た光景。
派手なプロジェクトだけ皆が取りたがり、地味な雑務は真面目な人に集中する。
そして、その人だけが疲弊していく。
「評価制度を変えたいんです」
私はバルドの部屋を訪ねた。
「ほう、どう変える?」
「ポイント制を導入します」
私は簡単な資料を見せた。
「依頼の難易度、危険度、公共性を数値化。累積ポイントでランク昇格とボーナス支給を判定します」
バルドは資料を眺めた。
しばらく黙っていた。
やがて、豪快に笑った。
「面白そうだ。やってみろ」
「ありがとうございます」
「ただし、試験運用だ。問題があれば即中止」
「承知しました」
私は掲示板に新しいポスターを貼った。
『新評価制度について(試験運用)』
依頼の種類ごとにポイントを明記。
累積100ポイントでランク昇格審査。
地味だが必要な仕事ほど高ポイント。
シンプルで分かりやすく作ったつもりだった。
そのはずだった。
「ふざけんな!」
怒号が響いた。
ガレスだ。
薬草採取ばかりしている冒険者。
「俺たちを数字で縛る気か!」
「そうじゃありません」
私は冷静に答えた。
「公平な評価のためです」
「公平? 笑わせるな!」
ガレスがカウンターを叩いた。
「俺は毎日真面目に働いてる! それが評価されないってのか!」
他の冒険者たちも騒ぎ出した。
「俺たちは自由な冒険者だぞ!」
「数字で管理されるのは御免だ!」
空気が悪くなっていく。
私の胸が締め付けられた。
前世を思い出す。
数値目標に追われた日々。
達成できない同僚が追い詰められていく様子。
売上数字が足りないから残業。
評価が足りないからボーナスなし。
私も、人を数字で縛ろうとしているのか。
「セシリアさん……」
リゼットさんが心配そうに見ている。
私は自分の提案を見つめた。
これで本当に良いのか。
また誰かを苦しめるだけではないのか。
その時。
「待てよ」
低い声が響いた。
ルークだった。
彼はポスターを指差した。
「このポイント制、内容をちゃんと見たか?」
「何だと?」
ガレスが睨む。
「『街道パトロール』が意外と高ポイントだぞ」
ルークは淡々と言った。
「地味だが必要な仕事だ。今まで誰もやりたがらなかった」
「でも、これならポイントが貯まる」
「真面目にコツコツやる奴が報われる仕組みだ」
彼は私を見た。
「それに、『失敗してもペナルティなし』って書いてある」
「挑戦しやすいってことだろ」
私は頷いた。
「その通りです」
「無理に危険な依頼を受ける必要はありません」
「でも、挑戦したい人には機会があります」
ルークはガレスに向き直った。
「お前は薬草採取が得意なんだろ。それでいいじゃねえか」
「ただ、危険な依頼をこなす奴と同じ評価は無理ってだけだ」
ガレスが黙り込んだ。
反論できない。
「……分かったよ」
彼は舌打ちして去っていった。
他の冒険者たちも、徐々に散っていく。
私は深く息を吐いた。
「ありがとうございます、ルークさん」
「別に」
彼はそっけなく答えた。
「俺も得するからな」
でも、その横顔は真剣だった。
夕方6時。
ギルドが閉まった。
私は机に突っ伏していた。
疲れた。
精神的に。
「本当にこれで良かったのかな……」
前世の記憶がフラッシュバックする。
数字に追われて壊れていく人たち。
私も、同じことをしているのでは。
「セシリア」
声がした。
顔を上げると、ルークが立っていた。
「あの、お疲れ様です」
「腹減ってねえか」
唐突な質問。
「え?」
「一緒に飯でも食うか」
彼はぶっきらぼうに言った。
「お前、昼飯抜いてただろ」
見ていたのか。
確かに、忙しくて食べていなかった。
「でも……」
「いいから来い」
ルークは私の腕を軽く引いた。
屋台の前。
簡素な椅子に並んで座る。
「おやっさん、肉串2つ」
「あいよ」
店主が手際よく串を焼く。
香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
お腹が鳴った。
恥ずかしい。
「ほら」
ルークが串を差し出した。
「ありがとうございます」
一口かじる。
美味しい。
肉汁が口の中に広がる。
「うまいだろ」
「はい」
私たちはしばらく黙って食べた。
夜風が心地いい。
「なあ」
ルークが口を開いた。
「お前、完璧を求めすぎだ」
「え?」
「今日のポイント制。悪くねえよ」
「でも、反発が……」
「そりゃあるさ。変化ってのは、そういうもんだ」
ルークは空を見上げた。
星が瞬いている。
「でも、お前は間違ってねえ」
「真面目にやる奴が報われる仕組み。それは正しい」
彼の声は静かだった。
「俺みたいな書類が苦手な奴でも、ちゃんと評価される」
「それだけで十分だ」
私は彼を見た。
琥珀色の瞳が、星明かりを映している。
「完璧じゃなくていい」
「修正しながらやればいい」
その言葉が、胸に染みた。
前世で、誰もそんなことを言ってくれなかった。
「……そうですね」
私は小さく笑った。
「頑張りすぎなくていいんですよね」
「ああ」
ルークも少し笑った。
不器用な笑顔。
でも、温かかった。
「明日も、頑張ります」
「おう」
私たちは串を食べ終えた。
店主に代金を払おうとすると、ルークが止めた。
「俺が出す」
「でも……」
「いいから」
彼は銀貨を置いた。
「お前は、ギルドのために働いてる」
「これくらい、当然だ」
私は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「気にすんな」
ルークは立ち上がった。
「じゃあな」
「はい。おやすみなさい」
彼の背中が、夜の闇に消えていく。
私は空を見上げた。
星が瞬いている。
完璧じゃなくていい。
修正しながら進めばいい。
その言葉を胸に刻んだ。
宿に戻る道。
私は今日一日を振り返った。
反発もあった。
不安もあった。
でも、ルークが支えてくれた。
彼は、粗野に見えて優しい。
不器用だけど、本質を見抜く力がある。
少しずつ、信頼関係が築けている気がする。
部屋に戻り、ベッドに座った。
窓の外を見る。
朧月支部の方角。
明日も、あそこで働く。
冒険者たちと共に。
ルークと共に。
私は小さく呟いた。
「ありがとう、ルークさん」
胸の奥が、じんわりと温かかった。




