第3話 受付嬢の小さな改革
朝8時。
私はいつもより30分早くギルドに来た。
カウンター上の書類の山を見つめる。
依頼票が無造作に積み重ねられている。
期限切れと現行案件が混在。
優先順位も不明。
これでは、重要な依頼が埋もれてしまう。
「まずは現状把握から」
私は【並列思考】を発動した。
頭の中で複数の作業が同時進行する。
依頼票を一枚ずつ確認。
期限、報酬、危険度、依頼主。
30分で全体像が見えた。
緊急案件が全体の2割。
でも、その多くが書類の下に埋もれている。
これは良くない。
「おはようございます」
リゼットさんが入ってきた。
「セシリアさん、早いですね」
「少し準備を。リゼットさん、提案があります」
私は簡単な図を書いた紙を見せた。
「依頼票を3つのカテゴリに分類したいんです」
「分類?」
「緊急・通常・低優先度。色分けして、一目で分かるようにします」
リゼットさんの顔が明るくなった。
「それ、いいですね!」
「ただし、完璧を目指しすぎると回らなくなります」
私は前世の経験を思い出した。
理想を追いすぎて現場が破綻したことがある。
「今日からの分だけ完璧に。過去分は時間がある時に少しずつ」
「頑張りすぎない、ってことですね」
「そうです」
私は【空間整理】魔法を発動した。
依頼票が宙に浮かび上がる。
カテゴリごとに自動分類されていく。
赤:緊急依頼。
青:通常依頼。
緑:低優先度。
10分で、全ての依頼票が整理された。
「すごい……」
リゼットさんが感嘆の声を上げた。
「これなら、どれが急ぎか一目瞭然ですね」
私は分類された依頼票を専用の棚に収めた。
ラベルを貼って、見やすく。
「バルドさんに許可をもらいましょう」
「面白そうじゃねえか」
バルドは豪快に笑った。
「やってみろ」
許可が出た。
私たちは掲示板を作り直した。
『依頼優先基準』
1. 街の安全に関わる緊急依頼(赤)
2. 期限が迫っている依頼(青)
3. 通常依頼(緑)
大きく、分かりやすく。
「これで文句を言われても説明できます」
「そうですね」
開店時間。
扉を開けた瞬間、怒号が響いた。
「なんだこれ!」
「いつもの場所に依頼がねえぞ!」
古参の冒険者たちが騒いでいる。
予想通りの反応。
「説明します」
私はカウンターから声を張り上げた。
「赤は緊急、青は通常、緑は低優先度です」
「面倒くせえ!」
一人の男がカウンターを叩いた。
「今までのやり方で何が悪い!」
「緊急依頼が放置されると、街の安全に関わります」
私は冷静に答えた。
「それに、緊急依頼には報酬ボーナスを付けます」
男の目が動いた。
金銭的メリット。
これは効く。
「……マジか?」
「ギルドマスターの承認済みです」
でも、完全には納得していない表情。
他の冒険者たちも、疑わしげな視線。
午後。
今度は依頼主からクレームが来た。
「なぜ私の依頼が後回しなのですか!」
中年の商人が怒鳴った。
「お金は払っているのに!」
「申し訳ございません」
私は依頼書を確認した。
「こちらは倉庫の荷物運びですね」
「そうです! 至急と言ったのに!」
「現在、街道の魔物討伐を優先しております」
「それが何だというのです!」
「魔物を放置すれば、商隊全体が危険に晒されます」
私は論理的に説明した。
「お客様の倉庫も、その商隊あってのものです」
商人が黙った。
感情ではなく、事実で。
「明日の午前中には対応できます」
「……分かりました」
渋々頷いて帰っていった。
変化は、こんなにも嫌われるのか。
その時。
ギルドの扉が開いた。
ルークだった。
今日は軽装。
剣も背負っていない。
「よう」
彼は掲示板を見た。
新しい分類システムを。
しばらく黙って眺めていた。
「……なるほどな」
「何か問題でも?」
「いや」
ルークは私を見た。
「悪くねえ」
意外な言葉だった。
「この分け方」
「真面目にやる奴がバカを見なくて済む」
彼の声には、苦々しさが滲んでいた。
「今までは、楽な依頼ばっか取る奴が得してた」
「危険な依頼をこなしても、報酬は大して変わらねえ」
そういうことか。
「でも、これなら違う」
「危険度が高い依頼が優先される」
「報酬ボーナスも付く」
ルークは掲示板の依頼を一つ指差した。
「この森の魔物討伐、受けるわ」
危険度B。
放置されていた依頼だ。
「ありがとうございます」
私は依頼書を作成した。
「報酬は金貨8枚。緊急対応ボーナスで2枚追加します」
「マジか。悪くねえ」
ルークは依頼書を受け取った。
「お前の言う通りにしてみるか」
その言葉に、ギルド内の空気が変わった。
「ルークが協力するなら……」
「まあ、試してみるか」
冒険者たちがざわめく。
彼の影響力を実感した。
夕方。
私は一日の成果をまとめていた。
緊急依頼の処理率が大幅向上。
報酬計算ミスもゼロ。
でも、まだ反発もある。
「お疲れ様でした」
リゼットさんが声をかけてくれた。
「大変でしたね」
「ええ。でも、手応えはあります」
私は掲示板を見た。
赤い札が、一つずつ外されている。
冒険者たちが動き始めている。
「明日はもう少し、うまくできそうです」
「そうですね」
「ただし、頑張りすぎないように」
私は自分に言い聞かせた。
前世で学んだ教訓。
完璧を求めすぎると、自分が潰れる。
「今日はここまで」
私は帳簿を閉じた。
ギルドを出ると、夜風が心地よかった。
星が瞬いている。
改革は、始まったばかり。
でも、確実に一歩前進した。
この調子で、少しずつ。
朧月支部を、みんなが働きやすいギルドにしよう。
私は軽やかな足取りで、宿への道を歩いた。




