巴図魯が振るう鉄扇の輝きに救われた和碩親王殿下
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
中華王朝の和碩親王こと愛新覚羅永祥殿下が熱心な親日家であらせられる事は、皆さんも御存知ですね。
何しろ親王殿下は北京の紫禁城ではなく、神戸の公邸をお住まいにされているのですから。
そんな親王殿下が御美しい御妃様を深く愛していらっしゃる事も、皆さんは御存知であると思います。
そして親王妃殿下もまた愛新覚羅永祥殿下の事を誰よりも深く愛され、尚且つ厚い信頼を抱いていらっしゃる事も有名で御座いますね。
政略結婚であるとはいえ、和碩親王殿下御夫妻が今日のような敬愛と信頼で結ばれた理想的な夫婦関係でいらっしゃるのは何故なのか。
それには親王妃殿下の御出自と業績が大きく関わってくるのでした。
今でこそ日本と中華王朝の両国にとって欠かせない存在である親王妃殿下で御座いますが、その地位は生まれながらの物では御座いません。
それどころかお若い頃は、至って普通の日本人の女の子だったのです。
普通ではない所があるとすれば、それは類稀なる愛国心と責任感を持ち、そして平和と安全を求める気持ちが誰よりも大きかった事でしょうか。
国際治安維持組織である人類防衛機構に入隊して公安職として力を尽くされたのも、そんな責任感の強さがあってこそ。
そしてこの公安職としてのお仕事が、中華王朝の王室との御縁のキッカケだったのです。
中華王朝の今上女王陛下がまだ御即位以前の第一王女殿下でいらっしゃった頃、不届きな賊が日本に来日された王女殿下の暗殺を企てていました。
そこで王女殿下に瓜二つな御姿を利用して影武者として賊軍を討ち滅ぼされたのが、若き日の親王妃殿下だったのです。
この類稀なる武勲と活躍を讃える形で時の王女殿下より巴図魯の爵位を授与された事が、今にして思えば全ての始まりだったのです。
イギリスを始めとする西洋には、「騎士」という高貴な称号が御座いますね。
それと同じく大清帝国の流れを汲む中華王朝には「巴図魯」という名誉ある称号が御座います。
しかし巴図魯はただの強い武人というだけでは叙勲出来ず、高潔な忠義の魂を持つ者にのみ許される輝かしく誇り高い称号なのです。
そう、後に親王妃殿下となる彼女のように。
この類稀なる名誉に歓喜されて「中華王朝は私の第二の祖国で御座います」と仰ったのは、皆さんも御存知であると思います。
その言葉を証明するかのように、巴図魯殿は日中友好の為に力を注がれたのです。
お忙しい第一王女殿下の代わりに神戸や横浜といった国内の華僑社会へ慰問に訪れたり、中華王朝に関係する式典へ積極的に参加されたり。
公安職のお偉いさんとして、日本と中華王朝が安全保障で力を合わせやすいよう間を取り持つお仕事にも沢山関わりました。
日本で治安維持に関わる現役の軍人さんでもあり、中華王朝の準貴族でもある。
そんな自分だからこそ出来る事があり、またやらなくてはいけない事がある。
そうした思いに突き動かされるようにして、巴図魯殿は日本と中華王朝の橋渡し役を進んで行われたのです。
それらの熱心な取り組みが評価され、日本人の巴図魯が中華王朝の王室から厚く信頼されるようになったのは至って自然な事でした。
愛新覚羅永祥殿下もまた、その例外では御座いません。
それと申しますのも、少年時代の永祥殿下も日本人の巴図魯殿によって御命を救われた御一人だからです。
まるで影武者任務のお手並みを証明するかのように、冬の長崎で行われた記念式典に潜んでいた凶賊をたちまち退けて仕舞われたのですから。
「殿下と私を暗殺する事で日本と中華王朝の友好関係を揺るがし、東アジアの安全保障体制に亀裂を入れる。お前達の手の内は分かっているわ、テロリストの残党共!」
事切れた暗殺者達の屍は、ただ静かに横たわるばかり。
それを壱岐に吹き寄せる北風以上に寒々しい眼差しで見下ろしながらも、その佇まいはあくまでも荘重にして優美。
何しろその白い両手には、きらきらと輝く豪華な扇子が握られていたのですから。
しかしこの扇子こそ、日本人の巴図魯殿が凶賊の銃弾を防いだ得物だったのです。
「はあっ!たあっ!」
裂帛の気合いと共に扇子が美しい軌跡を描く様は、さながら太極扇のよう。
「ぐあっ!?」
「ああっ!!」
しかしその優美な動きには鋭い金属音が伴い、その後には打ち据えられた凶賊の断末魔が上がるばかり。
そう、きらきらと輝く金色の模様が入った扇子は強靭に鍛えられた鉄扇だったのです。
「む、むう…かたじけない事です。第一王女殿下に続き、私も貴女に救われましたな。」
「勿体ない御言葉で御座います、愛新覚羅永祥殿下。日本の公安職として、そして中華王朝の巴図魯として。私は当然の務めを果たしたまでの事で御座います。」
その謙虚な忠誠心に裏打ちされた頼もしい微笑に、永祥殿下はすっかり心を打たれてしまったのです。
「あのように仰ってはいたが…私が彼女にしてあげられる事は、そして彼女が喜ぶ事は果たして何だろうか…」
紫禁城へ無事に御戻りになられた永祥殿下は、そんな事をお考えになるのでした。
ある日の事、殿下は件の巴図魯殿に纏わる話題を耳にしたのです。
「あのような優れた武人にして類稀なる忠義者を在野に放置していて良い法はない。彼女を正しく遇さなければ巴図魯の爵位が泣くし、それこそ友好国への非礼に当たるのではないか?」
「それならば我が国の重臣か貴族の令息と縁組をさせて、我が中華王朝の身内とするべきだ。彼女も『中華王朝は第二の祖国』と申していたし、日中友好の橋渡し役を自負しておる。きっと喜んでくれるだろう。」
それは何と、政略結婚の話だったのです。
宮中で耳にした重大事項に、殿下は大きく心を動かされたのでした。
「幸か不幸か、私にはまだ縁談は決まっていない。そして彼女は公安職としての職務に誇りを感じており、安全保障と日中友好に積極的に取り組んでいた…和碩親王である私の地位があれば、彼女の大志に助力出来るのではないだろうか?」
そうお考えになった殿下は、政略結婚の相手として自ら名乗りを上げたのでした。
巴図魯殿を伴侶とする為に殿下が示された条件は、余りにも破格な物でした。
和碩親王妃として王室入りする為に国籍は日本から中華王朝へ切り替えて貰うものの、巴図魯の故郷から近くて尚且つ日本国内の華僑コミュニティの地盤を活かせる神戸の公邸を生活の場とする事。
そして和碩親王妃として王室入りした後も、国際安全保障特別相談役という役職で軍籍を維持する事。
それは「日本の公安職」という巴図魯殿のもう一つの生き甲斐に可能な限り寄り添おうという、殿下の思いの現れでした。
「私如きの為にそこまでの御心遣い、感謝の言葉も御座いません。永祥殿下の御力添えがあれば、私の願いであるアジアの平和と安全も必ずや実現出来るでしょう。」
莞爾とした微笑みを浮かべる巴図魯殿の白い美貌には、ほんの少しだけ赤みが差していたそうで御座います。
そうして巴図魯殿は晴れて和碩親王妃殿下として王室入りを果たし、親王殿下御夫妻は日中友好と両国の安全保障体制の強化に御力を合わせて取り組まれているのです。
親王妃殿下が世界を良くする為のお仕事に励まれている時、永祥殿下はまだ少年だった日に感じた事を思い出すのです。
きらきらした鉄扇により守られた時の頼もしさと心強さ、そして温かさ。
それが今は、より沢山の人々に分け隔てなく注がれている。
そう思うと、心から喜ばしく思えるのでした。
皆さんも親王妃殿下のように気高い大志を持ち、和碩親王殿下のような相手の望みを考えられる思い遣りのある人に、どうか育って下さいね。




