俺の利
「...なあ。」
「何?」
家に帰った俺は、灰に問いかけた。
「...お前は、俺になんの利を感じているんだ。」
「そうだね...。やっぱり腕っぷしと、顔の広さ...かな。ねえ?元幹部サマ。」
顔の広さ、か。たしかに俺は色んな奴を助けたりなんだりで色んな恩を売っている。たしかに、様々な所で顔が利かせられるのは事実だ。
「...その、幹部ってのむず痒いからやめてくれ。」
「でも、そうだったでしょ?睡蓮組本拠地元幹部?」
嫌いな肩書だ。...睡蓮組本拠地幹部。
俺の入っていた睡蓮組は、今も戦力拡大を進めている。そして睡蓮組はデカくなっていくにつれて大きく二つにわけた。...犯罪の中心である横浜にあるのが本拠地。それを支える立ち位置の、大阪にある情報支部。そして俺は、本拠地の幹部をやっていた。
「...お前も相当な地位にいたはずだろ。」
「いいや、幹部には及ばないよ。それに、俺は片足突っ込んでただけで完全に組織に居たわけじゃないし。で、今は飢えた鼠か。」
「...まあ、勝手にそんなあだ名がついてただけだけどな。」
そう、コイツはなかなか名の通った情報屋。
俺が...組織から見限られたところを、灰が拾い、今こうして二人でいる。
「大層な名前だよね。」
「...そうだな。あ、そろそろ時間か?」
「そうだね。じゃ、出るとしよう。」
朝に言っていた...蓬莱組との対話の時間。
「...っはぁ、はぁ...。」
「はあ...だらしない。それでも横浜住みなの?」
そういう灰も少し息が上がりかけている。
蓬莱組だからってなにもこんな丘に拠点を置かなくたっていいだろうが...と内心で愚痴りながら、坂道を歩いていく。
「...はぁ、ようやく、ついたか...。」
「はぁ、本当、馬鹿みたい...。」
そうして辿り着いた拠点にいたのは...。
「ようやく来たか、飢えた鼠。」
「あぁ。...今日は...。」
「情報交換と、それに加えて追加の情報がありますので、我々の後ろ盾となって頂きたく。」
たった一息で息を整えた...すごいな。
「後ろ盾の件については、ボス次第だ。では、着いてき給え。」
彼の後ろをついていく。...最近勢いづいているだけあって、人の数が多い。向けられる視線は様々。
畏怖している者、何か、得体の知れない物を見るような目で見る者...。
「...ボスが待っている。くれぐれも、失礼の無いよう。」
ボスとやらが、誰なのか。その時の俺には、知る由もなかった。
「な...。」
「あら?」
目を見張った。元、同僚。アイツが、何故こんなところに...まさか、組織を抜け出して...?
「あらあらあら〜??懐かしい顔っ!私、嬉しくなっちゃった!」
「うげ...。なんで...。」
このテンション感、この暑苦しい感じ...。間違いない。
「...光。なんで、アンタがこんなとこに。」
「あら、セッちゃん、私のこと覚えててくれたっ?嬉しいわ〜もう、ぎゅ〜ってしちゃう!」
「うがっ!?離せ、その巨体で抱きしめられるこっちの身にもなれってんだ!」
そう、コイツ...。話し方こそ女だが、見た目は大男。
「あら、乙女に向かってなんて口の利き方なのかしら〜?酷いったらありゃしない!というか、セッちゃんが飢えた鼠だったなんてね!あら...そっちは?」
「窮喰灰。一応、コイツの相棒...ってとこか。」
というか、灰の名字を初めて知った。....窮喰?どこかで、聞いたことがあったような気がした。
「へえ...窮喰...じゃ、キューちゃん。...セッちゃんの相棒ってどういうこと?」
光の顔が険しくなる。俺の、あの一件を知っているから、相棒という言葉に過剰反応してしまうのだろう。
「...それは俺から。俺が組織から追い出された件...あの件の後、行き場をなくした俺に最低限の暮らしをさせてくれたのがコイツだ。そして...。俺は俺の復讐の為にコイツを、コイツはコイツの復讐の為に俺を利用する。相棒ってのはあんまり正しくねえ。」
「...なるほど。なら、文句はないわ。それぐらいの方が側に起きやすいものね。...不安だけど。」
光が不安を感じるのも仕方ない。...かつて、相棒に裏切られた俺だ。
「...だが俺は、利害以前に、コイツに恩を返したい。だから...俺と灰の利の割合は、大体6:4だ。俺は...極力俺の復讐に灰を使いたくない。これは...俺の復讐だ。」
俺がそう言うと、灰が嗤った。
「そんな恩義なんて、感じなくていいって何度も言ってるのに。」
「...それでもだ。」
俺達のそのやりとりを聞いて少しは安心したのか、光が言葉を発した。
「...ふーん、思ったより良さげな雰囲気じゃない。いいわ、組んであげるわ、その同盟。」
「...!いいのか?」
「えぇ。貴方達が困ったときはいつでも頼るといいわ。私達も、少し頼るかもしれないけど。」
俺が差し出された手を取ろうとすると、灰が口を挟んだ。
「俺達を利用する...それはどういう意味か、聞いても?」
「...は?」
俺がきょとんとすると、光が笑って答えた。
「...はは、試したのよ。セッちゃんが何も気付かず手を取ろうとするのはわかってたけど、キューちゃんまで無視するようだったら破棄しようと思ってたの。」
「...どういうことだ?」
やばい、俺だけおいてけぼりだ。何一つ理解できない。
「はあ、馬鹿なの?第一、俺らは最初アンタらに『追加の情報』で後ろ盾になることを要求した。それはさっきの口頭だけじゃなく最初に会談を設ける事を決めた時に既に直接伝えていた。それで、俺らに更なる利を求めるのは不公平。...アンタはそれに気付くかどうか、俺を試したんだろう?」
「...な、なるほど...?」
聞いても少ししか理解できないが...?
「...えぇ、ご名答。貴方が、セッちゃんの隣に立つ人物に相応しいかどうか。」
そんな、事まで...?しかも、灰はその真意にまで気付いて...?
「ったく。雪は鈍すぎる。俺の居ない所で交渉はするなよ。絶対騙されるからな。」
「...あぁ。騙される自信ある。」
昔から、人の真意を読み取ったり腹の探り合いしたりするのは苦手だ。俺自身、ロクな嘘もつけやしない。...馬鹿正直ってやつだ。
「...ってことで、無事交渉成立。ちゃんとした子でよかったわ。これからも、セッちゃんをよろしくね。」
そして光は改めて、俺と灰に握手を交わす。
「...じゃあ、俺達はもう帰っていいのか?」
「...えぇ、でも...キューちゃん、少しだけ借りていいかしら。本当に、数分で終わるから、セッちゃんは外で待ってて。」
お付きの人に促されるまま、外にでた。
「...寒いな。」
夜風が、やけに冷たかった。
...少し待っていると、灰が出てきた。本当に数分だった。
「...何話してたんだ?」
「ただの業務連絡だ。」
どこがとか具体的に言えるわけではないが、何かがひっかかった。
「...なんか、変じゃないか?」
「そんなことない。気のせいだろ。早く帰るぞ。」
その横顔は、どこか...迷いの見える顔だった。
『スカッとするんだから、していいだろ。』
『相手は反吐が出るほどの下衆なんだから、殺されて当然、文句なんて言えない。』
『...復讐なんて、何も生まない。』
『...どんな人でも殺されて良い理由はない』
世間で飛び交う心無い言葉の数々。
世間で飛び交う果てのない論争達。
...世間で飛び交う心優しい誰かの言葉。
...世間で飛び交う思いやり溢れる言葉達。
...愛?偽善?欺瞞?正義?綺麗事?
正解も愛も正義もない世界の中で。
手袋を外し、中指にはめられた指輪を見つめながら。
「アイツの敵が取れるのは、俺だけだから。」




