06:新天地を探そう
「気は済んだ?」
ルーシェが疲れ果てて黙り込むまで根気よく付き合ってくれたジオは愉快そうに言った。
「……ええ。おかげさまで、久しぶりにスッキリしたわ。王都の人たちには大迷惑をかけてしまったけど……」
美しかった夜空は分厚い雲で覆われ、月も星も隠れてしまっていた。
「明日は雨になるわね。わたしのせいで」
「気にすんなって。それより、ルーシェはこれからどうしたい? 馬鹿どもに復讐したいっていうならとことん付き合うけど」
「いいえ、それはもう本当にいいの。やられたからといってやり返したら、あの人たちと同じところまで堕ちてしまうでしょう? わたしは前を見つめて新しい人生を生きていきたい。そのためには、ジオみたいにきちんとした仕事を探さないとね――」
「なあ、ルーシェ。提案があるんだが。オレと一緒に国を出て、新天地を探しに行かないか?」
「えっ?」
思いもよらない提案に、ルーシェは目を瞬かせた。
「この国じゃ平民は一定の階級までしか上がれねーし、給料も安い。だから、オレは軍を辞めてロドリーに行くつもりなんだ」
ロドリーはエルダークの南西に位置する豊かな大国だ。
軍部は実力主義のため、差別がまかり通っているこの国とは違って平民でも将軍になれる。
「ルーシェはこの国に何か未練があるか?」
「……いいえ。何もない」
自分の胸に問いかけてみても、驚くくらいに何もない。
デルニスへの未練も、公爵家への未練も、本当に何も。
ジオが長いこと溜め込んできた負の感情を吐き出させてくれたおかげで、彼らに対する怒りも悲しみも綺麗さっぱり無くなっていた。
「そういうジオはいいの? 離れがたい友達とか……その、大事な恋人とか。いたりしないの?」
実は既婚者でしたと言われても受け止める覚悟を決め、次の言葉を待つと、ジオは呆れたように言った。
「そんな奴がいるならルーシェを誘うかよ。この国に居たらオレは新しい《国守りの魔女》を讃える声を聞くことになる。デルニスっていう単語もパトリシアっていう単語も聞きたくねー。殺意が湧く」
「……そう」
本来ならば諌めるべきなのだろうが、しかしルーシェは頷いた。
「そうね。わたしも二人の名前を聞きたくないし、二人の姿を視界に入れたくもないわ。叶うならば一生」
思い切って言うと、ジオは気に入ったように笑った。
ルーシェも笑い返す。
(そうよ、これでいい。皆に好かれようと振る舞う『良い子ちゃん』はもう止める。自分を偽ってはジオに嫌われてしまうわ)
たとえ誰に嫌われようと、彼にだけは嫌われたくない。
(わたしはもっと素直に、自由に生きなくては)
身体の横で拳を握る。
自分の意思を殺し、ただ微笑んでいるだけの《人形姫》をやめたルーシェがいま言うべきことは。言いたいことは。
「わたしもロドリーに行きたい。連れて行って。わたしはジオと一緒にいたい」
素直な気持ちを打ち明ける。
ジオは驚いたように目を大きくして、それからまた笑った。
「ああ。オレが退職するまで少しだけ待ってくれ。金は渡すから、オレが働いてる間は一人で王都観光でも……」
そこでジオは言葉を切り、何故かじっとルーシェを見つめた。
「何?」
首を傾げる。
「……一人で出歩くのはナシだ。絶対ナシだ。王都は人が多い分、変な奴も多い。女が一人で出歩くのは危険すぎる。オレが仕事から帰ってくるまで宿屋にいること。約束しろ」
「え、昼間に目抜き通りを歩いたときは何事もなく平和だったけれど……」
魔法学校がある街を出て王都に着いたのが今日の午前中。
ルーシェはまず孤児院に行き、「《国守りの魔女》様だ!」と騒ぐ子どもたちを宥めて院長に挨拶し、ジオが国軍に入ったことを聞いた。
次に訪れた王城では門番が《国守りの魔女》だったルーシェに敬意を表し、望むままにジオに関する情報を教えてくれた。
親切な門番にジオへの言伝を頼んだ後、ルーシェは暇潰しに王都をあちこち回ったのだ。
「たまたま運が良かっただけだ。いいからおとなしくしとけ」
「わかったわ、約束する」
頷くと、ジオはほっとしたような顔をした。