05:ルーシェ、激怒する
「……何も感じないなんて……そんなわけないでしょう? 誰が《人形姫》よ……」
声が震える。
常に貼り付けていた微笑みに亀裂が入る。
駄目だとわかっているのに心に波が立つのを止められない。
にわかに夜空に雲が生じた。
雲はたちまち膨れ上がり、晴れ渡っていたはずの夜空を覆っていく。
異常気象を目の当たりにしているというのに、ジオは何か面白いものでも見るような目でルーシェを見ている。
「――なんで何も悪いことしてないのに叩かれなきゃいけないのよッ!!」
叫ぶと同時に辺りが白く染まり、間髪入れずに凄まじい轟音を立てて雷が雑木林に落ちた。
広場のほうから人々の悲鳴が聞こえる。
「なんでデルニス様はあんなに馬鹿なの!? わたしがパトリシアにしたと言われている数々の嫌がらせは全て彼女の自作自演でしょう!? 階段から落ちたというのも嘘よ! 彼女の身体に傷一つないことをどうして疑問に思わないの!? それとも何、あの人の目には全身傷だらけのパトリシアでも映っていたの!? 妄想癖が強めなロマンチストなのは知っていたけれど、拗らせすぎじゃないの!? 嫉妬に狂った意地悪な婚約者に虐められる可哀想な恋人を救う自分に酔ってるわけ!? たとえわたしが嫉妬に狂って凶行に走ったとしても、そうさせた原因はあなたでしょうが!! 仮にも婚約者の前でイチャイチャするな、自重しろ!!」
稲光が走る。大地を揺るがすような落雷が轟く。逃げ惑う人々の悲鳴は止まない。
「あの学校にいた生徒たちも何!? これ見よがしにクスクス笑って、すれ違う度にわざとらしく体当たりして!! わたしは毎日毎日どんなに疲れてても辛くても皆のために国を守ってきたのに誰ひとり感謝してくれない!! それどころか『何もしてないのに毎月多額の報酬を貰えて良いわねえ』? ふざけるな!! こっちは莫大な魔力を搾り取られて疲弊し続けてるのよ!? 魔獣の反応がある度に急いで意識をそっちに向けて追い払って、一秒たりとも気が抜けない!! 羨ましいならあなたがやりなさいよ!! いくらお金を貰えたって労力に見合ってないのがすぐわかるわよ!! 大体ねえ、なんでたった一人で国を守らなきゃいけないのよ!? 隣のロドリー王国を見倣いなさいよ、せめて分担制にしてよ!! 無茶苦茶なのよこの制度!!」
バンッ!! ドンッ!! バアンっ!!
「うんうん、それで? 自分を捨てた公爵家への文句は?」
周囲で雷が落ち続けているというのに、ジオは笑っている。
もしも雷の直撃を受けたら。そんな想像はしないのだろうか。
「もちろんあるわよ、利用価値がなくなったからって簡単にわたしを切り捨てたお父さまもお母さまも嫌いよ、大嫌い!! わたしを養女として迎えたくせに、淑女教育を受ける時間以外は使用人扱いだったじゃないの!! 家庭教師も公爵夫人も公爵令嬢も!! ささいな失敗をするたびにわたしを鞭で叩いて!! 言いたいことがあるなら口で言えばいいのになんでいちいち叩くのよ!? わたしのお金を返しなさいよ!! 二度と近づくな!? 上等よっ、頼まれたってお断りだわ、あんな腐った家に戻って堪るかぁ――!!」
文字通りに雷を落としながら喚き散らす。
しばらく時間が経った後。