49:未来永劫さようなら!
「……そうですか。わかりました。聞きたいことは聞けましたし、わたしはこれで失礼します。帰ろう、ジオ」
ルーシェの視線を受けて、ジオが巻物に手を掛けた。
巻物が破れ、ルーシェたちの足元に凄まじい速度で魔法陣が描かれていく。
「待て、ルーシェ! どこへ行くのだ!? 城では国王陛下がお待ちなのだぞ!? 私は君を連れてくるように命じられて――」
「知りません。行きません」
きっぱり言う。
「……! な、ならば無理にとは言わぬ! しかし、どうか私の元から去ろうとしないでくれ! あの悪魔はいなくなったのだ、もう私たちの恋路を邪魔する者はいない! 再び《国守りの魔女》となり、私の妻として――」
「どちらもお断りします」
殺気立ったジオが無言で剣に手を掛けるのを見て、ルーシェは素早く彼の手を掴んで止めた。
「デルニス様はパトリシアを非難されておられましたが、わたしにとってはあなたも同じ加害者です。わたしの言葉に一切耳を貸さず、問答無用で平手打ちしたク――男性の元に誰が嫁ぎたいと思うのですか?」
クソ野郎と言いかけて、急いで訂正する。
不敬罪で処刑されたくはなかった。
(大体、『私たちの恋路』って何よ? わたしはあんたに恋をしたことなんて一度もないっつーの)
養父に決められた婚約者だから愛そうと努力していただけだ。
「たとえパトリシアに騙されていたのだとしても。この期に及んで謝罪の言葉一つ出てこない時点であなたの人間性は終わっています。未来の王子妃殿下には心の底から同情致しますわ」
軽蔑を視線に込めつつ淡々と言う。
「わたしはもう二度と《国守りの魔女》になるつもりはありません。わたしが今日ここに来たのはこれまでわたしに感謝し、敬意を表してくれた人々のためです。次に同じことがあってもわたしはエルダークを助けません。これからは何があっても自国の民だけで解決してください」
「そんな、エルダークを見捨てるというのか!?」
「はい、見捨てます。あなたがパトリシアを見捨てたように。いまのわたしはラスファルの魔女ですから、他国まで守る義理はないんですよ。ただの魔女に万人を救済する慈悲深い聖女像を求めるのはお止めください。迷惑です」
ルーシェは零下の眼差しでデルニスを凍らせた。
「……ど、どうしたんだルーシェ……以前の君とはまるで別人ではないか。誰よりも優しく可憐で、慈愛に満ち溢れていた君は一体どこへ行ってしまったのだ?」
デルニスは信じられない、という顔をしている。
「幻想を壊してしまったようですが、あいにくこちらがわたしの素なのです。是非とも失望して、二度と求婚などなさらないでください。わたしの嫁ぎ先はもう決まっておりますので」
完成間近の魔法陣から立ち上る金色の光に包まれながら、ルーシェは見せつけるようにジオの頬にキスをした。
もう一度デルニスのほうを向いて、いま彼がどんな顔をしているのか確かめてみようと思ったのだが。
その前にジオがルーシェの頬を両手で掴んで固定し、唇を塞いだ。
「…………っ!!?」
熱烈なキスをされ、燃え上がりそうなほど全身が熱くなる。
やがてキスが終わると、ジオは顔を真っ赤にして固まっているルーシェを抱きしめた。
そして、あまりのことに口を半開きにし、間抜け面を晒しているデルニスに金色の目を向ける。
「こういうことなので、婚約者探しは他をあたってください。では未来永劫さようなら王子様!」
ルーシェを腕の中に閉じ込めたまま、ジオが勝ち誇ったように笑う。
直後、足元の魔法陣が強烈な光を放った。




