39:「ただいま」
約三十分後。
リュオンの部屋にはユリウスを除く全員が集まっていた。
リュオンが眠る寝台を挟んで、向かいにはメグとセラ。
ルーシェはジオとノエルと並んで立っていた。
サイドテーブルにはトレーに乗った軽食があったが、手はつけられていない。
部屋まで運んだはいいものの、ルーシェはその後ジオたちと《蘇生薬》作りに奔走することになり、食べる暇がなかった。
セラだけがこの部屋に残っていたが、恋人が目覚めない状態では食欲も湧かないのだろう。
「さて。あんたたちの協力のおかげで無事《蘇生薬》は完成したわけだけども……問題はどうやってリュオンに飲ませるかよね」
リュオンを見下ろすメグの手にはコップが握られている。
コップの中身は激烈に不味そうな紫色の謎の液体だ。
臭いも凄い。酸っぱいような、ドブ川のような……とにかく、絶対に飲みたくないと断言できる悪臭。
あまりの臭いに、ジオは部屋に入ってすぐ窓を全開にした。
窓の外ではすっきりとした青空が広がり、雨も上がっている。
「それを飲ませればリュオンは助かるのよね?」
セラの眼差しは真剣だ。
「ええ。調合も完璧だし、これを飲めば《蘇生薬》の名に恥じぬ絶大な効果をもたらすわよ。瀕死の重体だろうとたちまち完全回復、リュオンの《魔力環》だって正常の金に戻――」
「わかったわ。コップをちょうだい」
セラはメグの台詞を最後まで聞くことなく、小さな手からコップを取り上げた。
悪臭を放つコップの中身をためらうことなく口に含む。
そして、リュオンの顔を両手で掴み、口移しで《蘇生薬》を飲ませ始めた。
(おおおおおおお!?)
ルーシェは大急ぎで寝台に背中を向けた。
ノエルもジオも同様に顔を背けている。
「まーやるわねー」という顔でセラの行動を見ているのはメグだけだ。
(み、見てはいけないものを見てしまったような気がするわ……)
衝撃的な光景に、ルーシェの頬の温度は上昇し、心臓は跳ね回っていた。
(いや、セラの行動は理にかなってるし、恋人の命がかかっているんだから『きゃー大胆!』とか茶化せる雰囲気では全くないんだけど)
ルーシェはジオとノエルと視線を交わし合い、頷き合い、速やかに退室した。
退室して、ほとんど同時に三人ともが息を吐き出す。
「……迷わずアレを飲めるってすげーな、セラ。薬は薬でも劇薬の類だろ、アレは」
「うん。照れ屋のセラが人前で堂々と口移しするとは思わなかったよ。ぼくたちに部屋から出て行ってくれと頼む時間も惜しかったんだろうね」
「愛の力ってやつだな。さて、やるべきことはやったし、リュオンのことはセラに任せて着替えてくるわ。腹も減ったし、ネクターに何か作ってもらおー」
「ぼくも着替えてくる。この格好で《ナナイロハチミツ》を買いに行ったら、道行く人や店主にどうしたのかって心配されて困ったよ。ありがたいことなんだけど、そのたびにいちいち足止めされるものだから――」
「――あの。ちょっと待って、二人とも」
話しながら歩き出した二人の背中に声をかける。
二人は不思議そうな顔をして振り返った。
「さっきはメグに遮られたから、改めて言わせて。二人とも、お帰りなさい。本当にお疲れさまでした」
戦場から帰還した勇敢な二人の戦士に敬意を表し、ルーシェは深く頭を下げた。
「…………」
二人はきょとんとした後で破顔し、同時に言った。
「「ただいま」」
「わ」
ぐしゃぐしゃとジオに頭を撫でられて、ルーシェは赤面しながら首を竦めた。
さすがにもう抱きつけるような雰囲気ではない。
でも、こうして彼に頭を撫でられているだけで幸せで、ルーシェの頬は自然と緩んだのだった。




