10:パトリシアの大ピンチ(2)
「……………………は?」
パトリシアの目は点になった。
「厳罰って……え? 御冗談……ですよね?」
わなわなと身体が震える。
ルーシェは《国守りの魔女》に任命されてから五年間、一度たりとも魔獣の侵入を許さなかった。
それはつまり――パトリシアが守る結界の範囲外に魔獣が現れたら終わりということではないか?
「いや、本当だ。もし君が《国守りの魔女》の座を降りるようなことがあれば、父上は私と君を国外追放にでもするかもしれん。私は王家の籍から抜かれ、スターチス男爵家は爵位をはく奪されるだろうな」
「…………ソウデスカ……」
頭の中は真っ白。何も考えられない。
「うむ。だからこれからも頑張ってくれたまえ! 私とパティが無事でいられるかどうかはパティの働きにかかっている!」
ぽんっとパトリシアの肩を叩き、爽やかな微笑みを浮かべるデルニス。
(なんってことしてくれたのよ――!!!)
絶望的な気分でパトリシアは内心頭を抱え、絶叫した。
「あの、ええと、それで、デルニス様。ルーシェはいまどこにいるか調べていただけませんか?」
(とにかくルーシェと交渉しなければならないわ。秘密裏に。一刻も早く!)
もはやパトリシアの命運はルーシェにかかっている。
彼女が跪いて詫びろというならいくらでも跪こう。
靴だって舐める。
だからとにかく助けて欲しい。
もうパトリシアは限界なのだ。色んな意味で。
「くどいぞ、パティ」
不愉快そうにデルニスは眉をひそめた。
「どうしてルーシェを気にするんだ? あの性悪女がどこにいようと私たちには何の関係もないではないか。まさか、ルーシェが君を虐め抜いていたという話は真っ赤な嘘で、いまさら彼女に跪いて許しを乞い、表向きは自分が《国守りの魔女》をしつつ、密かに彼女に国を守ってもらおう――なんて思っているのではあるまいな? もしそうだった場合、私は君を許さんぞ。絶対に」
「マサカソンナ、でるにすサマ、ソンナワケガアリマセンワ――」
そのものずばりを言い当てられたパトリシアは非常に怪しい片言で答えた。
「そうだろう? 私の可愛いパティがそんな恥知らずな嘘をつくわけがない」
デルニスは恐ろしい形相から一転して、にっこり笑った。
(いえ、私、恥知らずな嘘をついてしまったんですけど……え? もしかしてこれ、バレたら殺される?)
冷や汗が頰を伝い落ちていく。
「ルーシェのことはもう忘れろ。私はその名前を聞くだけで不快なのだ。次にその名前を口に出したり、あの女の行方を探すそぶりをみせたなら、君との婚約は破棄する。私を蔑ろにするような妻など要らぬ。わかったな?」
デルニスの目は笑っていない。本気だ。
「……承知しました……」
パトリシアは青を通り越して白くなった顔で頷いた。
「わかってくれたなら良いんだ。さあ、話は終わりにして星を愛でよう! 御覧、空を流れる星のなんと美しいことか!」
デルニスは腕をまっすぐに伸ばして夜空を示した。
「ハイ、トッテモウツクシイデスネ――」
(どどどどどどうしよう!? 魔獣なんてそう簡単に現れないわよね!? 頼むから私が《国守りの魔女》でいる間は山にでも引っ込んでて!! 出てこないで!! 襲うなら他の国にして!! ほら、ロドリーとか大きいし人口も多いし、エルダークより襲い甲斐があるでしょう!?)
大量の汗で臙脂色の制服を濡らしながら、パトリシアはデルニスの隣で星を見上げるしかなかった。




