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01:恋人ごっこが終わった日(1)

 ――バチン!

 鞭でも振るったような音が耳の横で弾けて、視界が強制的に右横を向いた。


 左頬に走る熱さと痛み。


 そこでようやく、公爵令嬢ルーシェ・クラインは婚約者であるデルニス・ヘデラ・エルダークに打たれたのだと知った。


「…………」

 左頬を押さえ、呆然とデルニスを見る。

 苛烈な眼差しでこちらを見返す彼の青い瞳には金色の《魔力環》が浮かんでいる。


 彼だけではない、この魔法学校にいる者は全員が魔女の証――金あるいは銀に輝く《魔力環》をその瞳の中に持っていた。


「貴様は悪魔だ! 嫉妬に駆られてパトリシアを階段から突き落とすなど信じられない!」


 金髪碧眼の第二王子は美しい顔を歪めて怒鳴った。


 侮蔑、無視、失笑。これまで彼は色んな負の感情をルーシェにぶつけてきたが、直接的な暴力を振るわれたのはさすがに初めてだった。


 賑やかな昼休憩中に起きた事件の現場はエルダーク王立魔法学校の校舎、二階と三階の間の踊り場。


 踊り場の窓からは陽光が降り注ぎ、ルーシェたちを照らしていた。


「デルニス様……」

 デルニスの腕の中では可憐な少女が震えている。


 黒髪に光るのはデルニスから贈られた花の髪飾り。

 銀の《魔力環》が浮かぶ新緑の色。

 小刻みに身体を震わせ、怯えたような顔でこちらを見ている彼女の名前はパトリシア。


 辺境の小さな村を治めるスターチス男爵の娘であり、デルニスの恋人だ。

 デルニスの婚約者はルーシェだが、パトリシアとデルニスが思い合っているのは周知の事実だった。


「聞きまして?」

「パトリシアを階段から突き落としたのですって、なんて酷い……あんな人が《国守りの魔女》だなんて間違ってるわ。国を守るどころか、国に混乱をもたらす悪魔よ」

「常々気持ち悪いと思っていたのよ、仮面のような笑顔を浮かべるばかりで何を考えているのかちっともわからない――」


 遠巻きにこちらを見ている女生徒たちの囁き声が聞こえる。

 男性の魔女は非常に珍しいため、この学校に通う生徒の九割は女性だ。


《国守りの魔女》――それは国一番の魔力を持つ魔女に課せられる義務。

《国守りの魔女》はエルダーク全土を覆う守護結界を張り、恐ろしい魔獣から日夜国を守らなければならない。


 十二歳で《国守りの魔女》の称号を継ぎ、クライン公爵に養女として迎えられたルーシェはデルニスの良き妻となることを求められた。


 ルーシェはクライン公爵の要望に応じ、日々血の滲むような努力を重ねた。


 言葉遣い、姿勢、礼儀作法。

 王都の下町にある小さな孤児院で育ったルーシェには矯正すべきことと身につけるべき教養が山ほどあった。


 十四歳でルーシェは多くの貴族の子女が通う魔法学校に入学し、一年先に入学していたデルニスと日々交流を深めた。


 デルニスに刺繍をしたハンカチを贈ったこともあるし、彼から花を貰ったこともある。


 しかし、やはりそれは『恋人ごっこ』だったのだろう。


 三か月も経つとデルニスの心は完全に離れ、いまでは人目もはばかることなく、四六時中パトリシアの傍にいる。


 いつだったか、「お前は何をしようと何をされようとただ静かに微笑んでいるだけ。つまらぬ人形のような女だ」とデルニスに言われたことがある。


《人形姫》、それは多分に揶揄を含んだルーシェのあだ名だ。


 どんなに虐げられても泣きも喚きもせず、ただ微笑んでいる人形のような女、ルーシェ・クライン。それがこの学校に通う生徒たちの共通認識だった。


 あまりのルーシェの嫌われぶりを見て、どっちつかずの蝙蝠や風見鶏を決め込んでいた生徒たちもパトリシア側についたほうが益になると判断したらしく、ルーシェの誹謗中傷を囁くようになった。


 一週間前はパトリシアのブローチが何故かルーシェの鞄から発見された。


 三日前は舞踏の授業を終えて教室に戻ると、パトリシアの鞄が校庭の池に浮かんでいるのが発見された。


 そして今日はパトリシアの友人に呼び出され、屋上に向かう途中、踊り場で倒れているパトリシアを見つけた。


 慌てて抱き起こしたら、パトリシアは絹を裂くような声を上げてルーシェを突き飛ばした。


 パトリシアの悲鳴を聞きつけてデルニスや他の生徒たちが集まり……いまに至る。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

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