メイドさんとパンケーキ
そろそろ日が登らんとするころ、お屋敷の台所に現れる一つの影。窓からは微かに光が入り込み、ガラス越しに仄かな明るさが滲んでいた。
黒いシンプルなドレスに、真っ白なエプロン。頭にはホワイトブリム。これが彼女の出で立ち。いわゆるメイドさんである。
彼女は静かに戸棚を開け、鉄製のボウルと木のスプーンを取り出す。スカートがふわっと浮き上がり、ゆっくりと翻る。
コトン、とテーブルの上にボウルを置く音がする。
ホワイトブリムの位置を正すと、ボウルの底に笑顔が、日の光と共に淡く写る。
お次は材料の確保である。戸棚から小麦粉と砂糖、ふくらし粉を。冷蔵庫からミルクと卵を採り出し、テーブルに丁寧に添える。
忘れてはならないのが、キッチンスケールと計量カップ。パンケーキの必需品である。
小麦粉の袋を開け、慎重に計量する。砂糖とふくらし粉もきっちり計量し、脇に控えさせる。ミルクは計量カップに注ぎ入れ、泡が立たぬよう静かに。
そして、小麦粉とふくらし粉を混ぜ合わせ、ふるいにかける工程へ。トントン、と器具を叩くたび、粉がふわりと舞いながら、綺麗にボウルへとこぼれ落ちていく。
卵を、コツンとテーブルの縁で割る。殻が入らないよう注意を払いながら、ひと息にボウルへと注ぎ入れる。
砂糖を加え、ゆっくりと混ぜる。黄身と白身がなめらかに溶け合うまで、丁寧に手を動かす。
十分に混ざったところで、ミルクを加え、よくかき混ぜる。液体がくるくると回り、淡い黄色がカスタードのように仕上がっていく。
そして、ふるいにかけておいた粉を加える番。さらさらと、液体の中に舞い降りていく様子は、まるでカスタードの海に浮かぶ小麦の島のようである。
彼女はボウルの縁を左手で軽く押さえ、右手で軽やかにスプーンを回す。一回転ごとに液体が上下に微かに揺れ、静かに小麦粉を巻き込んでいく。木のスプーンは、一度もボウルの底を擦らない。それは、卓越した手業を意味していた。
注意深く手首をしならせると、液体と粉が静かに輪舞曲を奏でる。かき混ぜすぎず、しかし中途半端でもない。パンケーキの最適解を探し当てたように、彼女は動きをぴたりと止める。
スプーンを静かに引き上げ、生地をひと匙すくい上げる。攪拌され、渾然一体となった生地のとろみを確認すると、彼女は手を止め、数秒だけその静けさを見守った。
棚の最も奥、陶器皿の陰にある厚手のフライパン。両足の踵をそっと上げ、両手で持ち上げると、その感触を指先で確かめる。鉄の肌は冷たく、しかしどこか馴染みのある重みを返す。手触りを確認すると彼女はそのままコンロの方へと歩を進めた。
フライパンをコンロの上に静かに据える。それは、パンケーキを焼くためだけに用意された、静かな儀式。
一番重要なのは、火加減。コンロのつまみを捻ると炎が立ち上がる。弱火に合わせるとフライパンをその上にのせ、彼女はフライパンの音に耳を澄ます。彼女は、軽く指先をフライパンの上方にかざし立ち昇る熱の揺らぎを感じる。静寂な時間が一時の隙間を埋める。フライパンの加減は十分。
ほどよく熱が伝わったところで、フライパンを一度コンロから外し、湿らせた布巾の上にそっと置く。パンケーキを綺麗に焼くための基本的なテクニックである。基本であるからこそおろそかに出来ない。しかし、彼女の所作には、教わった手順のようなぎこちなさは微塵もない。動作と目的が、すでにひとつの動きとして融合している。メイドさんとは、そういうお仕事である。
フライパンの上に油を引き、ゆっくり火の上でなじませていく。フライパンがツヤツヤと光だす。箸の先をフライパンに入れるとふつふつと泡立ち始める。
頃合いを感じるとお玉でボウルから生地をすくうと、一気にフライパンの中央へ生地を垂らしていく。そのものの重みでフライパンの中にパンケーキの生地が丸くひろがり、甘い香り立てていく。そのまま火加減を確認すると生地がふつふつし始めるまでじっとこらえる。
一粒、二粒と生地の表面が泡立ち始める。あと一時、そのまま、タイミングを見計らうと、フライパンですくい上げパンケーキを一気に裏返す。
こんがり綺麗に焼けたパンケーキが顔をだす。そのままゆっくりと裏面がこんがりとするまでじっと待つ。
綺麗に焼き上がった一枚を、用意しておいた白いお皿の上にそっと乗せる。
パンケーキはお皿の中心に据えられる。ほんのちょっとだけ指を添え位置を調節する。
フライパンは火から下ろされ、再びぬれ布巾の上に置かれ、その間に次の焼きの準備にはいる。
フライパンを冷ます間に、手早くやかんに水を入れ、隣のコンロの火にかける。
それからいくばくもなく、寸分違わぬ動作が繰り返され、お皿の上に三枚のパンケーキが積み上がっていく。
パンケーキの山の上にそっとミントの葉を添える。それは、朝摘みの新鮮なミントの葉である。ミントの香りがほんのり鼻腔に漂う。
パンケーキのお皿を脇にどけると、ちょうどやかんが湯気をあげる。脇加減を見ながらコンロの火を止める。その間にティーポットと紅茶缶を手早く用意、ティーポットの中にティースプーンで茶葉を注ぐ。 茶葉は特注のブレンド品。
そして、やかんからお湯を注ぎ、茶葉がゆっくり開いていくのを確認し、ティーポットの蓋を閉めると砂時計を傾ける。
砂時計が、揺れ落ちている間に、最後の仕上げを行う。ハチミツを入れた瓶とティーカップとソーサー一式、それから食事に必要なカラトリー、フォークとナイフ、そしてティースプーンを食器棚から素早く選び取る。
お盆の上にパンケーキと一緒に食器一式を並べる終えるのは、砂時計が落ちきったタイミング。最後に、ティーポットをお盆の上に載せる。
そのお盆を持ち上げると均衡を保ちながらメイドさんは、優雅に食堂に向かう。危なげない洗練された動きである。食堂に入ると、お盆の上の食器やカラトリーを丁寧に並べていく。
順番に並べられたそれはテーブルクロスと調和し、一つの世界を構築する。最後に、ナプキンを広げ、クロスのしわをひとつだけ直す。
一つ一つ出来上がりを目視で確認するとスカートの裾を整えて姿勢を正す。そして一声
「御主人様、朝ご飯ができあがりました」
――朝が始まる
何かスランプで久しぶりに書いた気がする。なお、AI成分5%でお送りします(ほぼ書き直し)




