隠蔽
なんか最近ミャーのツッコミが容赦なくなってきているなーっと考えていると、
「――姉上!」
イケメン紳士が私に向けて突進してきた。いや紳士は幼女に突進してこないか。
腕を広げているので私を抱きしめようとしている……とか?
「やだ、きもい」
思わず、反射的に、雷魔法(弱)を発動させてしまう私だった。ほら、護身用のスタンガン的な?
「あばばばばばばばっ!?」
感電し、大げさに身体を仰け反らせるイケメン(not紳士)だった。おおげさー。
『みゃー……』
容赦ねー……。みたいな声を上げるミャーだった。えー? メッチャ手加減したんですけど? たしかにちょーっとだけ煙がプスプスしてるけどさ。
「お、お姉様……もう少し手加減しませんと……」
アリスが言うのだからやり過ぎたのでしょう。ごめんね紳士じゃないイケメンさん。
『みゃー!』
アリスと扱いが違いすぎる! とばかりに尻尾で床をびたんびたんとするミャーだった。いやだって、アリスが私に苦言を呈してくるのって珍しいし? よっぽどヤバかったんじゃない?
「お、そうだ」
心臓でも止まっていたら大変だし、回復魔法を掛けてあげる私だった。マッチポンプ――じゃなくて、恩を売っておきましょう。
「おぉ……?」
「まさか、これは……?」
なぜか驚愕した様子のお爺さまとおばあ様だった。普通の回復魔法じゃないの? 私なんかやっちゃった?
「ぐぅっ」
首をかしげているとイケメン(ロリコン?)が意識を取り戻した。
そして即座にお爺さまが拳骨を落とす。
「初対面の幼子を怖がらせるな! 痴れ者が!」
「し、しかし父上……。使い魔に事情は教えられましたが、まさかここまで姉上にそっくりだとは……」
お爺さまを父上と呼び、姉上ということは……。私の母親の弟? 公爵家の跡取りさん?
となると、私の義理の父親になる人? 私とアリス、お爺さまの息子と養子縁組するらしいし。
「うわぁ」
思わず声を上げてしまう私だった。
「怖くないよ! お父様と呼んでごらん!」
「うわぁ」
私がドン引きして距離を取ると、すかさずイケメン(ヤバい人)が距離を詰めてきた。これはもう一度雷魔法かな?
「いい加減にせい!」
再びゲンコツされるイケメン(え? これが義父?)だった。
◇
義父予定者はお爺さまに首根っこ掴まれ、どこかに引きずられていった。
そんな二人をどこか遠い目で見つめるおばあ様。
「……まぁ、しばらくすれば落ち着くでしょう。愚か者ではありますが、愚者ではありませんので」
ふぅ、とため息をついてから歩みを再開するおばあ様だった。愚か者と愚者って同じ意味では?
もちろんそんなツッコミなど出来るはずもなくおばあ様のあとを付いていき……とある部屋の前で止まった。
普通の木製ドア。
特に豪奢な装飾が施されているわけではない。
だというのに不思議と存在感があるというか『俺、高級品だぜ?』と無言で威圧してくるような扉だった。
副メイド長が扉を開けてくれたので、部屋の中を覗き込んでみる。
……子供部屋?
たぶん子供部屋だと思う。ぬいぐるみやお人形さんが置いてあるし、部屋の内装もどことなく子供向けっぽかったから。
しかし広い。
前世で言うと学校の教室くらいの広さがあるのでは? キングサイズベッドを四つ合体させたような超巨大ベッドが鎮座しているというのに、それでもかなりの余裕がある。
「さて。本来ならここは一人部屋なのですが、二人は公爵家に来たばかりで何かと不安でしょう。しばらくは二人でこの部屋を使ってもらおうと思います」
「はい」
「分かりましたわ」
「結構。二人は朝食を食べたかしら?」
「いえ」
「まだですわ」
「そうですか。今から朝食を食べてはお昼を食べられませんね……しかし子供に朝食を抜かせるのも酷というもの。部屋にサンドウィッチを用意させますので、それでいいかしら?」
この世界にもサンドウィッチってあるのか……。と考えながら頷く私。そしてアリス。
「はい」
「よろしくお願いしますわ」
「結構。では、昼食までゆっくり身体を休めるように。……公爵家に慣れたあたりから令嬢教育を開始しますので、そのつもりで」
「……はい」
「分かりましたわ……」
絶対厳しいヤツだ……。顔を見合わせることなく「頑張ろうね」「頑張りましょう」と通じ合う私とアリスだった。
◇
部屋の外にはメイドさんが待機しているとはいえ、中にいるのは私とアリス、そしてミャーだけだ。
ちなみにフィナさんはお仕事の引き継ぎがあるそうなので別行動中。まぁでも私の専属メイドであることは内定しているので、大丈夫なのでは?
……フィナさんのことだから「やっぱ公爵家は肌に合わないっすね! じゃ!」と冒険者に戻ってしまう可能性もあるかな……? いやフィナさんのことは信じているんだけど、そっち方面に行っても不思議じゃないなーという謎の信頼も……。
『みゃー』
そこは信じてやれよ、みたいなツッコミをされてしまった。ごめんねフィナさん。
と、それはともかく。まずやらなきゃいけないのはスキル隠蔽だ。教会でスキル鑑定をされる前になんとかしないと。
「えーっと……」
ステータス画面を起動して、スキル一覧を表示。……うわぁ、我ながら凄い数のスキル。この世界にはスキルを持っていない人もいる中、これがバレたら一大事だね。
「――隠蔽工作」
スキル一覧を見つめながら隠蔽工作を発動すると、スキル名が半透明になった。鑑定眼持ちのミャーに確認してもらう。
『みゃ』
スキルは隠れたけど、スキル無しだとそれはそれで面倒くさそうだから一つくらい表示した方がいいな。というアドバイスをもらった。いや長いな? 『みゃ』の中に意味を込めすぎじゃない?
「スキル表示かぁ……」
どのスキルがいいかなぁ?
とりあえず魅了とか千里の果てを知る者よ、美しき少女よ、永遠にとかはヤバいことになりそうなので真っ先に除外。もうちょっと当たり障りがなくて、かといって公爵令嬢として舐められないくらいのスキルを……。
『みゃ』
自動回復と自動防御でいいんじゃないか? と助言してもらった。
……なるほど。身の安全を考えればその二つは常時展開しておきたいし、何かあったときに発動してしまっても、最初から持っていたことにすれば不自然に思われることもないか。
スキル二つは多すぎるかなとも思うけど、まぁ、色々と訳ありの公爵令嬢だし、このくらい突き抜けていた方が周りを黙らせられるかな。
あとは魔法も隠蔽しないとね。特に闇魔法。生涯監禁はいやでござる。
火・水・風・土・雷魔法の適正があるのはバラしちゃったので、聖魔法と闇魔法を隠蔽しておく。
「じゃあ、次はアリスだね」
さぁアリスも隠蔽工作を発動するのだ! と、アリスの方を向いてふと気づく。アリス、隠蔽工作のスキル持っていないのではと?
『みゃー……』
気づくの遅……ポンコツ……と呆れられてしまった。気づいていたなら教えてくれてもいいのに。
「んー」
とりあえず、これはまた夜になったらダンジョンに潜って魔石狩りをしないとかなぁ。迷宮王の指輪を使えば、公爵家の中にもダンジョンの入り口を開けることができるはずだし。
もちろん危ないのでアリスにはお留守番してもらってね。




