誰?
公爵家逆らっちゃいけない人ランキング。
おばあ様>執事長レイス>お爺さま
『みゃー……』
さすがに失礼すぎるだろ、みたいなツッコミをされてしまった。まぁそうだよね。伯爵への対応を見るに、お爺さまも孫娘に甘いだけだし。
というわけでランキングは『公爵家(私が)逆らっちゃいけないランキング』に訂正。
そんなランキング断トツ一位であるおばあ様の先導で階段を上っていく。
しかしまぁ、なんとも美しい所作だ。後ろ姿だけでも感嘆してしまうほど。足取りはしなやかだし体幹のブレはなし。さらに言えば頭の位置は一定で上下していない。普通の人間は歩くたびに頭というか上半身が上下するものなのに。
私も前世で祖母の日本舞踊を真似していたので、おばあ様の凄さがよく分かる。いやー、どれだけ修行すれば普段の生活まであぁなるというのか……。
「どうかしたかしら?」
私からの視線に気づいたのかおばあ様が立ち止まり、こちらを向いた。
別に隠すことでもないので素直に答えてしまう。
「はい。歩き方が綺麗だなぁとですね。頭も動いてないですし」
「……分かりますか。中々見る目がありますね。リーナとアリスにもいずれ習得してもらうのでそのつもりで。他の木っ端貴族家はどうか知りませんが、ルクトベルク家の女であればできて当然なのですから」
え? 私もやるの? あれを? 無理じゃない?
…………。
……ちょっと、母親がルクトベルク家から逃げ出した気持ちが分かったような気がする私だった。
◇
「――お待ちしておりました」
案内された部屋に入ると、三人のメイドさんが一斉に頭を下げた。わぁ一糸乱れぬ動き。鍛えられてるー。
私が感心しているとおばあ様が三人のメイドを紹介してくれた。
「メイド長のベラと、副メイド長のリサ、リズ。私たちがいないときに何か困ったことがあったらこの三人の誰かに相談しなさい」
「はい。……メイド長と副メイド長なんて偉い人ですよね? いきなりそんな方たちに相談してもいいんですか?」
私がそう確認すると、なぜかメイドさんたちの表情が引きつった。なんで?
やれやれとおばあ様が小さくため息をつく。
「メイドの中で偉かろうと、リーナの偉さに比べればアリのようなものです」
「いやアリって。人をアリ扱いは酷いのでは?」
というかこの世界にもアリっているのか……いやいるか昆虫くらい……とか考えていると、メイドさんたちがさらに表情を引きつらせた。なんで?
おばあ様が悩ましげに人差し指でこめかみを抑えた。
「その視点は利点とみるべきか欠点とみるべきか……。いいですかリーナ。貴族と平民は違う生き物です」
「いやそれは違うのでは?」
即座に否定するとおばあ様が満足げに頷いた。あれ? もしかして試されてました?
「その通り。間違っています。ですが、本気でそう考えている貴族は少なくないですし、メイドや執事を虫けら扱いする者も存在します。そのような価値観が幅をきかせているからこそ、メイドからすれば自分たちを『人間』扱いするリーナは珍しく、ともすれば恐ろしさすら感じられるのでしょう」
「うーん……」
まぁ理屈は理解できるし、ここはまだそういう世界観なのだから仕方ないと言えば仕方ない。
でもなぁ。だからといって人間を虫けら扱いできるはずもなく。
「公爵家としては、どうすればいいのですか?」
「リーナはどうしたいのですか?」
質問に質問で返すなど――と、ツッコミ出来るはずもなく。
だから私はこう答えた。
「相手によって態度を変えるなど、誇り高き貴族にあるまじき浅ましさなのでは?」
「……結構。そう来ますか」
どこか楽しそうに微笑むおばあ様。どうやら悪くない答えだったみたい。
「いいでしょう。リーナがどのような貴族になるか、見定めさせてもらいましょう」
「どうぞお楽しみに」
「えぇ、楽しみですね。――それはそれとしてルクトベルク家の女としての礼儀作法は叩き込みますが。誇り高き貴族であるなら問題はないでしょう」
「げっ」
思わず声を上げてしまう私だった。
「減点1」
ふっ、と小さく鼻を鳴らすおばあ様。それ、減点が積み重なるとお仕置きとかそういう系のアレですか?
◇
まぁ未来の教育は未来の私に頑張ってもらうとして。
おばあ様に連れてこられたここ、いわゆる脱衣場だったみたい。
うん、脱衣場。
前世で言うと20畳くらいありそうだけど、ただの脱衣場らしい。
シャンデリアがあったり壁紙ならぬ壁布だったり純金っぽい装飾があちこちに施されていたりするけど、ただの脱衣場。お客様用ではない普段使いの。きっぞくぅ~。
驚くべきか呆れるべきか。
私が反応に困っていると、メイド長たちがテキパキと私の服を脱がせていった。うーん手慣れてる。前世だと貴族令嬢は自分でお着替えせずにメイドさんに全てやらせていたとどこかで読んだ覚えがあるけれど。こっちの世界でもそんな感じらしい。
なんかもう流されるように服を脱がされ、脱衣場から浴室に移動。こちらもまた豪華絢爛。浴槽は全体的にロココ調っぽい彫刻が施されているし、やはり純金っぽい装飾がいっぱいだ。
そして当然のように私の髪を濡らし、泡立ててくるメイド長。
「じ、自分で洗えますけど……」
「なりません」
なりません、らしい。そうか貴族令嬢だものね、自分で自分の身体を洗ったりしないのか……。アリスは何も言うことなくされるがままなので、貴族令嬢のデフォらしい。
流れ流され。身体を流され。ざぱーんとお湯に浸かってから再び脱衣場へ。
着替えさせられたのは白を基調としたドレスだった。この肌触り、たぶんシルク。いや私も本物のシルクを身につけたことはないので想像でしかないけれど。シルクとしか思えないほど良い素材だったのだ。
なんだか不思議な香りがする。鼻腔をくすぐるというか、少し薬品っぽいというか……。私の母親が昔着ていた服らしいし、ずっとクローゼットにしまいっぱなしだったのかもしれない。異世界風の樟脳、みたいな?
「あ、アリスが可愛い……」
口にするまでもない世界の真実をあえて口にする私だった。今までも世界一可愛かったけど、豪華な服に着替えたアリスはもはや宇宙一の可愛らしさだったのだ。
『みゃー』
ミャーもアリスの可愛らしさにやられたらしく、半眼で呆れたような声を出した。きっとこれが感嘆(感激してため息が出る)というものに違いない。
◇
「おお! 似合っているではないかリーナ! そしてアリス!」
「えぇ、さすがベラ。良い着こなしです」
脱衣場から出るとお爺さまとおばあ様が出迎えてくれた。お爺さま、微妙そうな顔をしていた割にはだらしなく顔を緩めているね? ふっ、私の美少女力を前にしては母親の幻想も霧散したでござるか……。
『みゃー』
言ってろ、みたいなツッコミをされてしまった。ちょっとツッコミがおざなりじゃありません?
副メイド長の二人が大きめの姿見を持ってきてくれたので、改めて自分の格好を確認。ちなみに脱衣場の中にも大きな鏡はあったので、どちらかというと『鏡を確認するリーナ』をお爺さまとおばあ様に見せることが主目的だと思う。
……ふむ、深窓のご令嬢というか、西洋人形というか、我ながら超絶美少女なのでは? ただ、服の色味が白なので髪色と溶け合って『銀髪』があまり目立たないことはマイナスポイントかもしれない。
と、偉そうに批評していると、
「――あ、姉上?」
どさり、という音がした。
振り向くと、そこにいたのは20代後半から30代前半くらいの紳士だった。スーツというかタキシードというか、そんな感じの服装に身を包んでいる。
整った顔つきに、温和な雰囲気。きっと周りの女性は放っておかないだろうなぁというイケメンさんだ。
さっきの『どさり』という音は、手にした鞄を床に落とした音かな?
しかし、姉上? 私を見て姉上って言った? 私、どこからどう見ても7歳の幼女なんだけど?
……あ、もしかして、前世の弟みたいな展開?
『みゃー』
ないない、ありえないとため息をつかれてしまった。