別れ
地下室から地上に戻り。
こんな家に長居は無用ということで、私とアリスはさっそく公爵家へと移動することになった。
私はともかく、アリスは両親たちの了解を得なくていいのかなぁと思うけど、その辺はうまくやってくれるみたい。何をするかは知らないでござる。
「あ、そうだ。セバスさんとサラさんに挨拶しておきたいんですけど」
伯爵家の執事長とメイド長。二人は特に私に良くしてくれたんだよね。もしこの二人までもが『敵』だったら、たぶんほとんどの使用人は私の味方をしなかったと思う。まぁフィナさんは気にしなさそうだけど。
「ふむ、世話になったのだったな。儂からも礼を言いたいから呼び寄せよう」
呼び寄せるって。なんというナチュラル貴族しぐさ。
「いや、悪いですから私が行きますよ」
「ならん。リーナはこれから公爵令嬢になるのだし――本邸に戻ったら逆上した輩に襲われるかもしれんからな」
仕事を失った人が逆ギレして、みたいな?
そんなものなのかなーっと思っているうちに、公爵家の執事であるレイスさんが音もなく別邸を出て行った。素早い。
本邸に向かったレイスさんを何となく見送っていると――
「――ん?」
なんか、視線を感じた。じーっと、こちらを見つめられているような?
こう、『きゅぴーん!』という感じで『そこだぁ!』とできればいいのだけど……そんなスキルは持っていないのでキョロキョロと辺りを見渡す。もしかしたらアリスのストーカーかもしれないし。姉として消し炭にしなければ。
あ、そうか。索敵のスキルを使えばいいのか。ちょっと前までは魔力の節約のためにダンジョン以外はオフにしていたんだよね。
でも今は邪竜を倒したおかげで魔力も激増したし、常時オンにしていても問題ないのだ。
索敵スキル、今は鑑定眼と合体進化して千里の果てを知る者よになったんだっけ? 使ったことないから試しにやってみようかな。
「リーナよ? どうしたのだ?」
私の様子がおかしいことに気づいたのかお爺さまが声を掛けてきた。
「いえ、ちょっと視線を感じまして」
「視線?」
「はい。じーって感じで」
答えつつスキル発動。……お? なんか脳内マップに緑の点が? 赤くないから敵じゃないのかな? ちなみにミャーやアリス、お爺さまは青丸なので『味方』という意味なのだと思う。
……これは本質的に味方という意味なのか、あるいは私がお爺さまを味方だと思っているという意味なのか。味方だと思っているとしたらチョロすぎない私……?
私チョロくないし~と自分で自分に言い訳しつつ緑の点がある方を向くと――フクロウ? っぽい鳥? がいた。
真っ昼間にフクロウがいるのも珍しい……いや異世界だからそんなこともない可能性も? いやでもさすがにこっちを凝視し続けているのは怪しいなぁ。
こういうときは鑑定してみようかな?
というわけで、鑑定眼発動。正確には進化したので千里の果てを知る者よだけど、まぁ細かいことはいいでしょう。分かり易さ重視である。
「お、お、おぉ?」
なんか、見えた。フクロウだけじゃなくて、フクロウのその先。背後にいる人物までもが。
もちろんそれは物理的にフクロウの後ろにいるのではなくて……魔術的に、フクロウを操っている人物だ。
視えるのは、前世で言えば小学校高学年とか、中学一年生くらいの男子。柔らかそうな金髪で、西洋人形のように整った顔つき。たぶん大人になったら女性が放っておかないレベルの美形になると思う。いや今でも絶世の美少年なんだけど。
そんな少年がいるのは何とも豪勢なお部屋。伯爵家の本邸にすらないレベルのキラキラ具合なので、たぶん上位貴族のお屋敷とか、もしかしたら王宮というものなのかもしれない。一応地図も表示されているけれど、そもそも私は王都の地理が分からないし……。
およ? そんなことを考えていたら場所の名前が表示された。
王宮?
王太子の私室?
じゃあ、なにかな? この絶世の美少年君は我が国の王太子なのかな? 普通の貴族なら顔くらい知っているのかもしれないけど、私は普通じゃない軟禁系貴族令嬢だからなぁ。
…………。
いくら王太子でも、覗きはいけないと思う。
まぁこんな身分制度真っ盛りな世界観で、王太子が覗きで逮捕されることなんてないだろうけど。好感度は急降下していくのだった。そりゃあもう海に落ちて海底に到達するレベルで。
「――ほう? 使い魔か? まったく、伯爵家は妨害魔術も敷けぬのか」
お爺さまもフクロウに気づいたらしい。即座に腕に雷を纏わせる。いやいや判断早くない? 見敵必殺なんですか公爵家って?
『ホーッ!』
命の危険を感じたのか飛び立って逃げるフクロウだった。覗き王太子がどうなろうと知ったことではないけど、フクロウが犠牲になるのは可哀想だからね。よかったよかった。
「まったく。また彼奴か……」
そしてお爺さまは正体を知っているらしい。覗き王太子、『彼奴』呼ばわりされてるし……。
◇
そんなことをしているうちにレイスさんがセバスさんとサラさんを連れてきてくれた。
「ありがとうございますレイスさん」
御礼を言うとレイスさんは目を丸くして驚いていた。え? 御礼を言ったくらいで? ちょっと公爵家ー、就業環境が悪いんじゃないー?
「お嬢様。使用人に対して礼など不要でございます」
「働いてもらったのだから感謝するのは当然では?」
「寛大なお心ですが、それではお嬢様が侮られてしまいます」
「まぁ、その時は『ポキッ』とすればいいのでは?」
「…………」
あぁ、旦那様の孫娘だなー、みたいな顔をするレイスさんだった。おかしい、私に読心スキルはないはずなのに考えていることが手に取るように分かるぞぅ?
「ふははっ、状況が状況だからな、使用人を試すのも悪くはないだろう」
腹黒そうに笑うお爺さまだった。
「レイス。査定の準備をしておけ」
「……承知いたしました」
孫娘を使って人事をしようとするの、やめてもらえません?
おっと、今はセバスさんとサラさんだね。
「すみませんセバスさん、サラさん。わざわざ来てもらっちゃって」
「いえ、お気になさらず。――お嬢様はお嬢様のままのようで、このセバス、安心いたしました」
ま~公爵家に引き取られるとなれば調子に乗ってもおかしくはないからね。そう考えると私ってかなり良い子なのでは?
『……みゃー』
自分で言うな、みたいな感じに呆れられてしまった。やっぱりミャーって心読んでない? 気のせい?
「えっと、私公爵家に行くことになりまして」
「おめでとうございます」
「よかった、本当に……」
感極まった顔をしてくれるセバスさんと、号泣するサラさんだった。
「お二人はどうするんですか?」
「自分はもう歳ですので、隠居して田舎に帰ろうかと」
「私も、少し早いですが貯蓄はあるので……」
「そうですか……」
二人も一緒に公爵家へ、と思っていたけど無理強いするのもね。いやフィナさんに無理強いしたばかりの私が言うのも何だけど。ほら、あの人は戦友みたいなものじゃん?
セバスさんとサラさんとはここでお別れ。
そう考えると寂しくなってしまった私は――腕を広げた。
抱きしめて欲しい。
私の思いを二人は察してくれたみたいだけど……すぐには動かなかった。たぶん『公爵令嬢』に対して遠慮したのだと思う。
「構わん」
と、お爺さまが口にしたのが効いたのか二人は私を抱きしめてくれた。
温かい。
人の温もりだ。
父も、母も、継母も、家族の誰もが与えてくれなかった温かさ。それを与えてくれたのがこの二人だったのだ。
この二人が味方でいなければ、私はもう少し『人間らしくない』生き方をしていたように思う。




