浄化
「……こ、こんなあばら家にリーナを押し込んだというのか!?」
本邸から出て、別邸の前に立った公爵がわなわなと震えていた。
うん、まぁ、気持ちは分かる。
手入れされていないせいで壁は蔦で覆われているし、所々窓は割れている。一応雨が入ってこないようにとふさがれてはいるけれど、7歳の貴族令嬢を一人放り込んでいい場所ではないだろう。夜になるとオバケ屋敷みたいな不気味さだし。
このまま放っておくとあのクズ共を殴りに行きそうだったので、ちょっと強引に話を進めてしまう。
「えーっと、応接間みたいな部屋があるはずですから」
案内するために私が別邸の玄関を開けると、
『――みゃ!』
いきなりミャーが飛びついてきた。私の顔に。私だから平気だったけど、あの勢いでミャーの質量が顔にぶつかると、7歳児は首が折れるんじゃないかな?
ちなみになぜミャーが別邸で待っていたかというと、ミャーを見て余計な騒ぎになるかもしれないから待っていてもらったのだ。ミャーはトカゲにしてはデカいし、もしかしたらドラゴンの子供だと気づく人がいるかもしれないからね。
実際、公爵は気づいたようだ。
「――リーナ! 離れろ!」
公爵が雷を両手に纏わせる。杖がなくても魔法は発動できるみたいだ。まぁ私も杖無しでやっているからね。
『みゃ!』
なんだてめぇやんのかゴラァッ! みたいな声を上げるミャーだった。こっちはこっちで口元に魔力を集めている。
いやいや、私を挟んで雷魔法とドラゴンブレスをぶっ放そうとするの、やめてもらえません? いやたぶん自動防御でケガはしないと思うけど、だからといって攻撃のど真ん中に晒されたくはない。
「お、落ち着いてください公爵。ミャーは大丈夫ですから」
「ならん! コイツは――」
「――落ち着いてください、お爺さま」
「うむ、そうだな。まずは話を聞こう」
即座に雷を治める公爵だった。やだこの公爵、チョロい……。
「えーっと、ミャーも落ち着いて。この人、一応私のお爺さまらしいから。助けに来てくれた人だから」
『……みゃー……』
妙な真似をしたら消し炭にしてやる、みたいな声を上げるミャーだった。案外武闘派だよね。
「ま、とりあえず、応接間でゆっくり話をしましょうか」
先頭になって応接間を目指す私だった。
◇
「掃除すらしていないのか! この家の執事長とメイド長はリーナの味方だと聞いていたが、どういうことだ!」
別邸の中の惨状を見て再び激昂する公爵だった。血圧上がりますよ?
「セバスさんたちは掃除してくれると申し出てくれたのですが、私が断りました」
「なぜ!?」
「だって、私に肩入れしすぎて折檻されたりクビになったりしたら可哀想ですし」
「……あのクズは、そこまでであったか……7歳の少女に諦められるほど……」
まぁクズっすよね。公爵はまともそうな大人で良かったよかった。
屋敷を探索したときに見つけた応接間の扉を開け、中へと誘う。
……ちょっとホコリっぽいな。
話している最中に咳き込んだりするのも嫌なので、私は室内を綺麗にすることにした。
「――浄化」
浄化魔法を発動すると、室内は一瞬で清浄化された。ホコリっぽさはなくなったし、なにやら光り輝いている気さえする。
うん、ドラゴンを倒したおかげか、浄化の効果も高まっているみたいだ。
「な、な、な……!?」
公爵がぷるぷると震えていた。あれ? 何かやっちゃいました、私?
「な、なぜ! 教会で修行もしていないのに浄化を使えるのだ!?」
「え? 皆さん使えないんですか?」
「当たり前だ!」
「いや、そんな怒鳴られましても。私、家庭教師とかいなかったんで知らないですし……」
「……む、そうであったな。いきなり怒鳴ってすまなかった」
しょぼーんとしながら謝罪してくる公爵だった。7歳児相手に。そういえばさっきはアリス(6歳児)に謝罪していたね。まともだ、まともな大人だ……。両親がアレなせいでぐんぐんと評価が上がっていく公爵だった。
「……よいかリーナよ。浄化とは儀式魔法。神聖な儀式を前に、その場を清めるために使われる魔術……いや、奇跡なのだ」
「他の人は使えないのですか?」
「教会出身の神父や修道女であれば、ほとんどの者が使えるだろう。だが、それも身を清めるのに使える程度。これほどの大きさの部屋を一瞬で浄化するなど、それこそ司教クラスでなければ無理だろう」
司教はよく分からないけど、私の浄化がかなりの高レベルであることは理解できた。さすが私。略してさすわた。
「……リーナよ。あのような術、どこで習ったのだ? メイド長や副メイド長は魔法を使えると聞いているが、教会で修行をしていたという情報はなかったはずだ」
そんな資料にまで目を通したの? 真面目というか、私に対して本気で向き合ってくれていたんだなぁ。
「…………」
たぶん、ごまかすのは無理だと思う。
それに、地下室からダンジョンに繋がる扉はダンジョンマスター権限で封鎖することができる。
……ついでに言えば、これまでのやり取りで公爵が良い人だというのは察せられた。そんな人にはなるべく嘘やごまかしをしたくはない。
もちろん竜を倒したとかの話はできないけど、その分、話せることは話してしまいたい。
「えーっとですね。屋敷を探索中に地下室を見つけまして。そこで魔法に関する本を見つけたんですよ」
「地下室で……? 魔法に関する書籍などという貴重品を、こんなあばら家に放置していたと……? リーナよ、あとで案内してくれるか?」
「はい、いいですよ」