閑話 地下へ
三階の窓から飛び降りるという暴挙をしたあと。
別邸の玄関前で、フィナはやっとアリスを降ろしてくれた。
「――灯火」
手のひらに明かりを灯すフィナ。平然とやっているが、貴族階級でない人間が魔法を使えるのは非常に珍しい。だからこそこの年齢で副メイド長に選ばれたのかもしれなかった。
「さて、アリス様。リーナ様はどちらの部屋に?」
先ほどまでの『お嬢様』という呼び方を変えるフィナだった。この屋敷にはお嬢様が二人いるためだろう。
ちゃんとリーナをお嬢様扱いしてくれるフィナに満足しつつ、アリスが手慣れた様子で案内をする。
すでにアリスがパンとチーズ入りのバスケットを持って別邸に行ったことがあるのはフィナも知っていた。……というよりも、アリスがパンとチーズを入れたバスケットを持って別邸に向かうなら見逃すようにとアリス付きのメイドにお願いしたのがフィナだったのだ。
「……あたし、正直言うとアリス様のことをクソガキだと思っていたんですよね」
「く、くそ……?」
「だってそうでしょ? 母親が違うとはいえ、実の姉を虐めていたんですから」
「い、いえ、それは……」
「でも、実際に話を聞いてみると、アリス様にも考えがあって、リーナ様と仲良くなりたがっているのだと知ることができたっす」
「は、はぁ……」
一体何の話をしているのかと訝しむアリスに、フィナが快活に笑ってみせる。
「人間、話し合わないとお互いを理解することができないんすよ。あたしとアリス様も。アリス様とリーナ様も」
「…………」
「アリス様は悪いことをした。リーナ様にも悪いところがあった。まずはお互いに謝って、そのあとじっくりと話し合いをしましょう」
「……はい」
「もちろん、アリス様の方がいっぱい謝るんですよ? なにせ手を出していたんですから」
「は、はい!」
「うん、いい返事っす。リーナ様との話し合いですけど、あたしが同席した方がいいですか?」
「……お願いしますわ。わたくしが変なことをしたら止めてくださいませ」
「りょーかいっす」
そんなやり取りが終わったところでリーナが寝泊まりしている部屋の前に到着した。
「お姉様! お話ししたいことが!」
ここに来るまでに覚悟は決めたのか、アリスは迷うことなく扉を開け放った。
(いや、まずはノックしましょうよ……ただでさえ真夜中なんですから……)
とは思いつつ、真夜中の訪問になった原因は自分なのでツッコミしにくいフィナであった。
「……あれ? お姉様?」
誰もいないベッドを見てアリスが首をかしげる。
アリスとしてはリーナのことしか頭にないのでベッドに注目していたが、一歩引いた立場であるフィナはすぐさま室内の異変に気づいたようだ。
「……隠し扉、っすか?」
フィナの声に、アリスが視線をベッドから部屋の反対側、執務机などが置かれた場所へと移す。
執務机の後ろに設置された、重厚な本棚。
その本棚が横にずれ、地下へと繋がる階段が見えていた。
「いやいや、別邸に隠し部屋があるとか聞いたことがないんすけど……?」
副メイド長という立場にあるフィナが首をかしげているうちに、アリスは地下へと繋がる階段を降り始めてしまった。
「お姉様!」
「ちょ、ちょっとアリス様! 危ないですって! せめて明かりを!」
あわててアリスの前に灯火を発動させるフィナ。そんなことをしていたせいで完全に出遅れ、アリスは地下室に到着してしまったようだ。
「ああもう! お転婆なんだから!」
この世界にはない言葉で文句を言いつつ、フィナも慌てて後を追ったのだった。