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閑話 妹・アリス 5


「うぅ、う……」


 リーナの妹、アリスは悪夢にうなされていた。


 なんとも不思議な夢だった。

 アリスは今よりも大きくなっていて、貴族学園の制服に身を包んでいた。


 そんな彼女を取り囲むのは多種多様なイケメンたち。皆、笑顔でいれば女性が放っておかないだろうに、例外なく険しい顔つきをしている。


 彼らが睨み付けているのは、一人の美少女。……いいや、美女と呼んだ方がいいかもしれない。アリスと同じく貴族学園の制服を着ているが、その美しさは大人顔負けであったのだから。


 リーナだ。

 お姉様だ。


 たとえ成長しても間違えるものか。分からないものか。あの美しさを。あの美貌を。見間違えるなんてことはあり得ないのだ。


「――――」


 リーナは何かを叫んでいた。アリスに向けて叫んでいた。


 向けられる負の感情。今は、今だけは、リーナはアリスを睨んでいた。見つめてくれていた。


 でも、嬉しさはなかった。

 なぜなら、次の瞬間には――リーナの身体が内側から食い破られた(・・・・・・・・・・)からだ。


 リーナの体内から出てきたのは、黒いドラゴン。


 邪竜だ、と誰かが叫んだ。

 ドラゴンが人間のふりをしていたのだ、と誰かが推測した。


 黒き竜。

 倒さなければならない。


 なぜならば、それこそが聖女(・・)たるアリスの使命なのだから。


 そうして。

 アリスは聖なる力を用いて、邪竜となったリーナを退治して――



「――いやぁあぁああぁあっ!?」



 叫び声を上げながらアリスは飛び起きた。


 見慣れたベッドの上。見慣れた部屋。……自室であることと、自分の手が幼いままであることを確認してホッと一息つくアリス。


 いや、しかし、妙な夢だったとアリスは何度も首を横に振る。成長したアリス。成長したリーナ。まるで、未来を視た(・・・・・)ようではないかと――



≪――スキル・未来予知(ディッケンズ)を獲得しました≫



「へ?」


 突如として頭上から降りてきた声にアリスが疑問の声を上げ、


「お嬢様~? 大丈夫っすか~?」


 部屋の扉の向こうから副メイド長であるフィナの声がする。大事に大事にされているアリスは、夜であっても常にメイドが一人か二人控えているのだ。


 一応扉をノックしたあと、フィナが部屋の扉を開けて中に入ってきた。……本来であれば部屋の主が入室の許可を出すまで待機するべきなのだが、「まぁフィナだし」と思えてしまうのが不思議であった。


「お嬢様、なにか悪い夢でも見たっすか?」


 フィナはアリスを嫌っているはずだが、それでも悪夢を見た幼女に対して当たりを強くするほど鬼畜ではないらしい。心の底から心配してくれているようにアリスには見えた。


「……えぇ、悪夢を。お姉様と、その……ケンカをする夢を」


 邪竜となったリーナを討伐した。などと言っても信じてもらえないだろうから少しごまかしたアリスだ。


 そんなアリスの物言いに、フィナが僅かに片眉を上げた。


「いや、それのどこが悪夢なんすか? いつもいつも、もっと酷いことをしているじゃないっすか」


「……酷いことを、しているのでしょうか?」


「へ? ……もしかして、自覚無しっすか? 毎回毎回、リーナ様を虐めているじゃないですか。今さらケンカをしている夢を見たところで――」


「あれは、虐めなのでしょうか?」


「……はぁ?」


 こいつは何を言っているんだという顔をするフィナ。そんな彼女の顔を見ていることができず、アリスは下を向いてしまう。


「虐めているつもりなんて、ありませんでした。わたくしは、お姉様と仲良くなりたいのです」


 そんな吐露を聞いたフィナは明らかに動揺した。


「な、仲良く? い、いやいや、真逆。真逆のことをしてるじゃないっすか。あんなやり方で仲良くなれるはずが……」


「だって、お姉様は、悪い子なのでしょう? お父様やお母様がそう言っていましたもの。才能がないのに努力もしない『悪い子』だから一緒に食事を食べられないし、家庭教師も与えられないし、別邸に軟禁するしかないって。だからわたくしも、お姉様が『良い子』になるよう厳しくしないと。そうしないと、仲良くなれないって――」


「――そんなはず、ないでしょうが!」


 フィナの大声に、ビクッと身を縮めるアリス。


 いつも笑っていて。気安くて。メイドたちからも信頼厚そうなフィナが、今では怖い顔をして自分を見ている。


 あぁ、何か失敗したのだと、6歳にしては聡明なアリスは察した。


 何かを耐えるような顔をしながら、フィナが両手でアリスの肩を掴んだ。


 痛いほどに力が込められた手。

 その手は僅かに震えていた。


「お嬢様、そんなことをして、仲良くなれるわけがないでしょう?」


「でも、でも……」


 アリスには分からない。そもそも、そんなことは学んでいないのだ。

 伯爵家に引き取られる前は母親から「お前は貴族の血を引いているんだよ!」と言い聞かされ、周りの子供たちとは遊ばせてもらえなかった。

 伯爵家に来たあとは父も母もメイドたちもリーナを『悪い子』だと言い続けた。


 そんな『悪い子』のリーナと仲良くなるには、まずリーナが『良い子』にならなければいけないのでは?


 それに、なにより――


「お姉様はわたくしが話しかけても答えてくださいませんし……興味なさそうな目を向けてきますし……仲良くなんて、なれないのです」


「それは……」


 伯爵家で働くフィナも、その場面に遭遇したことがある。たどたどしく話しかけるアリスと、まるで興味がなさそうなリーナ。あれは確かにリーナが悪いと言えるだろう。


「でも、お姉様は、わたくしが意地悪をするとこちらを見てくださるのです。感情を込めた目で、わたくしを見つめてくださるのです。だからわたくしは、こうするしか、お姉様と交流する方法がないのです」


 アリスの正直な告白を受け。


「…………。……あー、そういうことっすかー……なんてことを……不器用にもほどがあるっすよ……でも6歳ならこんなものっすかね……? いやそれにしても……」


 あちゃー、とばかりに額へ手を当て、天を仰ぐフィナだった。


「うっわー、そっかぁ。そう考えるとリーナ様もリーナ様だよなぁ。でも、いきなり父親の浮気相手の子供を『妹』と呼ばなきゃいけなくなったんだし……。子供じゃなくても酷だよなぁ……」


 そのまま今度は腕を組み、下を向くフィナ。うーん、うーん、っと。何事かを真剣に悩んでいるように見える。


「……いや! 悩んでも事態は好転しないっすね!」


 ガッシリと。アリスの両肩を掴むフィナ。


「お嬢様! ここは真っ向からの話し合いといきましょう!」


「へ? 話し合い、ですの?」


「うっす! お嬢様は不器用すぎますし! リーナ様も交流しなさすぎ! ここはお互い思っていることをぶつけ合いましょう!」


「え、でも……」


「でもじゃありません! 行きますよ! 今すぐ!」


「い、今すぐですの!?」


「もちろんですよ! 思い立ったが吉日といいますし!」


「キチジツ?」


「昼間だと旦那様か奥様の邪魔が入るかもしれませんからね! あの二人はお嬢様と違って完全に、誤解の余地なくリーナ様を嫌っていますし!」


「で、でもでも! まだ心の準備が――」


「――よし! 早速向かいますか!」


 アリスの主張など気にも留めずにフィナが窓辺へと移動し、窓を開け放った。


「おっと、叫ばれるとバレてしまうから防音の結界を張ってーっと」


 なにやら呪文を唱えてから、フィナはアリスをお姫様だっこした。


「ちょ、ちょっとフィナ!?」


 アリスの戸惑いをあえて無視し、フィナは窓縁に足を掛け、身体強化(ミュスクル)を使用し――跳んだ。アリスを抱っこしたまま。屋敷の庭に向けて。


 ちなみに本邸は貴族の邸宅として一般的な作りなので、子供部屋は三階にある。


「きゃあぁああぁあぁあああぁああっ!?」


 アリスの絶叫と共にフィナは着地。そのまま別邸へと向かったのだった。




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