地下室
「ほらよ、さっさと食いな」
結局朝食の時間には誰も来ず、昼になって現れたのは義母付きのメイドだった。元々は私の母親付きだったけど、母親が亡くなってからは後妻に鞍替えしたらしい。
そんな彼女が運んできたのは……残飯だった。野菜の切れ端しか入っていないようなスープに、カピカピになったパンの切れ端。明らかに栄養が足りていない一品だ。
「お前みたいな気持ち悪い子供に『餌』を与えてくださるんだ。旦那様に感謝するんだよ」
うわっ。餌って言ったよこの人。七歳の幼女に向けて。いや中身も合わせるともう少し年上になるけどさ、人の心とかないわけ?
「食器は明日持ちに来るから、その辺に置いておきな」
食事だけ置いてさっさと帰ってしまうメイドだった。
あの口ぶりだと明日までやって来ない = 晩ご飯なし。そしてたぶん明日の朝ご飯もなし、と。
「……ま、ご飯がないよりはマシだけどね」
もそもそとパンを食べ、スープを飲み干す。
お腹の空き具合にほとんど変化無し。全然足りない。むしろ中途半端に食べたから逆に空腹が加速した気すらする。
これは早急に何とかしないとマズいなと認識を新たにする私だった。
◇
そうして。空腹は改善されないまま夜となり。
「ででーん!」
空腹と憂鬱な気分を吹き飛ばすのも兼ねて、謎の効果音を叫んだ私だった。夜になってもう誰も来ないだろうから変な叫び声を上げてもいいし、地下室の探検を開始してもいいのだ。
準備内容① 灯火
これはもう出来るのだから準備も何もないけどね。やはり暗いところを移動するなら明かりは必須でしょう。
準備内容② 厨房で見つけたデカい包丁。
まぁ7歳の身体じゃまともに振り回せないだろうし、地下に生き物なんていないだろうけど、やはり武器があると安心感が違うのだ。
準備内容③ 厚手のカバン。
何かいい感じのものを発見したらこれに入れて持ち帰れるし、頭に被れば頭部を守ることができる。さらに腕に巻けば簡単な防具にもなるという一品だ。犬の噛みつきくらいなら防げる……はず。
準備内容④ 子供部屋で見つけた靴。
足をケガするとまともに歩けなくなるし、破傷風になる可能性もある。何が落ちているか分からない場所を歩くときは靴底の厚い靴。これサバイバルの常識ね。
準備内容⑤ 遺書。
この手紙を読んでいる頃、私は死んでいるでしょう。死体は迷惑の掛からない場所にあると思うのでお気遣いなく。という感じの内容を記した手紙を、執務机の引き出しに。
いやまぁ、地下への扉は開いているのですぐに見つけてくれるとは思うけど、何かの事故で扉が閉まってしまう可能性もあるからね。こういう手紙は残しておいて損はないのだ。生きているなら悪戯で済むだろうし。
それに、中途半端に行方不明になるとセバスチャンたちがいつまでも探してしまうかもしれないもの。
「というわけで! リーナ探検隊、出発!」
おー、っと。一人で拳を天に突き出しながら地下への階段を降り始める私だった。
◇
地下室への階段は十数段で終わった。ちょっと残念。
まぁ『屋敷の地下に秘密基地が!』とか『大迷宮が!』なぁんて展開は物語の中だけだということなのでしょう。
「地下にあるのはーっと」
灯火に注ぐ魔力を増やし、地下室全体を照らせるほどの光量にする。
広々とした空間の真ん中。床に書いてあるのは……魔法陣かな? 周縁部になにやら字が書いてあるけど、日本語でも、こっちの言葉でもないので意味は分からない。
そんな魔法陣の真ん中にあるのは……卵?
私が一抱えもできそうな楕円形の卵。
なんだかヤバそうな雰囲気が。
――でも、卵焼きにすれば、しばらくお腹いっぱい食べられるのでは?
ぐぅうぅ、っと。昨日の夜からまともに食べていないお腹が鳴る。
卵。
なんかヤバそう。
魔石のコンロがあるから、火は何とかなる。
卵。
なんかヤバそう。
でも、長期間放置されていたのならもう卵が孵ることはないだろうし、食べても問題はないのでは?
いやいや、落ち着け私。長期間放置された卵なんて食べられるはずがない。しかもあんな大きさの卵は異常すぎる。前世のダチョウの卵より一回りも二回りも大きいじゃないか。ここは危険には近づかず――
ぐぅうぅうっと。再びお腹が鳴る。
おなかすいた。
普段から禄に食べさせてもらっていないこの身体では、いざというときの脂肪もない。
もはや私に残されているのは餓死するか卵にあたって死ぬかの二択なのだ。
「ちょ、ちょっとだけ、ちょっと試してみるだけ……火を通せばいけるでしょ……」
ぐぅうぅうっとお腹を鳴らしながら、デカい包丁を片手に卵へと近づく私。
刃の部分を叩きつけるわけにはいかないので、包丁を返し、峰打ち(?)の体勢を取る。
そして、
「――ふんがーっ!」
7歳の筋力をフル動員し、包丁を振り上げる私! そのまま一気呵成に振り下ろす私!
がきぃいん、と。包丁は卵の殻に弾かれ、宙を舞った。
7歳の筋力、敗北の瞬間であった。
「あいたっ」
卵の反発力(?)に負けた私は尻餅をついてしまう。
そう、お尻と、両手をついてしまった。――床に描かれた魔法陣の上に。
「わっ!? なに!?」
急に魔法陣が光を発し、飛び上がりそうなほど驚く私。でも、実際に飛び上がることはできなかった。――床についた手のひらが、離れないのだ。
「あ、これ――」
魔法陣に触れた手のひらから、何かが吸い取られるような感覚が。これはまるで、魔石に魔力が吸い取られたときと同じじゃないか。
いやでもちょっと待って? なんか凄い勢いで魔力が吸い取られていくんだけど? ちょ、今の私はお腹が空いていて、普段より気力体力に余裕がないというか……。
「あっ」
立ちくらみのように頭がグラグラした私は、そのまま意識を失ったのだった。