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閑話 公爵

 ――王都。

 ルクトベルク公爵家邸宅。

 つまりは、リーナの母親の実家にて。


「……あの男は何を考えておるのだ?」


 今代のルクトベルク公にして、王国の宰相を務めるガーランド・ルクトベルク――リーナの祖父である男は忌々しげに呟いた。


 白いものが混じり始めた髪は丁寧に後ろへとなでつけられ、顔に刻み込まれた深い皺は、これまでの人生における苦労がいかに多かったかを物語っているようだ。


 何より特徴的なのは、その眼光。

 人を一人か二人くらい(くび)り殺したことがある。そう自白されてもすんなり信じられるような鋭さであった。


 普段から威圧感に溢れる容貌は、不機嫌さによってさらに凄みを増している。


 だが、そんなガーランドを前にしても、公爵家の家令(執事長)・レイスは落ち着き払っていた。飄々としているとすら言えるかもしれない。


 まだ若いように見える。ともすれば青年と呼べるような外見だ。

 しかし、ただの若造が、ガーランドの威圧感を前にしてうっすらと笑みすら浮かべることなどできないだろう。その細められた目の奥で、一体何を考えていることやら。


「旦那様。いかがなされました?」


「決まっている。リーナのことだ」


「……左様で」


 ガーランドの三女、マリアナが生んだ娘。

 とはいえ勘当して追い出した娘なので、その後彼女がランテス伯爵と結ばれたこともガーランドは人づてに聞いただけだ。


 いやリーナを授かったことはマリアナから手紙で伝えられ、いくつかの祝いの品を贈ったが――それだけだ。


 ……無論、リーナが伯爵家の別邸に軟禁されたことや、今まさに地下ダンジョンへ潜ろうとしていることなどガーランドは知るよしもない。


 いや、公爵家の情報網を使えば容易に実情を知ることができたのだが……勘当した娘のために公爵家の力を使うのは(はばか)られたし、なにより『公爵』としての彼のプライドが許さなかったのだ。


 しかし、気になるものは気になる。


「リーナは先日7歳になったのだろう? なのに伯爵から『スキル』の報告がないのはどういうことだ?」


 貴族の子供は7歳になったら神殿でスキルの鑑定を行い、保有スキルを伸ばしやすい教育を施されるのが常識だ。


 さらにいえば強力だったり貴重なスキルを保有していれば家格を超えた結婚も可能なので、貴族は率先してスキルの鑑定をさせるという事情もあった。


 ……もちろん、使いどころのないスキルだった場合は逆に不利となってしまうこともあるのだが。


 どちらにせよ、子供のスキルの報告くらいはするのが常識だというのに。


 憮然とした顔をするガーランド。

 そんな主の様子を見て、レイスは少し呆れてしまう。誕生日を覚えているほど孫娘を大切に思っているのなら、正式に伯爵へと問い合わせればいいのにと。


 だが、好都合(・・・)だとも思う。


「……家出同然に嫁いだお嬢様を勘当したのは旦那様ですし。そのお嬢様も若くして亡くなられてしまいました。伯爵としても連絡を取りにくいのでは?」


「むぅ……」


 面白くなさそうな声を上げるガーランド。


 リーナを産んだあと、マリアナは亡くなった。その死に不審な点はないはずだ。

 その後、伯爵がすぐに後妻を迎え入れたことも仕方がなかった。このまま男児が生まれなければ伯爵家が断絶する可能性もあるからだ。


 自分個人の感情よりも、家の存続を。

 いざというときのために、正妻とは別に愛人を作り、スペアとして子供を生ませておく。それが『貴族』として生まれた者としての、当然の思考だ。ガーランドだってそうするし、伯爵もそうしただけのこと。


 ……もちろん、理屈では分かっていても、ガーランドにとって『孫娘(リーナ)と同い年の、愛人に産ませた娘がいた』ことは不愉快極まりないのでさらに伯爵家の情報を遠ざける原因となってしまったのだが。


 ここでガーランドの失敗があるとすれば『大恋愛の末に結ばれた(マリアナ)との子で、ルクトベルク公爵家の血を引くリーナを悪く扱うはずがない』と考えてしまったことであろう。権力があるからこそ、その権力を過信したのだ。


(ふむ……)


 ガーランドは悩むように自らの顎髭を撫でた。


(リーナに有望なスキルがなく、伯爵としても報告しにくかったという可能性もあるか。もしそうだとしたら『ルクトベルク公爵家』が後ろ盾になり嫁ぎ先を見つけなければならないが……)


 女の幸せとは良いところへ嫁ぐこと。

 リーナの前世で言えば古すぎる価値観だが、この世界においては普通の、至極真っ当な思考であった。


 勘当した娘が産んだ子まで面倒を見ようというのだから、むしろ甘すぎると言っていいくらいだ。


 そんな主の様子を、レイスは注意深く観察して――確信した。


(旦那様はリーナ様のことを大切に思っておられる)


 ならば本題(・・)に入っても大丈夫だな、とレイスは判断した。


「……それについて、一つご報告が。本来ならお耳に挟むようなことでもないかもしれませんが」


「なんだ?」


「伯爵家の家令が、秘密裏に我が公爵家に接触しようとしているらしく。最近なにやら動いているようです」


「ほぅ? 調査によると、あの家令は比較的まともだったそうだな?」


「はっ、彼がいなければ伯爵家は立ち行かなくなるでしょう」


「お前が同業者を褒めるとは、相当だな」


「正当な評価を下したまでです」


「よくぞ言ったものだ」


 レイスの物言いに呆れつつ、ガーランドは違和感を止めることができなかった。


 たしかにルクトベルク公爵家とランテス伯爵家では家格が違いすぎるし、娘の勘当の原因ともなったので良好な関係とは言いがたい。


 だが、それでも家令(使用人)が動くよりは当主同士でやり取りした方が物事は進みやすいだろう。そもそも使用人としての『格』が違いすぎて相手にすらされないはずだ。多くが平民である伯爵家の使用人とは違い、公爵家の使用人ともなれば身分明らかな男爵や子爵家の子息子女を雇うものなのだから。


 だというのに使用人が動くのは、それほど伯爵がガーランドに苦手意識を抱いているのか、あるいは……。


「……伯爵には知られないよう、使用人が秘密裏に訴え出たいことがあるのか?」


「おそらくは」


 伯爵家と公爵家の関わりなど、マリアナが亡くなった今となってはリーナしかない。

 そして、使用人までもが動くとなれば……。


「伯爵家において、リーナの扱いが悪い可能性も?」


「それにつきましては、別件の報告がありまして」


「別件?」


「少し前から、伯爵家の副メイド長から『お嬢様の扱いが悪い』との相談を受けておりまして」


「伯爵家の使用人が、公爵家の家令であるお前に、か?」


 先ほどガーランドが考えた『格』を無視した交流と言えるだろう。


「個人的。あくまで個人的な付き合いでございます」


「個人的に伯爵家の情報を集めていたと? ……まぁ、それはいい。つまりリーナの扱いが悪いことは以前から知っていたと?」


「はい」


「うーむ……」


 叱るに叱れないガーランドだ。

 貴族として、責任ある地位にある者として。子供を厳しく躾けなければならないときもある。それを平民であるメイドが見たら『虐待している!』と感じられることもあるだろうからだ。


 おそらくレイスもその可能性を考慮して、経過観察としたのだろう。


 しかし、メイドだけではなく、家令までもが公爵家に接触しようとしているとなれば、リーナに対する扱いが一線を越えている可能性は高くなる。


「うむ……」


 後妻の娘を可愛がり、前妻の娘を冷遇する。よく聞く話だ。


 娘の選んだ男がそこまで愚かではないと信じたいガーランドであるし、ルクトベルク公爵家の血を引くリーナをぞんざいに扱うはずもないのだが……実際、リーナのスキルについて報告がないのは気になるところ。


「……嫌な予感がする。すぐに調べさせろ。可能であれば伯爵家の家令との接触も許可する」


「承知いたしました」




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