探索
「……あーさー」
カーテンもないので朝日と共に目覚めた私だった。
全裸のまま寝たので昨日脱ぎ捨てた服を着る。……まだ湿っていたけど、まぁ全裸でいるよりはマシなはずだ。そのうち乾くでしょう。
「さて」
誰かが様子を見に来るにしても朝食の時間だろうし、その前に屋敷の中を確認した方がいいかもしれない。
「最悪、自分で何か狩って料理しなきゃいけないだろうから、まずは厨房を確認しようかな」
屋敷から少し離れた場所には王都に唯一残された森林があり、魔物が出るという噂があると副メイド長のフィナさんが教えてくれた。
まぁさすがに王都で魔物が出るなら討伐されているはずだし、噂は噂だと思う。でも野生動物くらいはいるだろうから、いざとなればハンティングだ。前世の知識をフル活用すればいける、はず。
でもこんな幼い身体だからなるべく危険は犯したくない。屋敷に保存食が残されていれば……さすがに無理か。いくら何でも食べる勇気はない。それに傷んだ物を食べてお腹を下し、脱水症状になったらすぐに死んでしまうだろうし。
そんなことを考えながら一階を彷徨っていると、厨房を発見した。
やはり何とも不思議な間取りだ。普通主人の部屋と厨房なんて別の階にするでしょうに。
「厨房が一階にあるのは普通だから……主人の部屋を一階に作らなきゃいけない理由があったとか?」
もしかして高所恐怖症だったり? あるいは足が不自由だった人がいたとか? なぁんて考えながら厨房を捜索。……ふんふん。使用人のための食事も作っていたのか冷蔵庫はかなり大きい。そして電気はなさそうなので、かつてフィナさんが教えてくれたように『魔石』を使っているのだと思う。
魔石。
その名の通り魔物の『核』となっている石で、貯め込んだ魔力を使って様々な魔法現象を起こすらしい。たとえば氷の魔石なら調整することによって冷蔵庫にも冷凍庫にもなるし、火の魔石ならばコンロになるといった具合に。
「ほんと、ファンタジーな世界だねー。魔石は確か、魔力を充填して使うのだから……」
冷蔵庫の内部にそれっぽい石があったので、試しに触れてみる。身長が足りないので背伸びしなきゃいけなかったけど。
「――ん」
石に触れた指先から、何かが吸い取られるような感覚が。
危険な感じはしないのでそのまま石に触れていると、一分くらいで吸い取られる感覚はなくなり、石から冷気が流れてくるようになった。
「へー、これは便利かも」
試しにコンロの魔石にも触れてみると、こっちも火が付くようになった。いいなぁこれ。家から出るときは魔石だけでも持って行こう。そうすれば保存と火の心配はいらなくなるし。
「調理器具は――ある。包丁も――ある。お、このデカい包丁は武器としても使えそう」
肉切りにでも使っていたのか中々に分厚く、物々しい外見だ。私の腕の長さほどもあるから振り回すだけで不審者も逃げていきそう。
放置されているってことは、本邸に移るときに調理器具類を新調したのかもね。
「そしてこれは……水道かな?」
シンクのすぐ上に蛇口っぽいものがあり、これにも魔石が取り付けられていた。
魔石に魔力を充填し終わり、蛇口を捻ると……なんと、冷たい水が出てきた。
魔石から直接水が出ているのか、あるいは井戸から魔石の力で水をくみ上げているのか……。理屈は分からないけど、飲み水の確保もできそうだね。
とりあえず水を一杯飲んで水分補給をしてから、厨房を出て屋敷の探索続行。豪華な内装のお風呂には蛇口があり、これまた魔石が埋め込まれていた。
「おー!」
魔石に魔力を貯めてみると、なんとお湯が出てきた。しかも入浴にちょうど良さそうな温度。本邸にいたときはお風呂なんて入れなかったし、身体を拭くにも水しか使えなかったので超感動。
(うるさい義母はいないし、温かいお風呂に入れるし……もしや、ここって天国なのでは?)
今すぐ湯船に飛び込みたかったけど、バスタオルがなかったので入浴は泣く泣く後回しに。
なんだかドキドキワクワクしてきた。父親たちのせいでずいぶん『枯れた』性格になったと思っていたのに、まだこんな子供らしい心が残っていたんだね。あるいは前世の記憶を思い出した影響かな?
「よし、次は二階!」
お風呂パワーによってウキウキとなった私は喜び勇んで階段を上り始めた。
の、だけれども……。
「はぁ、はぁ、はぁ……キッツぅい……」
階段を上っただけでもう息切れしてしまう私だった。7歳の幼女、にしても体力がなさ過ぎじゃない?
(あー、そうか。私ってずっと軟禁状態で部屋にいたから、そもそもの運動量が足りていないのか)
子供時代の運動は大切だと聞いたことがあるし、なにより家を出て働くなら体力は必須。これはもう体を鍛えるしかないと決意する私だった。……明日から。
今にも膝を突きそうなほど弱りながら二階に到着。手近な部屋のドアを開けてみると――子供部屋のようだった。
「おー、いかにもな子供部屋。私の部屋はとにかく殺風景だからなー」
ちょっとした探検気分になりながらクローゼットを開ける。
「ふふん、お洋服と靴発見」
いやこの国だと『洋服』じゃないのだけど。まぁ洋服の方が分かり易いからいいとして。
私では着たこともないような可愛くてフリフリした子供用ドレスたち。
今の私にぴったりなサイズがあったので、湿ったままだった服からお着替えする。部屋にあった鏡で確認してみると――うん、我ながら似合っているのでは? これはセバスチャンやサラさんを魅了してしまいそうだね。
と、鏡の前でそんなことを考えていたら、
≪――スキル・魅了を獲得しました≫
「うん?」
なんか、今、聞こえたような?
振り向いて室内を確認してみるけど、もちろん誰もいない。やだなぁ、もしかして幽霊とか? ボロいお屋敷だからほんとに出そうで怖いんですけど……。
しばらく警戒してみたけど、何もない。……よし! 気のせい! 気のせいでした! 気のせいということにする!
怖い経験を忘れるためにもクローゼットを漁る。しかしこの洋服たち、いい素材を使っているなぁ。シルクってやつ? さすがに前世でもシルク製の服は着たことなかったはず。
私が家から出るときに服も何点か持って行って――さすがに無理か。洋服はかさばりすぎるものね。
「異世界のテンプレとしては空間収納みたいな感じのものがあるのだけど……」
この世界にあるのかは知らないし、誰かが使っているところを見たこともない。
ただ、ああいうのはスキルだったり高度な魔法だったりするので、そういうのに縁遠いメイドさんたちが使えないだけかもしれないけど。あとで何とか調べられないかなぁ。
着替えた服と、発見したバスタオルを持って探索続行。
一通り屋敷を探索した結果、成果と呼べるものは魔石と包丁、お風呂、そして子供服くらいだった。あとはバスタオルと、露呈した体力のなさ。
宝石でも残っていれば換金できたのだろうけど、めぼしいものはなし。まぁ貴金属は持って行くよね普通。
最後に、私が寝泊まりする部屋を調べてみることにする。
昨夜はドタバタしていたのであまり注目していなかったけど、内装としては、部屋の右側に大きなベッド。左側に本棚と執務机って感じだった。
本棚には……まだ本が残されていた。こういうのって引っ越しのとき持って行くんじゃないだろうか? 特に自室に置いておくなら貴重だったり思い入れのある本なのだろうし。
違和感を覚えた私は椅子の上に乗り、本棚の扉を開け、中の本を一冊取ってみようとする。
「ん?」
さらなる違和感。
「これ、本じゃなくて、本みたいに作ったオブジェだ」
木製だろうか? 背表紙だけだと一冊ずつ独立しているように見えるのに、上から確認するとほとんどの本が繋がっていた。
「おっ」
一冊だけ動かせそうな本があったので、引き抜いてみる。――すると、本は途中で止まり、突如として本棚が震動し始めた。
「じ、地震!?」
慌てて椅子から飛び降り、机の下に潜る私。これは前世の経験が生きた形だ。
「……あれ? 揺れてない? 直下型の地震だったのかな?」
机の下から這い出ると、室内には意外な光景が広がっていた。
「……地下?」
先ほど本を引き抜こうとした本棚が横にずれ、その裏にあった地下への階段が露わになっていたのだ。
「隠し部屋? まさか、わざわざ一階に部屋を準備したのって、地下室を作りたかったから?」
ドキドキする。
興味はある。
すごくある。
でも、何の準備もなく地下に降りる勇気はないし、そろそろ誰かが朝食を持ってくるかもしれない。日が高いうちはその他にも誰かやって来るかもしれないし……。
「……とりあえず、日中は準備をして、探索は夜かな?」
先ほど引き抜こうとした本は斜めになった状態で止まっていたので、押し戻してみる。すると今度は本棚が元の位置に戻り、地下への階段を隠してしまった。
「う~ん、なんだかテンション上がって来ちゃったな。今すぐ探検したいけど、我慢我慢」
自分でも子供っぽいというか、少年っぽいなと呆れてしまう。
とりあえず、地下のことは一旦頭の片隅に追いやり、朝食を待つことにした私だった。