夢
――懐かしい夢を見た。
『お姉ちゃん! はやく! はやく!』
あぁ、これは前世の記憶だ。
全部思い出したものだとばかり思っていたけれど。どうやらそうでもなかったみたい。
前世の妹はとにかく可愛くて。
とても素直で。よく笑う子で。
私が、守ってあげなきゃと思ったんだ。
だって、私は、お姉ちゃんなのだから。
――お姉ちゃんは、妹を、守らなければいけないのだ。
なのに。
私は無力で。
何もすることができなくて。
――夢を見ていた。
朱色に染まる空。
紅色に染まる大地。
積み重なった瓦礫の山。
せわしなく。懸命に。無数の迷彩服が揺れ動いている。
そんな、夢。
もう何年も前のことなのに。
もう、別の世界に生まれ変わったというのに。
どうやら、あの光景は、魂にまで刻まれてしまっているみたい。
昨日、久しぶりに妹と会って思い出してしまったのかな?
◇
『――みゃ?』
夜。
目が覚めるとミャーが私の顔を覗き込んでいた。もしかして、うなされていたとか?
『みゃ』
こくりと頷くミャーだった。まぁあれは悪夢の類いかもしれないね。いや可愛い妹を思い出せたのだから吉夢かな? いやだってほんとに可愛いんだよ私の妹って。ミャーにも見せてあげたいくらい。
『……みゃー……』
なぜか呆れ顔のミャーだった。どことなく視線も冷たい気がする。
ま、いつまでも夢の話をしていてもしょうがない。
「よ~し! 今日からは中級の攻撃魔法を練習しようかな!」
『みゃっ!』
えいえいおー! っと右手と前足を振り上げる私たちだった。
いつものように結界を展開し、今までの経験から一番得意だと判明している雷魔法で試すことにする。
右手を四角い結界に向け、深呼吸をしてから、呪文詠唱開始。
「――神威よ、我が手に宿れ」
身体の奥底から、右手の先へ。魔力が一気に流れ込んだ感覚がある。
でも、平気だ。
私の魔力総量はかなりのものになっているし、一分経てば自動魔力回復で補える程度の消費なのだから。
中級攻撃魔法の前段階とばかりに、光が走った。私の右手の先――ではなく、四角い結界の中へ。
結界の中で雷がはじけ、送り込んだ魔力が限界まで圧縮されたところで、呪文の最後の1節を唱える。
「――雷よ、我が敵を討ち果たせ!」
閃光が走る。
四角い結界で覆われてなければ、私の目は潰れていたかもしれない。そう思えるほどの強力な光。
その光は止まることなく、弱まることなく膨張していって――
あれ? これ、マズくない?
反射的に床に伏せたのとほぼ同時、四角い結界にヒビが入り、中級攻撃魔法が四方八方に弾け飛んだ。――破壊された結界の破片を、散弾銃のようにばらまきながら。
「みぎゃーーー!?」
『みゃーーーー!?』
痛い痛い!? なんか刺さった! DVで痛みに慣れてなかったら泣いてるレベルで刺さってる!
「……いったぁい……」
散弾銃(?)が収まり、自分の身体を確認。……あーあ、太ももの裏に深々と結界の破片が刺さっている。
その破片も自然に消滅し、だくだくと勢いよく血が流れ出してきた。たぶん太い血管が傷ついているのだ。
「ま、放っておけば自動回復で治るだろうからどうでもいいとして。ミャーは……わぁ!?」
私の足元で、感電したかのようにミャーが痙攣している。
よく見ると私と四角い結界があった場所の間に倒れているので……もしかしたら私を庇って雷撃を受けたのかもしれない。
――あのときを思い出す。
朱色に染まる空。
紅色に染まる大地。
積み重なった瓦礫の山。
私が、助けられなかった妹を。
――でも、大丈夫。
今の私には、誰かを救える『力』があるのだから。
「光よ、我が友を癒やせ!」
慌ててミャーに回復魔法を掛ける私。
十秒もしないうちにミャーは意識を取り戻し、元気になった。それはいいのだけど……。
『――みゃあっ!』
激怒した様子のミャーが、私の傷口を前足で指し示しながら尻尾をびたんびたんと床に叩きつけていた。
「え~っと、ミャーより先に自分を回復しておけって?」
『みゃっ!』
「でも、私は自動回復でそのうち回復するし、まずはミャーを治さないといけなかったじゃない?」
『みゃっ!』
たぶん、『いいんだよこっちにもスキル共有で自動回復を獲得したのだから!』と言っている。ような気がする。
「でも、私の失敗でミャーが傷ついたんだから、ミャーを優先しなきゃ――」
『みゃっ!』
反論は途中で途切れさせられ、そのままお説教をされてしまう私だった。
空気を読まずに頭の中に声が響き渡る。
≪――特定条件・『気高き心で他者を助ける』、『自分を後回しにして他者を助ける』、『自分を後回しにして人間以外の種族を助ける』、『悪しき存在に慈悲を与える』、『悪しき存在と心を通わせる』を達成しました。聖魔法は神聖魔法に進化します≫
≪神聖魔法を獲得しました。称号・聖女を獲得しました≫
「え? ちょっとミャー何か凄いことに――」
『みゃっ!』
「あ、はい。お説教の途中ですよね、すみません……」