副メイド長
ご飯も済んだし、このまま部屋に戻るかーっと考えていると。
『みゃっ!』
何かを見つけたのかミャーが走って行ったので、私も追いかける。
「……おっ」
新発見。
飛翔を発動させてから走り始めると、跳ねるような感じで移動できるのだ。たぶん前世での全力疾走より早いはず。
「これはいいや。移動が楽になるし、飛翔のレベリングにもなるものね」
動くときはこれを使おうと心に決める私だった。
そうしてミャーに引き離されない程度のスピードで追いかけて――
『みゃっ!』
ミャーが急に止まった。
「えっ、ちょっと!?」
飛翔は急に止まれない。
何とか踏ん張ってみた私だけど、立ち止まることはできず。むしろバランスを崩して盛大にずっこけてしまうのだった。そのままの勢いでズサーっと廊下を滑る私。おおぅ、おおぅ、おおぅ……。
『みゃー……』
何やっているんだというミャーからの視線が痛い。歩くときは普通に足を使おう。固く決心する私だった。
ちなみに自動回復があるので転んだ際のかすり傷などはすぐに治った。
「そ、それはともかく。何か見つけたの?」
『みゃっ!』
私が寝泊まりしている部屋に入っていくミャー。
私も後に続くと、ミャーが窓を指差した。
「ひ!?」
なんか、窓の下から、手が伸びていた。
え? 幽霊? 突然のホラー? 魔法がある世界なら幽霊もいるだろうけど……と、ガクブルしていると、
コンコン、っと。
下から伸びた手が窓ガラスをノックした。
いくらなんでも幽霊がノックしたりはしないだろう。
私が恐る恐る窓に近づいて、庭を見下ろすと――見慣れた顔が。
「お嬢様~、開けてくださいっす~」
ショートカットの茶色い髪。垂れ下がった目。どことなく猫っぽい印象を与えてくる、このお姉さんは――副メイド長のフィナさんだ。
立場上なかなか私に構えないセバスやサラさんに代わって、よく私の面倒を見てくれていた人。
他のメイドたちが私となるべく関わらないようにしている中、フィナさんは私に色々なことを教えてくれた。私のお母さんのこととか、お母さんの実家のこととか。他にも勉強やこの世界の常識なども……。
そんな人なので、私もお姉ちゃんのように慕っていたりする。
とにかく、フィナさんなら安心だ。私は迷うことなく鍵を開け、窓を開いた。
「いや~、よかった。まだ起きていたっすね~」
メイドらしくない軽~い口調で喋りながら、フィナさんが『ひょい』っと窓縁に飛び乗り、そのまま部屋に入ってきた。
前々から身軽だな~っと思っていたけど、今なら分かる。たぶん魔法の教本にあった身体強化という魔法を使っているのだ。
フィナさんはまだ10代後半か20代前半くらいにしか見えないけど、魔法が使えるなら若いながらも出世しているのも納得できる。と思う。
ちなみにこの世界は土足で部屋に入るのが常識なので、フィナさんも靴を履いたままだ。
「――げっ」
顔をしかめ、身構えるフィナさん。彼女の視線の先にいるのは――ミャー?
「お嬢様。そいつ、魔物っすよね? 危険はないんですか?」
どうやらミャーが魔物だと見抜いて警戒しているみたい。まぁ当のミャーは私の背中によじ登っているので「危険だなー敵意があるなー」って感じはゼロなんだけど。
「あぁ、大丈夫ですよ。この子はミャー。私の娘――いや、友達? みたいな?」
天の声(?)によると私が育ての親をやっているみたいだけど、なぁんかそんな感じじゃないよね。
「友達っすか……。まぁ、危ない感じはしないっすね」
まだ警戒しつつも、ミャーの存在を受け入れたっぽいフィナさんだった。
「おっと、そうだ。お嬢様。食事を持ってきましたよ。あまり上等なものを持ってくるとバレる可能性があるので質素なものですが」
「わーい」
さっき鶏肉やら魔石やらを食べたばかりだけど、素直に喜んでおく私だった。だってさすがにパンは手に入らないし。
私がバスケットを受け取ると、フィナさんが一度頷いた。
「じゃあ、お嬢様。あれだけだと足りないでしょう? 当面はあたしが追加で食料を持ってこようと思っているんですけど」
「食料、ですか……う~ん……」
ミャーがいるのでご飯には困らないと思う。ここで警戒するべきなのは父と母に食料の受け渡しがバレてしまうこと。
夜中だからたぶん平気だけど、もし見つかったら言い訳のしようがないよね。いくらフィナさんが副メイド長とはいえ、折檻されたりクビになってしまう可能性はある。
というか、あの父親は性格が悪いので誰かに見張らせているかもしれない。
「……お嬢様。なにか不都合があるっすか?」
「えぇ、そうですね……」
ミャーの狩りのことは黙っておくとして。今思いついた懸念を正直に伝える私。すると、フィナさんが乱暴に私の頭を撫でてきた。
「お嬢様はまだ子供なんですから、そんなことは気にしなくていいんすよ?」
「でも、気になります」
「……まぁ、お嬢様は聡明っすからね。そういうことにも気づいちゃいますかー。しかし、こっちとしてもお嬢様を飢えさせるわけにはいかないですし……」
フィナさんが腕を組んで悩んでいると――フィナさんは『味方』だと判断したのか、ミャーが私の背中から肩の上へと移動した。いやちょっと重いんですけど?
『みゃ!』
任せろ、とばかりに胸を張ったミャーが――飛んだ。背中の翼を羽ばたかせて。
「おっ! トカゲさん、飛べるんすか!?」
『みゃ!』
「なるほど、あたしが別邸に来ると目立ちますが、トカゲさんならそこまで目立たないっすよね! たとえバレても料理長がペットに餌をやっているだけだと誤魔化せますか!」
『みゃみゃ!』
分かってるじゃねぇか、とばかりに頷くミャーだった。なんか言葉が通じないまま意思疎通できているけど……まぁ、話が纏まるならいいか。
というわけで。
毎晩ミャーがご飯を受け取りに本邸の調理場まで足を運ぶということで話は纏まった。
◇
「お嬢様、これからどうするつもりっすか?」
「どうするって?」
「ほら、いつまでも別邸にいるわけにもいかないじゃないですか。というかあのクズ共――じゃなかった、旦那様と奥様もそのうちヤバい婚姻話を持ってきますよ? 金でお嬢様を買うような男とか、ロリコンとか」
「う~ん……」
貴族とは家の決めた人と結婚しなきゃいけない。それが前世における定番だし、フィナさんもそんな話をしてくれたことがあった。
「そりゃあ私も変な人とは結婚したくないですけど……でも、しょうがないのでは?」
いや、しょうがなくはない。ある程度の魔法を習得したら別邸を抜け出して冒険者になるつもりだし。
でも、まだ準備もできていないのだから空想でしかない。とりあえず、話すにしてもある程度の道筋を立ててからじゃないと。
「……は~、まったく。お嬢様は7歳なのに聞き分けが良すぎっすね」
盛大にため息をついてから、フィナさんが私の肩を掴んだ。
「じゃ、逃げますか」
「……逃げる?」
「えぇ。あたしって実は冒険者登録していまして。お嬢様一人くらいなら問題なく養えるっすよ。まぁ貴族身分は捨てることになるっすけど、現状ならむしろ邪魔になるだけでしょ?」
「……でも、それだとフィナさんの未来が……。せっかく副メイド長という地位にいるのに……」
「お嬢様は考えすぎっすねぇ。それに、あんな主の元で出世しても何の意味もないっすよ。下手すりゃこっちにまで婚約話を持ってくるかもしれないですし」
「…………」
正直、魅力的だとは思う。フィナさんは信頼できる大人だし、フィナさんの元で冒険者としての経験を積んでいけば、いずれ養われるだけじゃなく協力して生活費を稼ぐこともできるようになるはずだ。自己流で魔法を習うよりも確実に強くなれるかもしれない。
……いや、でも駄目だ。
「今いなくなったら、私を別邸につれてきたセバスやサラさんが逃がしたんじゃないかって疑われちゃいます。そんなのは駄目です。あの二人は私に優しくしてくれたのに、私のせいで不幸になるだなんて――」
私の発言は最後まで続けられなかった。フィナさんが、力強く抱きしめてきたからだ。
左手で私の背中を叩きながら、右手で私の頭を撫でるフィナさん。
「お嬢様はちょっと聡明すぎるっすねぇ。7歳ならもうちょっと気軽に生きてもいいと思いますが」
「気軽に、と言われても……」
「難しく考える必要はないっす。やりたいことを口にして、お願いすればいいんです。成長してからワガママし放題では怒られますが、7歳なら多少の無茶を言っても許されるッすよ?」
「……じゃあ、一緒に逃げるのは駄目ですね。セバスさんとサラさんに迷惑が掛かっちゃいます」
「……はぁ~、この、頑固者は……」
呆れたような口調のフィナさんだけど、その声色はちょっとだけ嬉しそうだった。