7 東の塔での生活
「ハリス様。お話とはなんでしょうか?」
「あなたは本当にスフィル様の生まれ変わりなのですか?」
「私はスフィルの記憶があります。だから私はきっとスフィルの生まれ変わりなのでしょう」
はっきり聞かれてしまうと、ルイカにも判断ができなかった。ただ、スフィルの記憶、気持ちはすべてルイカが持っている。
母を殺してしまったときの苦しみなどは心が血を流しているように痛む。けれども、ルイカは同時にスフィルと自分が別人だという感覚もあった。
なので気持ちが引きずられることはない。
「随分落ち着いていますね。なんだかルイカとは違うみたいです」
「スフィルの記憶をすべて思い出しました。当時、彼が失っていた記憶すらも」
「それは離宮のことですか?」
「はい。隠してくださってありがとうございます。もし覚えていたら狂っていたかもしれません」
「今のあなたは大丈夫なのですか?」
「私はスフィルではありませんから。でも間違いは犯してしまいました。だから、私は彼と同じように一生東の塔で過ごすつもりです。これは私の罪なので、ハリス様は構わないでください」
「構いますよ。スフィルにできなかったことをさせてください」
「必要ありません。スフィルはあなたに出会えて優しくされて満足してました。私も、ハリス様に優しくしていただいて、嬉しかったです。それだけで十分です。カリティット様がもし気にしているようでしたら、同じように伝えてください」
「私もカリティットと同じ扱いなのですか」
「はい?」
ポロっと漏らされた言葉に、ルイカは意味がわからず聞き返す。
「なんでもありません。ルイカ。ここで生活するなら必要なものがあるでしょう。私が後程色々持ってきます」
「必要ないですから!」
「あなたが必要なくても、私が揃えたいので持ってきます」
ハリスは少し強引にそういうとまた来ますと出ていってしまった。
残されたのはルイカ一人。
しかし、扉は空いたまま。
「不用心すぎますよ!」
ルイカは思わずそう叫んでしまった。
☆
「話はできた?ハリス」
「陛下には関係ございませんん」
「冷たいね。まあ、ルイカ。はっきり言ってくれてよかった。スフィルにもはっきり答えてほしかったな」
ハリスはサズリエに答えず、ただ聞き流す。以前は彼からスフィルの名を聞くだけで苛立っていたが、今日はなんだか落ち着いて聞くことができていた。
「陛下!」
「カリティット様、困ります!」
扉の外で言い合う声がして、ハリスは頭痛を覚える。サズリエは愉快な楽しみができたとばかり笑みを浮かべた。
「カリティット。入ってもいいよ」
「ほら、入っていいって。邪魔するな」
その態度はいかがなものかと思いつつ、ハリスは沈黙を保つ。
扉を叩く音がしてから、入りますという声と共に扉が開いた。
「陛下!」
扉を閉めた後、カリティットはずかずかと部屋に入ってきて、サズリエに詰め寄る。
王にこのような無礼な態度を取るのはカリティットくらいなものだった。ハリスは部屋に自分達以外に誰もいないことに感謝しつつ、二人のやり取りを眺める。
「カリティット。早かったね。情報を止めたつもりが君のところまでいってしまったんだね」
「安心しろ。俺が無理矢理聞き出しただけだ」
(そう言えば、騎士の怪我の治療にカリティットは関わっていた)
そんなことを思いながら、ハリスは会話の続きに聞き入る。
「怪我人に無茶なことをしたのではない?」
「そんなことするか。俺は医務官だぞ。頭にきても治療はには手を抜かない。まあ、多少はいたかったようだがな」
カリティットもルイカを何かと気にかけていた。そのルイカを害しようとした騎士の仲間には痛い目をみてもらっても仕方ない。
ハリスはそう同意しつつ、今回の事件には自身の下した決定も影響していることを思い出した。
けれども、ルイカを害そうとした騎士は、他にも女中への態度などで問題を起こしており、処罰は適正だった。彼としては退職させてもいいくらいだったのだが、減俸で済ませた。
感謝されるくらいの沙汰であったが、その騎士にとっては違ったらしい。
その仲間も同じように自分勝手なものに違いない。そう思えば、同情心などまったく芽生えなかった。
ハリスが自身の考えに没頭しているうちに、いつのまにか二人の会話は喧嘩腰、ただカリティットが怒っているだけだったが、よくない兆候だったので、ハリスが間に入った。
「カリティット、落ち着きなさい。スフィル、いえルイカは元気ですから」
「どうして、そこにスフィルの名前が出てくるんだ!」
「だってルイカはスフィルの生まれ変わりだから」
「はあ?」
何も唐突に言うことはないだろう、ハリスはそう思い頭を抱えた。
「ルイカがなあ」
ルイカとの会話、力が暴走した時の惨状をカリティットに説明したのはハリスだった。ルイカから頼まれていた伝言のようなものも伝える。
「ハリス。ルイカに会いにいくぞ」
「今からですか?」
「別にお前が会いたくないなら、俺一人でもいく。陛下、いいよな」
「もちろん。ハリスがそれでよければ」
サズリエはにやにや笑っており、ハリスは胸くそが悪かった。しかし、カリティットをルイカを二人っきりにするのが嫌で、一緒にいくことに同意する。
「あの部屋には足りないものが多すぎます。どうせなら、カリティット、あなたにも手を貸してもらいますよ」
そうして、王の補佐官と医務官は大荷物を抱え、東の塔にいくのだが、これによって噂話が広がることになった。
東の塔には王の大切な人が滞在していると。