4 不仲な二人
「ルイカ、まあ、座って」
「は、はい」
サズリエに勧められ、ルイカは恐る恐る向かいの椅子に座る。
(なんの用なんだろう。前世のことがばれている?それはないと思う。顔は全く違うし、私には力なんてないし。前世の話は誰にもしたことがない)
下働きである自身がこうして王であるサズリエに興味を持たれる理由がわからず、ルイカは視線を落として言葉を待つ。
「顔を上げて」
「はい」
そう言われて顔を上げて、サズリエを見る。
だが凝視するわけにもいかず、視線は彼の顎あたりに置く。
(十四年経っているんだよね。兄上はほとんど変わっていないみたいに見える)
前世の記憶を手繰りよせ、サズリエの顔を思い出してみたが、そこに変化はあまり見当たらない。ハリスのほうが身長が伸びたり、顔立ちが大人になっており、今では彼の方が年上に見えるくらいだった。
スフィルとして会っていた時は、ハリスのほうがサズリエより年下に見えていた。自分と同じくらいの年だと思っていたのだが、当時ハリスは十六歳。サズリエと同じ年だった。
「ルイカ。ハリスとはどうやって知り合ったの?」
「どうやってって。あの、」
(ぶつかられたことを正直に言ってもいいのかな?でも正直に言わないと罰則だよね)
「正直に答えて」
「はい。あの、二週間ほど前にハリス様と廊下でぶつかって、あの私、転んでしまったんです。その時に頭を打って気を失ってしまったらしくて」
「なるほど。ハリスは君を傷つけたことに罪悪感を感じているってことか」
「そうだと思います」
二週間、毎日といって過言でもないくらい、彼は姿を見せてお菓子をくれた。罪悪感の賜物だろう。
「そうか。うーん。でも彼はそういう性格だったかな。特に女性にそのような態度を取るとまずくなることを知っているはずなのに」
サズリエは納得いかないらしく、唸りながら何やら考えていた。
「そうか。君は何歳だ?」
「えっと、あの十四歳です」
「十四歳。スフィルと同じ歳だ」
サズリエから自分の前世の名前が出てきて。ルイカは緊張する。
「スフィル。君はスフィルのことを知っている?ああ、知っているよね。普通は」
サズリエは自分で聞いておきながら、自分で納得する。
それが少し寂し気に見えて、ルイカは胸がきゅっと痛くなった。
「ハリスはスフィルの友人だった。彼はいつもスフィルを気にかけていたよ。君はどことなくスフィルに似ている。だから気になるのかもしれない。私も君が気に入った。お茶をたまにしよう」
聞いていると最後にぎょっとすることを言われて、ルイカは声を上げそうになる。
前世の異母兄とお茶をする、それは心温まることかもしれない。しかし、今のルイカはただの下働き。身分が違い過ぎた。ハリスからお菓子をたまにもらう程度なら、飽きるまでそのままだと思えたが、王とお茶会は世界が違いすぎた。
今のルイカは、王族ではなく、平民で女中だ。
「陛下」
ぐるんぐるんと頭の中で考えをまとめようとしていると、待ちきれなかったようでハリスが食堂に現れた。
「ハリス。邪魔をしに来たな」
「邪魔などど。陛下。ルイカにおかしなことを言ったんじゃないですか?困った顔をしてます」
「そう?ただお茶に誘っただけだよ」
「お茶?なぜ?」
「気に入ったから。スフィルに雰囲気が似ているし」
「……あなたからその名前を聞きたくはありません」
ハリスは急に顔を強張らせ、底冷えする声でサズリエに抗議した。
(どうして?どういう意味?)
ルイカは意味がわからず、不躾と思いながらも、二人の顔を交互に見る。
「やはりまだ怒っているんだね」
「当たり前です。あなたはルイカに関わらないでください」
「ルイカはスフィルではないよ」
「そのようなことは知っています」
二人のやり取りは緊張をはらむもので、ルイカの心臓は早鐘を打ち続けた。
「ルイカ~まだあ?」
「ジミー!待ちなさい」
幼い子供の声と焦った院長の声が、緊張した雰囲気を打ち破る。
「ルイカ。行ってあげなさい」
ヨタヨタとドカドカと足音も聞こえていて、ハリスがそう言う。ルイカは二人に頭を下げるとその場から逃げ出した。
(私が知らない。ううん。覚えていない何かがあったってことなのかな)
ルイカは、ドキドキする胸を押さえながら歩く。
だけど前世のことはあまり思い出したくなくて、ルイカは頭を振った。
「ルイカあ!」
「ルイカ。大丈夫でしたか?」
ジミーがルイカの足元に抱きついて来て、院長が心配げに問う。
「大丈夫です。ありがとうございます」
ジミーを抱き抱えながら、ルイカは答える。
「ルイカ?」
ジミーがぎゅっと抱きついて来て、ルイカも抱き返す。暖かい体温に触れ、ルイカは徐々に落ち着きを取り戻した。
それからルイカは呼ばれることはなかったが、サズリエとハリスが孤児院を離れる際は、院長と子供たちと一緒に二人を見送った。
サズリエがルイカに笑顔を向け、それをハリスが睨んでいて、再び落ち着かない気持ちになってしまった。