3 王サズリエ
「えっと」
ハリスにお菓子をもらいながらも、ルイカの日々は穏やかなものだった。
洗濯担当はルイカの他、八人で担当している。休暇の日程を決めるのは女中長であり、代わって欲しいときなどは、代わりの者を見つけてから、女中長に報告する仕組みだ。
基本ルイカは休暇の際は、孤児院に行くことが多い。それ以外にすることがないので、休暇を代わってあげることが多い。働いた分は勿論横取りされることなく、ルイカのものになる。
給料の大半は孤児院に送っていた。
今日は代わって欲しいともいわれず、予定通り休暇を取る。行く場所はもちろん孤児院だ。
許可証を提示して、お城を出てから、街を歩く。お土産に買うのは贅沢品ではなく、文具が多い。
ルイカは分別がついているのでハリスからお菓子ももらっても、特別だからと理解できるが、孤児院の子供たちは小さい子もたくさんいる。なので、贅沢にならすわけにもいかず、少し甘いパンなど庶民が普通に食べれるものを買っていく。
孤児院に行く頻度は一週間に一度なので、子供たちの希望を先に聞くことが多かった。
紙とペン、干し葡萄入りのパンを買っていき、孤児院に向かう。
「お客さん?え?」
孤児院の前に、立派な馬車が止まっていた。騎士の姿も見える。
「え?王家の紋章?」
城に働いているからではなく、前世の記憶から馬車に王家の紋章が入っていることに気が付く。
ルイカは赤子の時に孤児院の前に捨てられていた子供だ。
十四歳の誕生日が来るまで、院内で過ごしていたが、王家の馬車が来ることなどなかった。
「何かあったのかな?」
心配になって、駆け足で孤児院の門に近づく。
「お前は、何者だ?!」
「あの、あの、私はこの孤児院出身で、ルイカと言います。お城の女中として洗濯場で働いています」
高圧的な物言いをされることは慣れていたはずなのに、前世を思い出してから少し臆病になっていたらしく、怯えながら彼女は答える。
「女中だと?許可証を見せる」
「はい」
ルイカはカバンの中から小さな板版を取り出す。
「確かに、身元を確認した。しかし、身体検査はするぞ」
「やめなさい!」
板版を返した騎士が、ルイカに触ろうとすると厳しい声が飛んできた。それは建物内からで、ハリスだった。
「ハリス様。しかし規則では」
「その娘の身元は私が保障します」
ハリスがはっきり宣言すると、騎士が何か思い出したように目を見開いた後、頭を垂れた。
「これは申し訳ないことした。ルイカ、中にはいっていいぞ」
謝罪といえば謝罪なのだが、やはり横柄な物言いで、ハリスは目を細めて彼を睨む。本人はその視線に気が付いていなかったが、後ろにいた騎士たちは慄いていた。
「ルイカ。用があるのでしょう。中に入ってください」
「はい」
なぜかハリスに指示されながら、ルイカは騎士に軽くお辞儀した後、そそくさと門をくぐる。
中庭を横切り、ハリスに近づくと、ルイカはさらに驚愕の事実を知る。
ハリスの傍の椅子には、この国の王であり、ルイカの前世の異母兄、サズリエが座っていた。
「初めまして。ルイカ」
ルイカが驚きで固まっていると、サズリエが先に声をかけた。
「へ、陛下。お声をかけていただきありがとうございます」
前世と今の記憶を一生懸命探って、ルイカはそう返事を返す。もちろん平伏し、頭を上げていいと言われるのを待つ。
「そんなに畏まることないよ。私が勝手に孤児院の慰問にきたのだから。院長も困っているし」
「恐れ多いことです」
孤児院の院長は女性で、年齢は六十代。
ルイカは、彼女を母親というよりもおばあちゃんという感じで慕っている。
その院長は青ざめた顔をして、頭を垂れた。
「院長も、ルイカも顔を上げて。ルイカは久々に来たんだろう。その手のものは重そうだ。ハリス。手伝ってあげて」
「はい。陛下」
淡々とハリスは答え、ルイカが抱えていた袋を取る。
「あ、ありがとうございます」
「さあ、子供たちのために買ってきたのでしょう?渡しに行きましょう」
「え、はい」
どういう反応をしていいのか全く分からず、返事をしてハリスの後を追った。
(何がどうなっているのか、まったくわからない)
子供たちは状況を理解しているものが少なく、ルイカの姿を見ると顔を輝かせて近づいてくる。ハリスのことは胡散臭そうな顔をして眺めている子供が多かった。
「あの、みんな。この方は王様のお手伝いをする方だから、偉いんですよ」
ルイカは自分の語彙力のなさに泣きたくなったが、どう説明していいのかわからなかった。前世も王子でありながら王族としての教育をうけていないので、前世の経験はまったく役に立たなかった。
「そうなんだ。偉い人なんだ」
「すごいねー」
それでも胡散臭そうな顔をするのをやめてくれたので、ルイカは心の底から安堵した。
干し葡萄入りパンや紙などを渡した後、院長がやってきた。申し訳なさそうな顔をしていて、ルイカは嫌な予感を覚えた。
「ルイカ。陛下があなたを呼んでるわ。ここは私は見ているから」
「はい。院長先生」
「ルイカ、いっちゃうの?」
「もう?」
「えっと王様に呼ばれているだけなので、多分すぐ戻ってこれるはずです」
安心させようとルイカは子供たちに声をかけてから、先ほどの中庭に隣接している食堂に戻ろうとした。
「あの、ハリス様。陛下がルイカと二人だけでお話したいということです」
「え?」
「は?」
院長の非常に言いずらそうな言葉を背中越しで聞いて、ルイカは思わず声をあげてしまった。それはハリスも同様で、思わず振り返り苦笑する。
「ルイカ。何かあればこちらに走ってきてください。責任は私が取ります」
「何かって」
ハリスの言葉に、ルイカはぎょっとして返す。院長は絶句していた。
「ハリス。ルイカを脅かしてどうする。ルイカ。少し話を聞きたいだけだよ。こっちに来て」
かなりの距離があるのに声がどうして聞こえるのか、ルイカは不思議に思ったが、サズリエは風の力を使えたことを思い出した。
前世もかなり遠くから声を拾うことでできていた。
「はい」
王に呼ばれれば逃げられない。
ルイカは慌てて食堂へ向かった。




