10 ハリスの生い立ち
カリティットによる治療が終わり、ハリスがやっとルイカの傍にいることを許可された。しかし絶対安静ということで、ハリスが夜通し彼女の様子を見ることになった。
サズリエが姿を見せ、カリティットと話し、アニーを王直属の護衛に連れて行かせる。
サズリエがハリスに話しかけるが、彼は聞いていないようでずっとルイカを見つめていた。
「仕方ないね。こんな状態で仕事もできないだろうし。私が頑張るか」
サズリエは小さく息を吐くと部屋を出ていく。
何かあった時のために、カリティットは今日は医務室に寝泊まりをする。それをハリスに伝えるとやっと反応を見せ、カリティットは少し安心して東の塔を後にした。
「スフィル様、ルイカ。どっちでも構いません。お願いします。死なないでください」
ハリスはルイカに語りかける。
「あなたは死んではいけない」
ハリスはスフィルの話を初めて聞かされたことを思い出す。
スフィルは王妃の侍女が生んだ子供で、王妃から嫌われていた。
ハリスも同様で、彼も父の本妻の侍女が生んだ子だった。異なるのは本妻が子を流産しており、ハリスが跡取りとして育てられたことだ。
本妻はハリスの自身の子として育てるように夫から言われていたが、ハリスに優しくするのは表面上だけで、誰もいないところでは彼を虐待していた。城に父と一緒にやってくるハリスの様子で、サズリエは疑問ももった。そして調べた結果、彼はハリスの義母の虐待の事実を知った。
サズリエはハリスに囁いた。
「ハリス。私の補佐になれ。見返してやりたいんだろう」
サズリエの友人になったハリスの発言力は増し、本妻の虐待の事実を明らかにした。そうして本妻は屋敷を追い出され、黙って従っていた使用人たちも解雇された。
ハリスはそうして家の中で安寧を取り戻した。
しかし、スフィルはどうだろうか。
彼と彼の母は使用人に疎まれており、暴行されようとしていた。それに怒ったスフィルは力を暴走させ、使用人たちは殺害。力の暴走に巻き込まれ、彼の母は死亡。
それによって、スフィルは東の塔へ幽閉されることになった。
なんて不幸な子供だろう。
サズリエは自分と似たような環境、それよりもひどい彼の状況に同情した。だからサズリエに誘われたとき、一緒に東の塔へ上がった。
スフィルは力の暴走で記憶をなくしていた。
思い出させるのも酷で、彼は母親や使用人たちのことを話さなかった。
幽閉されているスフィルは孤独で、ハリスたちの訪問を心待ちにしているようだった。それが嬉しくて、ハリスは東の塔へよく行った。ルイカは彼が教えることを素直に聞き、ハリスになついた。
弟などいないが、いたらこのような気持ちだろうかと思ったくらいだった。
カリティットも同じようで、二人は競うようにスフィルに会いに行った。
スフィルの笑顔はハリスを幸せにした。
サズリエは、そんなハリスへ暗い笑みを浮かべていた。
隣国の兵士たちが突然、国境を破って侵入した。タラディンは軍事力が隣国マスリーンに比べ劣り、ハリスは占領されることを覚悟した。しかしサズリエは違った。
スフィルの力を利用することを思い立った。
もちろん、ハリスは反対したが、サズリエはほかに手段があるのか問い詰めた。力を使うことが死に直結するなど、ハリスは知らなかった。
だから仕方ないと思いつつ、最後には同意した。
スフィル自身がやっと役に立てると嬉しそうだったこともある。
しかし、彼は力を使い切って、そのまま死んだ。
すべての力を使い切ったのか、干からびた状態で発見された。
ハリスはあの時のことを思い出して、ルイカの手を触れる。
張りがあり、年齢と見合う彼女の手にハリスは安堵する。
「死なないでください。お願いだから」
彼はそう願い、ルイカの手にキスをする。
スフィルに雰囲気を似た少女と会ったのは偶然だった。たまたま急いでいて、女中にぶつかってしまった。転んで転がって頭を打って気を失ったルイカを見た時、血の気が失せた。
そして抱き上げた時、その顔に目を奪われた。
スフィルを見ている気がして、慌ててカリティットの元へ運んだ。
目を覚ましたと聞き、すぐに会いに行った。
目覚めた彼女はスフィルとは全く異なる雰囲気の少女だったけれども、話すと気持ちが軽くなった。
そしてハリスは彼女に会うために洗濯場に足を向けた。お菓子をあげると子供みたいに喜び、その姿はスフィルを重なった。
しかしサズリエが面白がっていることを知り、ハリスはルイカに会うのをやめた。スフィルによく似た雰囲気をもつ少女を不幸にしたくなかったのだ。サズリエは独身、ルイカとおかしな噂が出るようであれば、ルイカにとって不幸でしかない。
平民であるルイカはサズリエの愛人にもなれない立場なのだ。
距離をとった矢先、ルイカは力を暴走させ、東の塔へ身柄を移される。自身が処罰した騎士がルイカを襲おうとしていたと聞き、彼女が力を暴走させ騎士を殺したのは当然だと思ったくらいだった。
東の塔へ閉じ込めるのはやりすぎからと思ったが、彼女がスフィルの生まれ変わりだとしり、気持ちを変えた。
今度こそ守りたいと思ったのだ。
そしてハリスは自分の気持ち隠すのをやめた。
「……ルイカ」
彼女が目覚めることを祈り、ハリスは夜通しルイカの傍にいた。




