第8話
新市街から旧市街のある島へと行き着く橋の袂に、セント・エルモの本社ビルはあった。
巨大なガラス張りの建物の駐車場でキジタが車から降りると、音もなく現れた三つの黒い影がキジタの前に並び、首を垂れて傅いた。
「キジタ取締役、ただいま裏路地より戻りました」
中央の一人がフードを上げると、金髪のアシンメトリーが現れる。他の二人も同様にフードを外して顔を見せる。裏路地でネコたちとの対峙を終えた試験体の三人だった。
「私は呼んでいないが」
姿を見せた三人に、にべもなく無表情で硬い声を返すキジタ。
「事を終えたらすぐに帰投しろと命じていたはずだ。なぜこんなところにいる?」
「もう一度、戦わせてください」
キジタの問いには答えず、そう言って再び頭を下げる。横の二人もそれに従った。
「……どういう意味だ?」
「今回、不甲斐ない結果に終わったのは我々としても非常に不本意でした。ネコどもの戦力は予想を上回っており、隊のチームワークが乱れたこともあって、十全な状態で戦うことが出来ませんでした。もう一度チャンスを下されば決してあのような……」
「的外れだ」
「は?」
割り込んだキジタの言葉に、訊き返して顔を上げた金髪の試験体。それを見下ろすキジタの顔には暗い冷たさが浮かんでいた。
「君たちに求められているものは何か分かるか。精巧さだ。命じられたときに命じられた通りに任務を遂行する、メカニズムとしての精巧さが必要なのだよ。ある意味では、成功や失敗よりも必要なものだ。分かるか。リベンジを嘆願しに、誰かに見つかるやもしれない場所で私の前に現れるなどというのは論外だ」
淡々と底冷えするような言葉を吐き捨て、キジタは三人の少女に背を向けビルの入口へ歩み始める。
「そ、それでもっ、どうか! 私にもう一度戦う機会を!」
それまで黙っていた黒髪の試験体が、顔を上げてキジタの背中にそう呼びかけた。
キジタの足が止まる。
「しつこいなあ」
苛立った顔が肩越しに覗く。ポケットから出した右手には、赤いランプの点いた小さな端末が握られていた。キジタの指が調罰開始ボタンに掛かっている。それを見て三人の試験体はㇵッと息を呑んだ。
「必要があれば命じるし、そうでなければその機会はない。一度の説明で分からなかったのなら、丁寧に体に教えてやろう」
「待っ……!」
無造作に親指が押し込まれ、ランプが緑に変わった。それとともに、三人の黒装束の少女たちの体がビクッと跳ねる。
「あぐ……っ!! ぐぅうあぁぁぁっ!!」
「がはっ、あぁぁ……!! かはっ、げはっ!!」
「ひぃだいっ!! がぁぁ、あっ、ぐる、じ……!!」
三者三様に苦悶の声を上げ、痛みと苦しみにのたうち回る。首に埋め込まれた懲罰デバイスが作動し、試験体の体に苦痛を与えているのだ。
跪き続ける様な余裕もなく、無様にコンクリートの床に転がり、悶え体中を搔きむしりながら芋虫のように蠢く三人の黒装束。
「タイマーは三分にセットしたから、存分に味わいたまえ。そして、自分たちの立場を沁みつけるんだな」
届いているかも分からない言葉を掛けて、返事も待たずにキジタは踵を返し、エレベーターホールへと消えていった。
暗い駐車場には、残された少女たちの濁った声が反響していた。
〈続く〉