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裏路地のジェーン・キャット  作者: スギモトトオル
第二部 蠢動する闇
8/10

第7話

 昼下がりの裏路地、クロが道を歩いていると向こうから知った顔が通りかかった。

「あらぁ、ミケじゃない」

「お、クロか」

 二人は互いに気付くと足を止めて挨拶を交わす。クロは、ミケが抱えた山ほどの紙袋やビニール袋を見やる。

「なんか大変そうな荷物ねぇ」

「マニエル店長に頼まれてね。あいつも人使いが荒いというか、ネコだと思って何でも言ってくるワケ」

 両手の塞がったまま肩をすくめるミケ。

「持とうかぁ? わたし、手ぶらだし」

「いいよ、全然大丈夫。大して重くも無いし」

と、笑ってクロの申し出を断る。

 その目がクロの姿を下からじっくりと見上げ、

「しっかし、あんたって本当にいいオンナよね」

と嬉しそうに言うミケ。

 今日のクロの恰好は、白のカットソーに黒のレギンスのシンプルな普段着だった。その上から長い膝丈くらいでグレーのジレを羽織っている。何気ない日常服でも、すっきりしたシルエットはクロのスタイルの良い体のラインを浮き出していた。

 対して、黒いレースのキャミソールの上に丈の短いビッグシルエットなTシャツを重ねたミケは、へそを覗かせた腹の下に黒いスキニーなデニムを身に着けて、頭に派手な黒のキャップを被っている。

「なあ、前にも言ったけどさ、クロ、あんた私の女になってよ。割と本気であんたのこと気になってんだよね」

「またそれぇ?」

 クロは呆れた困り笑いを浮かべる。

「だって、トラとは別にそういう関係じゃないんだろ? じゃあ別に良いじゃんか。二人で住もうとまでは言わないからさ。今まで通りトラと暮らして、時々私とデートして、そんで、まあたまには帰らない夜もある、ってな感じでさ」

「本気なのぉ? あなたが言うと全部お遊びに聞こえるんだけどぉ」

「本気だよ」

 即答するミケ。相変わらず笑ってはいるが、瞳はまっすぐにクロを見つめていた。

「なんなら、お遊びかどうか試して欲しいくらいさ」

「はいはい。その手には乗らないわよぉ。まったく、何人の女の子に道を外させてきたんだか」

「べつに女と付き合うのは道を外れる行為じゃないだろ」

「あなたと付き合うのが道の外だって言ってんのぉ」

「そんなこといって……」

 ミケがなおもって粘ろうとしたとき、通りの向こうから、

「うわああぁぁああぁぁ~~! 助けて助けて助けて助けてぇ~~!!」

と騒がしい声が響いて二人の会話を遮った。

 二人が驚いてそっちを振り返ると、ブチが狭い路地の中を飛び回りながら近づいて来ている。

「ひいぃぃ~~!! なんでボクがこんなぁ~~!?」

 猫耳と尻尾を生やしたブチが、今にも泣きべそをかきそうな顔で、あっちの壁からこっちの壁へと飛び移っては反対に飛んだり、道に転げたりしながら何かから逃げている。ブチの通った後から、壁や道路には激しい音と共に黒い影がぶつかって砂煙を上げていた。

「何あれ……?」

「さあ……友達じゃあ無さそうだけどぉ」

「人間でも無さそうね」

「てか私、ブチがあんなにすばしっこく動いてんの初めて見たかもぉ」

 クロとミケは相変わらず世間話のテンションのまま、怪訝な顔でそれを眺めていた。

 やがて叫びながらブチが近づいて来て、転げる様に二人のところまでやって来た。というか、まさに二人の横で躓いてこけた。

「ぶぎゃっ」

 潰れた猫の鳴き声のような声を上げ、地面に伸びるブチ。追ってきた黒い影が、その背中を狙っていた。

「頂いたっ! そこまでだ!」

 ハイトーンの若い声が鋭く飛ぶ。

 ギラ、と日光に輝いて、マントのような黒い外套から覗いた刃が襲い掛かる。

 バチィィン――――!

 破裂する様な音が響いて、黒い影は横に弾き飛ばされた。

「っ!!?」

 弾かれた黒い影は、身を翻して着地し、驚きの表情で見返している。

 転んだブチの上を庇うように、ミケが足を振り上げた回し蹴りのポーズで立っていた。黒いキャップが飛ばないよう手で押さえながら。抱えていた紙袋たちは、さっきまで立っていた場所に置き去られている。

 黒装束はその姿に驚いている。

「蹴りを合わせた……あの一瞬で……?」

 信じられないように呟く声。頭からすっぽり被っている黒いマントで顔は見えない。マントの内側も全身黒ずくめの恰好だが、袖から伸びる腕や僅かに覗く首元の白くて滑らかな肌が、まだ年若い少女であることを伺わせる。

「……あんた、誰?」

 ミケが低いトーンでそう訊ねる。黒装束はそれには答えず、警戒した様子で再び刃を構えた。

「ちょっとお! ふたりとも見てたんなら助けてよぉ!!」

 道路から起き上がったブチが、ミケを見上げて嘆いた。目には涙が浮かび、鼻水も垂れている。

「だから、こうして間に入ったじゃんか」

「もっと早く駆けつけて欲しかったの!! 助けてって叫んでたでしょ!!」

 そっけないミケと、文句を言うブチ。

 ブチは体にしなをつけてうつむく。

「昨日の夜はあんなにやさしかったのに……」

「おい」

「あらぁ、この子も毒牙にかけてたのぉ……」

「違うから! こいつとは全然本気じゃないし!」

「遊びだったのぉ!? ひどい!!」

「うわぁ、クズ発言ねぇ」

「うるさい! ああもう、なんでそんな話になってんのよ!」

 追いすがるように詰るブチを引き剥がしたミケはため息を吐く。

「たく……せっかくクロの前で格好つけたようとしたのに……」

 呟きながら前に出ると、構えを解いていた黒装束が肩をすくめる。

「終わったか?」

「別に待ってる必要なんてなかったんだけど?」

「そうか、それじゃあお構いなく!」

 言うや、マントを翻して躍りかかる黒装束の少女。

 ミケは殆ど自然体のままで少しだけ斜に構える。

「ふっ!」

 突き出される刃。ミケは身を反らして避ける。すぐさま引かれ、もう一度鋭い突き。ミケは見切って寸前で躱し、また次の突きも避ける。

「カタナね。珍しいもん使ってんじゃないの」

 襲いかかる突きの連撃を何度も避けるミケ。ウェーブがかったアッシュブロンドの髪を揺らし、刀身に映ったミケの相貌が刃文に揺れる。

「でも、遅いわね」

 ミケが首を傾けたまま、ほくそ笑んだ。そして、

 弾く。

 ミケの掌底が刃の腹を弾いて、黒装束の構えが一瞬崩れた。

 その一瞬にミケが踏み込む。繰り出される蹴り。

 風切り音。

「ぐっ!」

 黒装束の少女が、カタナを持たない方の腕で受ける。

「へえ、やるじゃない」

 笑いながら、ミケが連続の蹴りを浴びせる。

「どれだけ耐えれるかしら……!」

 上から、正面から、右から、左から、縦横無尽に重い蹴りが襲い掛かっていく。

 間合いが近すぎて、黒装束の少女はカタナを使うことが出来ない。長い刀身が邪魔になって、殆ど片腕でミケの蹴りを受けるしかなかった。

「くそっ、強い……がはぁっ!」

 ガードの隙をついた蹴りが黒装束の脇腹を直撃し、そのまま通りの反対側まで吹き飛ばした。

「ふぅっ! さーて、まだ終わらないわよ〜」

 ミケがすかさず追いかけて追撃を重ねようとしたところで、

「……っ!」

 新しい気配に気づいて足を止めた。

 見上げた屋根の上に、さらなる黒装束の影が二つ立っていた。

「探したよ」

「……ちっ」

 ミケに蹴り飛ばされた黒装束が起き上がり、悔しげに舌打ちを鳴らす。

 屋根の上から降りてきて、三人の黒装束が並ぶ。

「三人相手か……」

「ミケ、加勢するわぁ」

 クロがミケの隣に立ち、構える。

「ブチは?」

「あの子は戦闘向きじゃないでしょう、下がってもらってるわよぉ」

 ゆるい口調の中にも、ピリリとした緊張感を身に纏うクロ。

「どうしたのよクロ。ビビってんの?」

「まさかぁ、冗談言わないで」

 鼻を鳴らして返しながら、新たに現れた二人を見やるクロ。

 一人はヌンチャクを、もう一人は円曲した風変わりなナイフを逆手に握っている。そして、立ち上がった一人がカタナを構える。

「あの武器のセンス、どう思う?」

「趣味悪いっていうか、映画の見すぎだな」

「同感」

 ヌンチャクの少女が、カタナの少女に話しかけた。

「あっさりやられたみたいだな」

「別に。まだひっくり返せたし、全然」

「どうだかね。あんた、カッとなりやすすぎ。もっとクールに行こうよ」

 三人目の少女がカランビットナイフの輪に指をかけてクルクルと回し遊んでいる。

「いっとくけど、あんまり時間はないよ」

「分かってる。三対二なら楽勝。いけるでしょ」

 ひゅん。風を切ってカタナを振り、それを合図に三人の黒装束の少女たちが武器を構える。

「来るぞ」

 ミケが呟く。そのとき、

「ちょっと! この辺に変な奴らが降りるのを見かけたんだけど……あ、クロ!?」

 対面する一行から少し離れたところに、トラが降り立った。

「トラ!?」

 道に立ったトラは、戦闘態勢に構えるクロとミケに気付き、向かい合った二組の間に流れる緊迫した空気を察した。

「何これ、どういう状況?」

「分かんない。分かんないけど、ナイスタイミングよぉ」

「これで三対三のタイだが、どうする? 来るか?」

 ミケがほくそ笑んで、手の平を上向けてクイクイと挑発する。

 すかさず前に出ようとしたカタナ少女を、ヌンチャクの少女が肩を掴んで止める。

「……何だよ」

「落ち着け。同数では少し分が悪い。真ん中のあいつはかなりやるみたいだしな」

「……分かったよ」

「今日のところは退こう」

 そう言って、ヌンチャクをマントの内側へ隠し、屋根へ再び飛び上がった。

「ざーんねん。お姉ちゃんたち、またねー」

「……この借りはいつか返す。覚えたぞ、裏路地のミケ」

 残りの二人も屋根上へ上がり、三人揃って建物の向こうに消えていった。

「ふん、数的有利じゃないと戦わないなんて、ムカつく奴ら」

「まぁ、三対二でも負けた気はしないけどねぇ」

「ふたりとも大丈夫だったか?」

 トラが駆け寄ってくる。ミケは道端に置いた荷物を取りに行った。

「あいつら、何だったんだよ」

「さぁ……突然来て、そうだ、ブチが元々追いかけられてたんだけどぉ」

「ボクにも分からないよ……」

 クロの横から声がして、ひょっこりブチが顔を出した。見れば、道路脇の室外機と植木鉢の間の狭い隙間に体を収めてうずくまっている。

「そんな場所にいたのぉ」

「隠れ場所を見つける天才だな、こいつ」

「こわかったよ〜。なんなのさ、あいつらマジで……」

 よっこらしょ、と隙間から這い出てくるブチ。

「で、何か思い当たることとか無いわけ? あとどこから入ってきたんだよ、三人も」

「知らないよお! ただ普通に道を歩いていたら、急に上からあいつが降ってきて、カタナ持ってるし、身体能力がボクら並じゃないか!」

 うんざりしたように言うブチ。

「私達と同じ……」

「セント・エルモはプロジェクトを凍結はしていなかったってことねぇ」

「ボクらよりも”新型”の強化人間ってこと?」

 不安げにクロを見上げるブチ。心なしかいつもより目の下の隈が濃くなっている。

 クロはそんなブチの頭を優しく撫でる。

「大丈夫。ブチのことは私達が守ってあげるから」

「ほんと?」

「本当よぅ。とくにミケがね」

「でも、さっきは遊びだって……」

「照れてるのよぅ。好きな子にいたずらしちゃうタイプだから、ミケって」

「そ、そっかな。えへへ、そうだといいな」

「……クロ、ミケから言い寄られるの面倒だからブチをけしかけようとしてないか?」

 ブチが照れた頬を擦りながらもじもじし、トラが半目でクロを見やる。そこにミケが荷物を抱えて戻ってきた。(ブチが「半分持つよ!」と大きな紙袋を引き受けていた。)

「あいつら、また来るようなこと言ってた」

 ミケがポツリと言う。トラが好戦的に笑った。

「へっ、上等じゃねーか。今回はちょっと遅れちまったみたいだけど、次はあたしが活躍してみせっから」

「あんまり危ないことに首突っ込みたがっちゃイヤよぉ」

 鼻息荒いトラをたしなめるクロの頭ふたつほど低い位置でブチがプルプル震えていた。

「……ミケ、そろそろ帰らない? これ、結構重い……」


〈続く〉

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