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裏路地のジェーン・キャット  作者: スギモトトオル
第一部 ネコと街
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第4話

 ミンダ地区の中心部。鉄道の駅から伸びる目抜き通りの行き着く先にその白亜の建物はある。旧政時代の名残で立派なその小さな宮殿の駐車場に、一台の黒いリムジンが停車した。

 後部座席が開き、キジタとシエラが現れる。そして、その後ろに続いてもう一人の男。

「さあ、到着だよ」

「ここがミンダ地区の市庁ですか」

 紺のスーツに身を包んだ男はサングラスを外して建物を見上げる。細い金髪が風にそよいだ。

 キジタは金髪の男の隣に立ち、同じように鉄筋コンクリート造りの市庁舎を見上げる。

「しっかりした庁舎だよねえ。いまどきこんなの必要無いだろうに」

「実際、半分以上の部屋は使われていないそうです。節電のため電灯も消しているとか」

 背後からシエラが言い添えた。

「くっくっ、いじらしいねえ」

 肩を揺らしてキジタが笑い、金髪の男を振り向いた。

「君の会社なら、この古色蒼然とした建物をどうするだろうね」

「どうもしませんよ」

 男は再びサングラスを持ち上げ、碧眼を隠すように掛け直す。

「老いた物はすでに輝くポテンシャルを失っている。壊して新たにもっと美しく有意義なものを創造するでしょうね」

「くははっ、なるほど。もうとっくに耐用年数は過ぎている、というわけだ」

「時代に取り残された建造物ほど哀れなものはない」

 ひとしきり笑った後、キジタはシエラに向けて片手を上げた。

「ここからは彼と私だけでいい。帰る時は呼ぶから、君は一度社に戻っていてくれ」

「……かしこまりました」

 シエラが頷き、軽く頭を下げる。彼女を後に残し、二人の男は正面玄関へと歩いて行った。

 市庁舎では、黒スーツの若い職員がキジタと金髪の男を迎えた。引率されるままにエレベーターで最上階まで上がる。

「こちらです」

 案内されたのは、市長の執務室に隣り合った会議室だった。

 来賓の応接にも使われるらしく、広々とした部屋は品の良い調度品で飾られている。壁には大小の額に入った絵画が、窓からは街の景色が一望出来た。とても、蛍光灯の電気代を節約している財政状況とは思えない豪奢な装いだ。

「お待ちしていました。キジタ取締役執行役員」

 部屋の奥で談笑していた男たちの中から、一人が立ち上がって手を広げながらキジタに近づいてきた。

「どうも、遅くなりました、市長。就任後のご挨拶にもうかがえず申し訳ない」

「とんでもない。お忙しいのは存じております」

 にこやかな市長。他人の懐に入り、自分の意の通りに扱うことに長けた者の目だ、とキジタは思う。

 市長は隣の金髪の男に視線を移し、

「それで、そちらの方が……」

「ええ、彼が今回我々に力を貸して下さる友人となる方です」

「おお、やはりそうでしたか。ささ、奥へどうぞ。他の方々は皆集まっておられるので」

 人当たりのいい笑顔に誘われながらキジタも進み出る。椅子の跡が残る絨毯の上を歩いて、長い部屋を縦断する。

 部屋の奥では、大きな樫のローテーブルを囲んで三人の男がソファに腰かけていた。市長を含めどの顔もキジタよりふた周りは上の、海千山千の面構えだった。

(弁護士、土建屋、銀行家、か……)

 キジタは面々の顔を順に見ると、空いている一番奥のソファに座った。その隣に金髪の男が座り、それに続いて市長が端の席に腰掛ける。

 ローテーブルにはこの街の地図が広げられていて、いくつかのエリアに書き込みや資料がその上に散っていた。

「さて、これでお呼びしているメンバーは集まったことになります。まずは、自己紹介でもしておきますか」

「要らんでしょう。どうせ互いに名は知れている。それに、外には漏らせないような話もする場ですからね。あえて名乗らずを信用の証としましょう」

 市長の仕切りを遮って、キジタそう発言すると、弁護士が少し唇を不機嫌にゆがめ、銀行家が逆に口元を緩めた。土建屋の老人は、笑みを含んだままちら、とだけキジタを見て、あとは地図に目を落としている。

(この弁護士は先代市長の時からずっと市のお抱えだったな。銀行はセント・エルモが最大の取引相手、そして土建屋は旧政時代からの地主、か。くくっ、なんとも分かりやすい連中だ)

 市長は咳ばらいをひとつ挟み、一同を見渡して再び声を上げる。

「では、そうしましょうか。そうしたら、早速仕事の話にかかりましょう」

 そう言うと、テーブルの上の地図を手で示す。

「これが、言わずもがなミンダ地区の全体地図です。ここが新市街、そして、こちらが旧市街」

 地図中に色分けされた二つのエリアが指で叩かれる。

 大陸を南北に流れる川の中州にある旧市街と、そこから橋渡した東の沿岸に造られた新市街、それをひとつにまとめた地域がミンダ地区だ。

 対岸の都市と中州とが橋で繋がっていた時代には、旧市街も賑やかだったものだが、東西の河岸を直接渡すハイウェイが開通したのを境に人の往来は減り、今では寂れた古臭い街並みが残っている。対照的に、新市街は車道、鉄道で都市と繋がったことで栄え、広い道路と高層ビルの並ぶ都会的佇まいが広がる。

 市庁舎は川べりに建てられていて、川を挟んで向かい合う新旧の市街がハイウェイを背景に一望出来るビューが窓から望めた。

 ちなみに、対岸の都市はサンケミカルが統治しているエリアで、合併する以前からの繋がりから、セント・エルモの本社はいまだに旧市街にある。新市街と繋がる橋に近いその数区画だけが、新市街同様の小奇麗な街並みなのは、旧市街の市民からは羨望と批判の眼差しで受け止められていた。

「今回のプロジェクトは、このすっかり廃れてしまった旧市街を改造するという大規模な都市計画になります。いまやお荷物と化していて、近年の財政難の象徴ともいえるこのエリアを生まれ変わらせるわけです!」

 市長の熱のこもったセリフが会議室に響く。その言葉を引き継ぐ形でキジタが発言した。

「そのとおり。それが”本社”が用意した、この地区を再生させるシナリオというわけだ。そして、それを実現するために予算と私とが送り込まれてきた」

 演説のようだった市長の口調とは打って変わって淡々としたものだったが、キジタの言葉は場の空気をそれだけで支配した。

「島の半分を丸ごと使ったリゾート施設を建造します。名前は〈パラダイス・ウェスト〉。古臭い街は壊し、楽園をうち建てましょう」

 一同を見渡し、キジタは笑った。含みのある笑みを口の端に浮かべ、隣の男を手で示す。

「そして、今日ここに来ていただいたこの方が、オーレスン・リゾートのプロデューサーというわけです」

 紹介された男はサングラスを外し、端正な細面に浮かべた笑みを見せた。

「どうも。皆さんのことは存じ上げておりますが、私のことはあまりご存じでないでしょうから、特別に名乗らせてください」

 男は立ちあがり、慇懃に深く腰を折る。

「グウェル・オーレスンです。オーレスン・リゾートの営業部長およびアーキテクチャ・アーティストとしてリゾート開発のプロデュースを行っています」

 ソファに腰を据えたまま見上げる、白髪交じりの四人の男。それぞれに迎える表情は違えど、目にはどれも貪欲な色が浮かんでいる。利益追求に聡いハゲタカの目だった。

「以後、お見知り置きを」

 優雅に一礼して、席に腰を戻す。その横でキジタが再び身を乗り出した。

「グウェル氏がいれば、リゾートの成功は約束されたも同然です。彼のアートは彼のやり方に任せておけばいい。そうなれば、我々がすべきことは単純だ」

 腕を伸ばし、先ほど市長が指で叩いた旧市街のエリアを指し示す。

「ここを更地にする。旧態依然とした汚い町並みは全て取り壊し、彼が描くための真っ白なキャンバスを生み出す」

「うるさい連中は任せておけ」

 それまで黙っていた土建屋の社長が発言した。よく日焼けしてしわの刻まれた顔に、爛々と光る眼を鋭く細め、隣の弁護士の肩を叩く。

「わしとこの先生が組んで、首を横には振らせんよ。綺麗さっぱりガラの山にしてやらぁ」

 横の弁護士は若干鬱陶しそうにしたものの、黙って頷く。

「資金はサンケミカルからの予算に加え、私どもからもしっかり融資させていただきます」

 銀行家が滑らかな口調で口をはさむ。キジタは面々を順に見て頷いた。

「ばっちりですよ。我々なら最高のビジネスが出来る。それは疑う余地がない」

「約束された栄光と繁栄に祝福あれ、とでもいうところですな」

 顔中に満足げな色を表して市長がそう口にし、キジタはそれにも頷き返す。

 そしてもう一度、今度は大きく身を乗り出して語り始めた。

「さて、ここまでがサンケミカルの描いたプランだ。しかし、今回総指揮を取らせていただく私は、もう一回り大きな絵を描こうとしている」

 キジタが話し始めた言葉に、一同は少しの驚きと不審さを表情に浮かべて見返した。

「ここまでの話は、島の半分(・・)を開発する、というもの。しかし、元手となる資源はまだ残っているでしょう」

 キジタの指が、先ほど示したエリアに隣接する、グレーに塗られた一帯を指す。

 耳を傾けていた、金髪のグウェル以外の四人が纏っている空気が変わったのが分かった。誰もが顔に緊張感を浮かべ、苦々しい表情になっている。

「しかし、そこには……」

「ええ、もちろん。この〈裏路地〉がデリケートな問題を含んでいることは分かっていますよ。そこは何とかしましょう」

 こともなげに言ってのけるキジタに向けている四人の表情に疑念がよぎった。「それは」と土建屋の老人が口を開く。

「確かにその土地を含めてすべてを使えれば、その分効果はあるだろう。しかし、本当に出来るのかね?」

「任せてください」

 老人の疑問に、間髪を入れずキジタが答える。

「無論、皆さんにもご協力は頂くことになりましょう。ですが、基本は私とセント・エルモ、そしてサンケミカルの力があればどうとでもなる」

 両腕を広げ、今一度一同を見渡す。全員が半信半疑ながらも頷くのを見届けて、キジタは満足げに口の端を吊り上げ、宣言した。

「我々が行うべき事業の第一歩、『裏路地浄化計画』へのご協力を、是非にお願いします」

 そして、こう言い添えた。

「もちろん、全員に最大の利益を保証しますとも」


〈続く〉

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