解散
「つまり……これが世界樹ということか?」
昨夜生えた枝木を険しいまなざしで見ながらモーリスが呟く。周囲にはダークエルフたちが集まりざわついていた。プリムウッド族は世界樹の実でいつか自分たちの新しい森を作ると自分たちを納得させ森を出て来たのだ。それが急にこんなところに世界樹が生えて困惑していた。
「え、ええ。白竜王がここが良いと思ったみたいで、朝起きたらもう木が生えていました」
アデルはぎこちない笑みを浮かべて話した。
(「ポチが世界樹の実をつまみ食いした挙句、フンをしたら世界樹が生えました」なんて言ったら殺される……)
アデルは詳しい経緯は説明せず、白竜王がこの場所を選んだとしか言っていない。当のポチはアデルの荷物袋に入って尻尾だけ外に出していた。暗い場所で二度寝をしているのであろう。
「選んだと言われても、ここは森どころか平原。しかも土壌も石が多く混じり、とても森ができるような場所じゃない。こんなところに世界樹を生やされて、我々にどうしろというのだ」
ギディアムがアデルに向かって不満げに言った。ここは貧者高原の一角であり、痩せた木がまばらに生えた林はところどころにあるものの、ギディアムの言う通り豊かな森が出来る場所ではない。
「で、でも竜の王が選んだ場所ですし、きっと良い場所なんですよ」
アデルはなんとか言葉を絞り出した。
「ふざけるな! 我々は竜の王など信用していない! あの様子ではきっと面倒になってこの場所に埋めたのであろう。族長、こんな場所に森は作れません。この苗木を掘り出して別の場所に……」
ギディアムは憤慨し、モーリスに話を振ろうとする。しかし……
「……素晴らしい」
「え?」
モーリスはギディアムの言葉など耳に入らぬ様子で、世界樹を凝視していた。
「世界樹がどう誕生し、成長するかという話など聞いたことがない。それが今、我々の目の前で起きている。これぞ新しい歴史。『始まりの森』誕生の瞬間だ!」
モーリスは高らかに宣言すると、赤子を抱くかのように優しく世界樹を両手で包んだ。
「お、おぉ……」
周囲のダークエルフたちはいまいち納得していない様子だが、族長モーリスの宣言に積極的な反対もできず、中途半端な歓声を上げた。
「なんか……ダークエルフの皆さんは森の名前の付け方が独特ですよね」
アデルはイルアーナに小声で言った。
「まあ、また変わるかもしれんしな。基本的に森の中で過ごす我らにはあまり大事件が起きない。だから何かあると、それを語り継ごうと森の名前を変えたり、その年に生まれた子供の名前をその事件にちなんだものにしたりするのだ」
「な、なるほど……」
(もしかしたらダークエルフもネーミングセンスがないのかもしれない……)
アデルは心の中で思った。とりあえずアデルが殺される心配はなくなったようだ。
「しかしどうするのですか。このような不毛な場所に森ができるとは思えません」
ギディアムがモーリスに言う。
「だからこそであろう。以前に白竜王様がおっしゃっていた通りであれば、すでに森がある場所では世界樹は成長できない。ここのような不毛の地だからこそ世界樹は他の木に邪魔されず大木になれるのかもしれん」
モーリスはいつの間にかポチに対して敬語を使うようになっていた。
「土壌に関しては考えがあります。この近くには土魔法の扱いに長けたムラビットの一族が住んでおり、アデルとも友好関係にあります。彼らに頼めば周囲の石を崩して土にしてもらうことができるかもしれません」
イルアーナがモーリス達の会話に口を挟んだ。
「ムラビットか。そう言えばそんな話もしていたな。しかしここは人里も近いのだろう? それに木が無ければエントたちは住めぬ」
ギディアムがエントたちの乗っている馬車を見ながら言う。エントは普段は夜行性のため、馬車の中で身を寄せ合って眠っていた。
「とりあえずは皆一度、マザーウッドへ来てもらおう。それからここをどうするか考えて……」
ジェランがそう提案しようとした。
「いかん! 世界樹を守らねば! 儂だけでもここに残って世界樹を守るぞ!」
モーリスが世界樹にしがみつくように言う。たしかに野生動物に食べられたり、折られたりしてしまう危険性はある。世界樹と言ってもいまはただの小さな枝木に過ぎない。
「し、しかしここには身を隠す場所もありません。人間に見つかってしまいます!」
ジェランがモーリスに言う。周囲は平原で、視界は広い。ジェランが心配する通り、人が来れば容易に見つかってしまうだろう。
「あ、あの! 僕が残ります! ムラビットとも、近くの村の人とも面識がありますし……」
アデルはそこに割って入る。
「あたしらも残るよ。どうせダークエルフの森に行っても歓迎されないし。その方があんたらも都合が良いだろ? 近くに街があるなら、そこに滞在してるよ」
ダークエルフたちの輪の外にいたフレデリカが言った。
「あぁ、確かにその方がいいですね。西にハイランドという小さな町があるんで、そこがいいですよ。あそこの宿のご主人はすごく感じのいい方ですし」
「じゃあそうするよ。何かあったら呼んでおくれよ」
フレデリカは手をヒラヒラと振ると、部下たちと移動の準備を始める。
「儂も残るぞ。世界樹を放っておけんからな」
モーリスは世界樹への強い執着を見せた。
「私もアデルと一緒に残ろう。しかし寝泊まりはどうする? ずっと野宿は辛いだろう」
イルアーナがアデルに尋ねる。
「う~ん……ムラビットさんたちに頼んで地下に部屋を作ってもらいましょうか。世界樹の周囲を耕すお願いもしてみなきゃいけませんし」
「そうだな。よし、さっそくムラビットに話をしに行こう」
イルアーナはムラビットのモフモフの感触を思い出し、ウキウキと準備を始めた。
「あ、でも世界樹を守らないと……」
「ここから近いのであろう? だったらしばらくは儂一人で大丈夫だ」
こうしてモーリスを世界樹の守りに残し、アデルたちはムラビットたちと再会しに行くことになった。
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