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エントの力

 脱出の準備を終えたダークエルフたちが広場に集まっている。荷車に馬を繋いだ即席の馬車が何台も並んでいた。最低限の荷物だけを持ったダークエルフがその即席馬車の周りで出発を待っている。


「馬車なんて森の中で走れるんですか?」


 アデルが疑問を口にする。


「普通は走れない。だが今回は大丈夫だ」


 イルアーナは心配していない様子だった。アデルは首をひねる。


「脱出の準備は整ったぞ。いつでも出発できる」


 そこにモーリスがやってきて告げた。


「ところで、世界樹の実を預からせてもらえないか? あれは我らが守るべきだろう」


 モーリスがアデルに話しかける。世界樹の実はアデルが荷物袋に入れて持っていた。


「あぁ、もちろ……」


「アデルが持ってた方がいいでしょ。一番強い人が持ってた方が安心」


 了承しようとしたアデルを遮り、ポチが言った。


「ぐぬぬ……本当にこの小僧がそこまで信用できるのだろうな?」


 モーリスが憤怒の表情になる。ポチとモーリスは相性が悪いようだ。


「私もアデルが持っていた方が安全だと思います。この者の腕は確かです」


 イルアーナの言葉でモーリスは納得のいかない表情だったが、アデルが世界樹の実をもつことを渋々了承した。


「出発するぞ!」


 モーリスが大声で号令をかける。それに従い、ダークエルフたちが即席馬車へと乗り込んだ。一行は森の西側へと移動を開始した。アデルたちも馬に乗り、一緒に移動を開始する。


 里を出ると当たり前だが一行の行く手を多数の木々が遮った。


「や、やっぱりこれじゃ馬車は進めないのでは?」


 アデルが不安になりイルアーナに尋ねる。


「落ち着け。こちらにはエントがいるのだ」


 イルアーナの言葉通り、目の前の森が割れ、視界が開けた。


「え? こ、これは……!?」


 よく見ると目の前の木々が根っこをうねうねと動かしながら一行の進路を開けるように移動していた。そしてそれが終わると木々の間を黒い影が飛び交う。それはエントであった。背中についている小さい羽根に風を受けて滑空しているのだった。


(なるほど、滑空するための羽だったのか……)


 あの羽で飛べるのかと疑問だったアデルは納得した。新しい木に飛びついたエントが額から生えた短い角を木に当てるとそこに穴が開き、エントは木の中に入って行く。すると木に魂が宿ったかのように動き始めるのだった。


 アデルが後ろを見ると行く先が知られないようにか、エントが来た道を元通り塞いでいた。エントの協力もあり、一行は森の中を一直線で突き進んだ。




 翌日、プリムウッドの里を制圧したカザラス軍は捜索をしていた。家々の扉を打ち破り、中を確認する。そこにはダークエルフの姿も、手癖の悪い兵士たちが喜ぶ貴金属もなかった。


「奴らはどこへ行ったのだ?」


 カザラス軍のプリムウッド攻略担当ケスナー准将は狐につままれたような表情をしていた。


「あのエルフどもが『森を捨てて逃げることはない』などと言っておったからそれに従って作戦を立てたというのに……これだけ労力と時間をつぎ込んで『おりませんでした』では済まんぞ!」


 ケスナーは苛立たし気に吐き捨てる。傍らにいた部下たちは目をそらし、自分に火の粉が飛ばないようにしていた。


 怒るケスナーの視界に、エルフの女王ロレンファーゼとその腹心のラズエルの姿が入った。


「ゴブリンを捕まえて尋問したところ、ゴブリンたちはダークエルフを見限って森に隠れていたそうです。しかし食料が無いので盗みに入れるか様子を見に来たところ、今朝がたにはダークエルフたちの姿はなかったと申しています。喜んで残された家畜を襲っていたところ、我々が来て慌てて逃げ出したそうです」


 ラズエルがロレンファーゼに報告する。


「卑しい者同士、仲良く住んでいたのに、やはりいざとなれば裏切るのですね」


 ロレンファーゼが呆れた様子で呟いた。


「おい、これはどういうことだ!」


 そこへ怒気を露わにしたケスナーがやってきた。


「どういうことも何も、見たままですよ。彼らは偉大なる世界樹を捨てて森へ逃げたのでしょう」


 ロレンファーゼは森の中央にそびえたつ世界樹を見上げた。カザラス軍の火攻めによってあちらこちらが無残に焼け焦げている。


「どうするのだ! 森に潜むやつらを見つけるのは相当手間だぞ」


「お任せしますわ。彼らには負傷者もいてそう遠くには行けないはず。それにあなた方人間は人手だけは有り余っていらっしゃるでしょう?」


「なっ!?」


 ロレンファーゼの言葉にケスナーのこめかみの血管が限界まで太くなる。


「ただこの世界樹さえ燃やしてしまえば、彼らはそう長くは森に潜伏してはいられません。ダークエルフが森の中だけで生活していられるのも世界樹の恵みあってこそ。この世界樹のある森ではわずかな農地でも豊富に作物が収穫できますが、それが無くなれば果物や狩りだけで大人数の食料はまかなえません」


「これを燃やす? それだけでも一苦労だぞ!」


「頑張ってくださいね。我々はこの穢れた森の外で休ませていただきます」


「は?」


 怒りを通り越して固まるケスナーに後を託し、ロレンファーゼたちはダークエルフの里を後にした。




 一方そのころ、ヒルデガルドたちはプリムウッドの里の西側にいた。


「ヒルデガルド様が予想された通りです。ここにわだちの跡のようなものがあります」


 地面にしゃがみ込んだエマが言った。


「やはりそうですか……」


 ヒルデガルドが安堵の表情を浮かべた。


「馬車を使ったということですか? いったいこんな森の中をどうやって……?」


 ヴィレムが視界を阻む木々を見ながら言った。


「わかりませんが、彼らはヴィーケンに向かったとみて間違いないでしょう」


「ヴィーケンに? ダークエルフ全員を連れているとすれば百人どころではないはず。そんな大人数で移動して発見されないとでも思っているのでしょうか?」


 ヒルデガルドの言葉にエマが疑問を投げかける。


「彼らを常識で考えてはいけません。見つからぬ方法があるのか、それとも見つかっても切り抜ける自信があるのか……」


 ヒルデガルドの言葉にエマとヴィレムは息を呑んだ。


「どうしますか? ロレンファーゼ様に報告しますか?」


 ヴィレムがヒルデガルドに確認する。


「何を言っているのですか? これはあくまでも私の妄想です。こんな森の中を馬車で逃げられるわけがありません」


 ヒルデガルドはいたずらっぽく笑った。


お読みいただきありがとうございました。

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