脳(伏岸)
戦いが終わり、アデルたちは一度オクロス号へと戻る。神竜騎士に数名の負傷者が出ただけで、ダルフェニア軍の損害はほぼ無かった。
「おかえり」
アデルがオクロス号の甲板に行くと、気の抜けた声が出迎えた。見るとポチがしゃがみ込んでおり、他の神竜娘たちも何かの周りに集まってしゃがんでいた。
「アデルさん」
アデルの姿を見つけ、人間の姿になったヒミコが近付いてきた。
「ついカッとなって……少々やり過ぎてしまいましたわ」
ヒミコは少し恥ずかしそうに言う。
「いえ、そんなことないですよ。助かりました、ありがとうございます」
アデルはペコリと頭を下げた。
「ところで……みんな何を見てるんですか?」
アデルはポチ達の方を見る。ポチ達はなにか黒いものの周りに集まっていた。
「その……私がやり過ぎてしまった跡です」
「跡?」
アデルは小首をかしげながらポチ達のもとに近づく。
「げっ……!」
近付いてみて、アデルはそれが何なのかを理解した。
それは焼け焦げたセラフィムの死体だった。髪の毛や背中の翼は焼け落ちてしまっており、全身の表面が炭化している。ところどころ炭化した表面が割れ、赤い血が流れだしていた。
「間違いない、やはり変異体じゃな」
「変態さんなの!」
ピーコとひょーちゃんが指で死体をツンツンと突きながら言う。
「体の表面は人間とあんまり変わらないけど、筋肉や骨の密度が全然違う」
ポチがボソボソとセラフィムの体の構造について話す。
「特に違うのがコレだね」
ポチはセラフィムの背中を指さす。背中の中心、燃え尽きた翼の根元当たりだった。炭化した表面が剥がされ、ピンク色の丸いものが見えている。
「な、なにそれ……?」
グロテスクな光景に目を背けながらアデルが尋ねた。
「脳みそ」
「え?」
ポチの言葉にアデルは驚いてそれを確認する。ピンクの物体は言われてみれば脳みそのようにも見える。しかしそれは拳ほどの大きさしかなかった。
「脳って……人間の?」
アデルが尋ねると、ポチが小さく首を振る。
「違う。鳥の」
「鳥?」
訳が分からずアデルはポカンとした。
「翼を動かすのに使っていたんだろうね」
「え? この翼ってこの人のじゃないの?」
「そんなわけないじゃん。大きな鳥の翼を背中に植えて、それを制御するためにこの脳みそも植えたんでしょ。人間の脳じゃ翼の動かし方なんてわからないだろうし」
「う、植えた……?」
アデルは話を聞き、愕然とする。
「じゃが、ほとんど魔法で飛んでいたようじゃったぞ?」
「自分の脳じゃないからね。大雑把な命令は出せるんだろうけど、細かい動作は無理だったんじゃない?」
ピーコに言われ、ポチが答える。
「つまり……この翼は役に立たぬということか?」
アデルの後ろで話を聞いていたイルアーナが尋ねた。
「滑空くらいはできたじゃろうけどな。そもそもこの翼でコイツを飛ばすのは無理じゃ」
ピーコがポンポンとセラフィムの体を叩きながら言う。セラフィムは見た目は華奢だが、その体重は同じ体格の人間の数倍あった。それで空を飛ぶにはハーピーの倍以上の大きさの翼が必要だろう。
「なぜそんなものをわざわざ付けたのだ?」
イルアーナは眉をひそめる。
「たぶんですけど……」
アデルが恐る恐る口を開く。
「ラーベル教の神像に姿を似せるためじゃないでしょうか」
アデルは何度か見たラーベル教の女神、ベアトリヤルの神像を思い出す。それは背中に翼を生やした、美しい女性の像だった。
「なるほどな。教徒たちを騙すためにこんな手の込んだことをしたのか。慈愛の神ではなく、詐欺の神を名乗るべきだな」
アデルの話を聞き、イルアーナは納得する。
「それよりポチ、負傷者の手当てをするから手伝ってくれない?」
アデルはポチにお願いする。アデルが船に戻ってきたのはポチを連れて行くためだった。
「う~、わかった」
ポチは面倒くさそうにしつつも了承する。
そしてアデルはポチを抱えて再びオクロス号を降りていった。
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