爆炎(白鯨城)
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巨大な炎の柱が上がり、熱風が周囲を吹き荒れる。周囲にいた兵たちが悲鳴を上げて倒れた。炎に体を包まれた兵士が助けを求めて走り回り、余計に火の範囲を広げていた。
だがそれはカザラス軍が攻撃していた白鯨城の光景ではない。白鯨城に火樽を放っていたはずの、攻城兵器部隊の陣地で起こったことだった。
「どうした、火樽を落としたのか?」
ノエルが愕然とした様子で火柱を見上げる。
「そんな程度の爆発ではありません。これはまるで……」
エルゲイツは呟きながら、ロスルーで見たレイコの光撃を思い出した。
(いや、あそこまでの威力ではない。では一体……?)
エルゲイツは考えを巡らせながら周囲を見回す。そうしている間にも炎は投石機の周囲に置かれていた火樽に引火し、断続的に爆発を引き起こしていた。
「ま、魔竜の攻撃だ!」
その時、パニックを起こした一人の兵士が叫ぶ。ここにいる兵士の半分ほどは、エルゲイツと同様にロスルーでレイコの力を目の当たりにしていた。
「こ、こんなところにまで来るのか!?」
「に、逃げろ!」
カザラス軍内に一気に混乱が広がる。兵力の補充を急ぐあまり、あまり軍属の経験がない兵士も増えている。精鋭であっても、レイコの恐ろしさを思い出して浮足立っていた。
「落ち着け! よく見ろ、どこにも魔竜などいない!」
エルゲイツの副官、ベルドが叫ぶ。ものすごい筋肉ながら背が低い彼は「ドワーフ」などと揶揄されていたが、彼の野太い声は混乱した陣内にもよく響き渡った。兵士たちは空を見渡し、巨大な竜の姿がないことで少し落ち着きを取り戻す。
そんな中、夜空を切り裂く風の音が聞こえた。
「投石機……?」
その音を聞いたエルゲイツが呟く。次の瞬間、大きな衝突音が兵たちの間に響き渡った。
「ひぃっ!」
兵士たちが悲鳴を上げる。だが被害を受けたのは彼らではない。
巨大な岩がカザラス陣内を転がっている。その岩に押しつぶされた兵士たちは悲鳴を上げる間もなく絶命していた。
「くそっ、敵軍も投石機を配備していたか……」
ノエルが悔しげにつぶやく。
「いや、今の攻撃は白鯨城からのものではありませんね」
エルゲイツは岩の転がった方向から攻撃地点を推測した。
「……海?」
エルゲイツが目を凝らすと、遠い海の上に微かに赤い光が見える。
「まさか……!」
驚愕するエルゲイツの耳に、再び風を切る音が聞こえた。
続いて爆発音が夜空に響き渡る。再び巨大な炎の柱が周囲を赤く染め上げた。
「海です! 海から攻撃を受けています!」
「馬鹿な。誰がどうやって海から……」
エルゲイツの言葉を聞き、ノエルが固まる。
「……ダルフェニア軍です。おそらく船から投石機で攻撃しているのでしょう」
「船から投石機だと? そんなことは不可能だ!」
ノエルは声を荒げる。カザラス軍艦にも投石機を載せようとしたことはあったが、ゆらゆらと動く海面からの攻撃は正確とは程遠い。そのうえ投石機の反動で船が壊れたり横転したこともあり、投石機を載せることは諦めていたのだ。
「ダルフェニア軍に常識は通用しませんな。困ったものです」
エルゲイツの言葉を遮るかのように、頭上を大きな石がかすめる。石は並んでいる救命騎士たちのすぐ近くに着弾した。右往左往する兵士たちの中で救命騎士たちは微動だにせず、まるで時が止まっているかのように見える。
(確かに奴らは遠くからでも目立つな)
エルゲイツは整列する救命騎士たちを見て思った。
「気を付けろ! 救命騎士を狙っているぞ!」
「き、気を付けろと言われましても……」
ノエルに言われ、救命騎士を制御するラーベル教の神官たちが顔を見合わせる。気を付けたところで、高速で飛んでくる岩が防げるはずもない。
「後方に下げろ! 投石機の届かない範囲まで!」
「は、はっ!」
ノエルの指示に神官たちは敬礼を返す。すぐに救命騎士たちは向きを変えると、混乱する兵士たちの中を後退して行った。
「う、うわぁっ!」
救命騎士に押し倒された兵士が悲鳴を上げる。だが救命騎士たちは何の注意も払わず、その身体の上に歩を進めた。肉の潰れる音と骨の砕ける音があちこちから聞こえてきた。
「こ、こいつらやっぱりおかしい!」
救命騎士の強さから彼らを受け入れていたカザラス兵たちだったが、味方を躊躇なく踏む姿を見て恐怖が沸き起こっていた。
「黙って進路を空けろ! 斬り捨ててもいいのだぞ!」
ノエルは騒ぐ兵士たちに冷酷に告げる。
「ノエル殿、残った投石機も移動させてください。あんな炎に照らされていては格好の的です。分散して配置し、洋上のダルフェニア軍を攻撃しましょう」
そんな中、エルゲイツは冷静にノエルに進言する。
「そ、そうか。よ、よし、移動だ!」
ノエルは素直にエルゲイツの進言に従った。
(やれやれ、素人はこれだから……ですが問題は……)
エルゲイツは顔を横に向ける。その視線の先にあるのは白鯨城だった。
「て、敵軍! 打って出てきたぞ!」
兵士の悲鳴のような声が聞こえてくる。混乱するカザラス軍に向かって、白鯨城から新田家の兵士たちが雄たけびを上げながら出て来るのが見えた。
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