制圧(出月)
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その砦は海岸沿いに存在する林の中にひっそりと作られていた。夜空の月や星の光を反射して煌めく海。沖には巨大な一隻の軍艦が停泊している。
林を切り開いて作られたその砦は、切り倒した丸太を利用して作ったであろう防壁で囲まれている。その中ではいくつかの篝火が焚かれ、砦内を弱々しく照らしていた。
周囲には村落は存在しない。一番近い集落でも歩いて数日はかかるだろう。
人目を避けるように建てられたその砦はカザラス軍のものだった。浜には小船が数隻置かれており、船から来たであろう兵士たちと駐留していた兵士たちが何やら話をしていた。
「遅いぞ! 俺たちを飢え死にさせる気か!」
駐留兵は怒声を上げる。
「仕方ないだろう。本国でも食糧は不足しているうえに、海は不慣れでここに来るのも大変なんだ」
沖に停泊している船の艦長がうんざりといった様子で言った。
「じゃあこんな辺境に俺たちを送り込むなよ! 林には人間よりもデカイ虫だっているんだぞ! そいつに何人殺されたことか……!」
駐留兵は顔を歪めた。その顔は日に焼け、やせ細っている。その顔が彼らがおかれている過酷な状況を示していた。
「間もなくの辛抱だ。もうすぐ……」
そこで艦長の言葉が止まる。その視線は空に向き、呆気にとられた表情をしていた。
「どうした?」
「い、いや、疲れているのだろうな。空を飛んでいるフクロウが服を着ているように見えて……」
「そんなわけわかんないことを言って、話をごまかそうとしているんだろ!?」
「ち、ちがう! 本当にそう見えたんだ!」
兵士たちは今にも掴み合いになりそうな雰囲気だった。
「ホッホッー! フクロウではありませんぞ!」
その時、頭上から声が聞こえた。
「は?」
兵士たちが空を見上げる。そこにはタキシードのようなものを着た大きなフクロウがホバリングしていた。
「わたくしはジェントアウルのセバスチャンと申します。どうぞお見知りおきを」
セバスチャンは空中で器用にお辞儀をして見せる。
「な、何者だ!?」
驚きと困惑の表情で兵士たちはセバスチャンを見上げていた。
「はて? 自己紹介はただいま終えたばかりですが」
「怪しい奴だ! ここで何をしている!?」
「怪しいと申されましても……それと何をしているかは申し上げられませんな。大事な任務ゆえ、ご容赦いただきたい。それでは」
セバスチャンはパタパタと上空に飛び上がると、円を描くように旋回を始めた。その様子を兵士たちは怪訝な表情で見ている。
「あれは放っておいていいのか?」
「構わんだろう。まさか敵の斥候というわけでも……」
兵士たちは戸惑いつつ顔を見合わせる。
その時、砦の門が音を立てて倒れた。
「なっ!?」
カザラス兵たちは驚く。
そして倒れた門を乗り越え、馬に乗った女サムライたちが雪崩れ込んできた。その後ろには槍を構えた草薙兵たちが続く。
カザラス兵たちは砦の存在は気付かれていないと思っており、ほとんど警戒をしていなかった。そのうえ言い合いやジェントアウルの登場で、わずかに残っていた警備の兵も集まってしまっていた。そのため接近する草薙兵たちに気付かなかったのだ。
もちろんそれは意図的に引き起こされたことだ。空から偵察して砦を発見したセバスチャンは、上空を旋回することで攻撃の合図を出した。もっとも、挨拶までして敵の気をひいたのはセバスチャンが勝手にしたことだったが。
「アタシたちの土地を占拠して、無事に済むと思わないでよね!」
少し硬い表情でフウカが叫ぶ。だがその腕前は確かで、カザラス兵が構える槍を弾き飛ばしていた。
「み、みなさん! 抵抗はその辺にして、降伏してください!」
アデルが大声でカザラス兵たちに投降を呼びかける。入り口の門が倒れたのはアデルが門を切断したからだった。
「この程度ならあたしらだけでも楽勝だったね」
アデルの後についたフレデリカが退屈そうに言う。他にもイルアーナたちがアデルに続いていた。
ユキヒコからカザラス軍のことを聞き出したアデルたちは、草薙家の兵士とともにカザラス軍の討伐へとやってきたのだ。
奇襲を受けたうえにもとから弱っていたカザラス兵はろくに抵抗もできない。すぐにその大半が捕縛された。
「くっ! て、撤退だ!」
カザラス軍艦の艦長と数人のカザラス兵が慌てて小船に乗り込み、海へと漕ぎ出す。そして懸命にオールを漕ぎ、停泊している軍艦へと逃げていった。
「はぁ、はぁ……よし、ここまでくれば……」
逃げ出した艦長は停泊していた軍艦まで辿り着くと、安堵の表情を浮かべた。小船は軍艦の脇につく。そこには甲板から降ろされた縄梯子があった。
「急いで出港の準備だ!」
縄梯子を上りながら艦長が叫ぶ。
「遅かったな」
その時、甲板からにゅっと顔を出したものが声をかけた。人間ではない。ロブスターのような顔をしたシーパラディンだった。オクロス号とイルヴァの船も近くまで来ており、軍艦はすでにシーパラディンやエラニアらによって制圧されていたのだ。
「ひ、ひぃっ!」
悲鳴の後、大きな水音が上がる。それはシーパラディンに驚いた艦長が海へと落ちた音だった。
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