本当の王(金麗城)
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挨拶を終えたあと、アデルたちは広間へと通された。床には畳が敷かれ、奥座は一段高くなっており、そこがカオリたちの席のようだ。マサトラと会談した部屋に似ているが、二回りほどこちらのほうが広い。豪華な造りは市ケ谷家の隆盛を物語っていた。
新田家の時と違い、アデルとその同行者たちは部屋の真ん中に座らされる。そして部屋の両脇に女サムライたちが並び、目を光らせていた。
「なるほどね」
アデルの話を聞き、カオリが笑みを浮かべた。
「つまり、当家と友好関係を築きつつ、カザラス帝国と戦うために共闘したい……そういうことですのね?」
「そ、そうですね」
話し下手なアデルは要点が伝わったことでほっとしていた。
「それで……こちらに何のメリットがあるのかしら?」
「え?」
カオリに問われ、アデルは固まる。
「見ての通り、我が市ケ谷家は女帝たるこのわたくしによって繫栄を極めておりますわ。男たちが攻めてきたところで返り討ちにするのみ。それにカザラス帝国は現在、我らが敵である新田家と戦っている。我々がカザラス帝国と戦うのは、新田家を助けるようなものではありませんか」
「そ、そう言われるとそうなんですけど……」
アデルはあたふたと口ごもるばかりだった。
「も、もっと広い視野で見ていただきたいなと……」
「あら。わたくしの視野が狭いと?」
アデルの一言にカオリの表情が険しくなる。
「そ、そういうことではないんですけど! な、なんと言いますか……」
アデルは慌てるが、フォローの言葉が出て来なかった。
「市ケ谷家はイズミでもっとも由緒正しい家です。その優秀さは誰もが認めるはず。我々は最も大きな勢力を誇り、多くの豪族が我々に付き従ってきました。戦で従わせるなど野蛮な者のすることです。もちろんこちらの寛容さを理解できず、牙をむいてくるような獣たちには力でおしおきをさせていただきますけどね。野蛮な男たちが勝手に戦って滅び、こちらに手を出して来るようであれば、その時は女に逆らう愚かさを思い知らせて差し上げます。あなた方の手助けなどなくともね」
カオリは勝ち誇った表情で話す。
「お待ちください」
そこにアデルの後ろの方から声が上がった。
「少々、発言してもよろしいでしょうか」
「カズハさん……」
アデルが振り向くと、カズハが手を上げていた。
「よろしくてよ」
カオリが発言を許可する。
「私はカズハ……元は草薙家の跡継ぎでしたが、いまは訳あってイズミを離れました」
「へぇ、草薙家の……」
カオリが興味深げにカズハを見る。
「そういえば……どことなく先代の面影があるわ」
カオリの傍らにいたマイコが呟く。どうやらカズハの母親と面識があるようだった。
「草薙家はいまや『女王』とやらが支配なさっているみたいね。その『女王』の統治になってからは平和主義になったようで、こちらとも争いになっていないわ。統治者としては草薙家よりも『女王』のほうが優れているのかもね」
カオリが挑発するように話す。しかしカズハは表情を変えなかった。
「そうですか。それは幸いです。いまさら草薙家のことをどうこう言うつもりはありません。ただ私が申し上げたいのは……さきほどアデル様が指摘なさった通り、カオリ様は視野が狭いのではないでしょうか?」
「あら」
香織が驚く。しかしすぐさま怒りの表情とはならなかった。
「正直申し上げて、いまの大陸は野蛮で理不尽だと思います。イズミと違い、地続きで様々な国が存亡をかけて争っているのです。それも仕方のないことだと思います。しかしそんな中でも節度を守り、理想を掲げ、人々を導く方々がいらっしゃいます。その先頭に立っているのがアデル様です」
「えっ?」
アデルは驚きつつ、褒められたことに照れた。
「市ケ谷家は由緒正しい名門。これまでの安定した治世は間違いなく市ケ谷家の皆様の手腕によるものでしょう。しかし皆さまは外の世界をほとんどご存じないはずです。それにも関わらず、『手を結ぶ価値が無い』と断じてしまうのは狭量なのではないでしょうか。せめて外の世界を学んだうえで、それでも自分たちの方が優れていると判断なさるのであれば納得できるのですが……」
「わたくしがあなたを納得させないといけなくて?」
カオリが嘲笑うようにカズハを見つめる。
「もちろんそんなことはありません。ただカオリ様のおっしゃる通り市ケ谷家の皆さまが優秀なのであれば、私ごときを納得させるのは簡単なことではありませんか?」
「ふふっ、言うわね」
カオリは余裕の表情を崩さなかった。
「外の世界を学ぶまでもないけれど……でも学んでほしいというのであれば、寛容なわたくしは受け入れてもよろしくてよ」
「え? ほ、ほんとですか?」
カオリの言葉を聞いてアデルが喜ぶ。
「だけど……こちらに頼みごとをするのであれば、そちらにも誠意を見せて欲しいわ」
「誠意? 見返りを用意するってことですか……?」
「いいえ。そちらの本当の『王』が誰なのか……そろそろ教えていただけるかしら?」
「え?」
その要求にアデルは困惑した。
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