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捕虜奪還

 日が暮れるのを待ち、アデルたちは作戦を決行した。しばらく前までは近くに置かれた物資集積地から前線に食料等を運ぶ馬車が行き来していたが、今は仕事を終えた馬たちは休んでおり、人間たちは酒をあおっていた。何せ敵は森に閉じこもっているうえに大勢の兵に囲まれている。さらに敵との間には本隊が布陣し、ここはその後方だ。万が一にも襲撃などされるわけがない……ここにいるカザラス兵はだれもがそう思っていた。


 まばらに置かれたかがり火が薄暗く辺りを照らしている。ダークエルフが捕らわれている牢の周りには数人の衛兵が立っていた。集積された物資や馬車、彼らの野営するテントの周囲にも衛兵が立っている。他には武器を置いているものの、焚火を囲んで酒を飲みながら談笑している者も大勢いた。


「警戒態勢にある兵は三十人くらいかねぇ。ただそれ以外にも同じくらいの人数が焚火の周りで騒いでる。厄介だねぇ」


 暗闇から敵陣を見ながらフレデリカがつぶやいた。


「警備の兵はだいたい一人で立っていますね……これなら弓だけでもけっこう倒せるかもしれません」


 アデルは弓を手にして言った。


「馬鹿かい。外したら気付かれちまうだろ? 接近して心臓なり首なりを一突きしな」


「え? そ、そうですか……?」


 フレデリカの言葉にアデルは戸惑った。


「フレデリカ、アデルを信じろ。こいつの弓の腕は確かだ」


 そんなフレデリカにイルアーナが声をかける。


「本当かい? 頼むよ、あんたが矢を外して危なくなるのは接近するあたしらなんだからね」


「いざとなれば我もイルアーナとともに参戦するから大船に乗ったつもりでいろ」


 ピーコが不敵な笑みを浮かべる。ポチはその隣でぼーっとしていた。


(イルアーナの正体はわかったけど、このおチビちゃん二人はなんなんだろうね……)


 フレデリカは横目でポチとピーコを見ながら思った。




「おー、みんなやってるね」


 焚火の周りで飲んだくれている兵士たちにフレデリカは近づき、声をかけた。


「お、なんだ姉ちゃん。こんなところまで商売に来たのかい?」


 一人の兵士がいやらしい目でフレデリカを舐めまわすように視線を這わせた。


「商売女じゃないよ。あたしを知らないのかい? 泣く子も黙る”千”のサウザンドフレデリカだよ?」


「え? あ、あのレッドスコーピオ自由騎士団の!?」


 その兵士は手にもっていた器の酒をこぼすほど驚いた。


「ああ。せっかくだからあたしらもダークエルフを殺してみたくてね。どんな斬り心地なのか、楽しみだよ」


「レ、レッドスコーピオ自由騎士団が援軍に? こりゃ百人力だ!」


 大陸最強の傭兵団が参戦すると聞き、兵士たちが盛り上がった。


「騒ぐんじゃないよ。人が来たら分け前が減っちまうだろう? 前祝いで酒を持ってきたんだ。上物だよ」


 フレデリカの部下たちが酒樽を焚火の脇に運ぶ。アデルたちの乗ってきた馬車は元々イーノス商会という商隊のもので、この酒は積み荷として載っていたものだ。しかし襲撃を受けた際に毒矢が刺さってしまい、売ることも飲むこともためらわれたため、そのまま載せっ放しにしていた。それをいま運んできているのだ。


「うぉう、こいつはありがてぇ!」


 カザラス兵たちが酒樽に群がる。フレデリカたちはその輪から一歩引くと、短剣に手をかけた。


(周りの警備兵は大丈夫なんだろうね、アデル……)


 明るい焚火の周りにいるフレデリカからは暗闇の中に立っているであろう警備兵の姿は見えない。フレデリカはやけくそ気味に部下に目で合図を出すと、目の前にいるカザラス兵の背後からその喉を搔っ切った。同時にあちらこちらで盛大に血しぶきが上がる。


「なっ! いったい……」


 自分の周囲の異変に気付いたカザラス兵も、ろくに声を発する間もなく、すぐにフレデリカの部下が処理をする。数秒のうちに焚火の周りのカザラス兵たちは全員、地面に横たわっていた。


「よし、暗闇に紛れて残りもやるよ」


「へい!」


 血を拭いながらフレデリカが部下に号令をかける。その時、近くに設置されたテントからカザラス兵が顔を出した。フレデリカたちに緊張が走る。


「あれをるよ!」


 フレデリカが短剣を手に駆け出す。しかしカザラス兵までは若干の距離があった。


「おい、何を騒いで……」


 まだ状況が理解できていないカザラス兵は疑問を口にしようとしたが、それは一生叶わなかった。口を開いた瞬間、眉間に矢が深々と刺さったからだ。


「……!」


 フレデリカは驚いて振り返る。しかしその矢を放った主は見えない。当然だ。カザラス兵たちからも見えないように、数十メートル先の暗闇の中にいるのだから。


(この威力、速さ、精密さ……あいつ、剣士じゃなかったのかい……!?)


 フレデリカは背筋が凍った。


(それに一瞬たりとも敵を殺すのに迷わなかった……こんな化け物とあたしは戦ったのか……)




 数分後、周囲のカザラス兵を一掃したアデルたちは捕らわれていたダークエルフを解放した。


「なんだ、貴様らは何者だ!?」


 突如、現れた謎の人間たちをダークエルフの青年、ギディアムは警戒した。その肩には包帯が巻かれ、赤い血が滲んでいる。他のダークエルフたちもどこかしら負傷していた。


「ギディアム兄さん!」


 そこへ顔を露わにしたイルアーナが来た。


「まさか……イルアーナか!?」


 イルアーナの呼びかけにギディアムは驚いていた。


「あの……ご兄妹で?」


 横にいたアデルがイルアーナに問いかける。


「ああ。私の兄だ」


 イルアーナの目は涙ぐんでいた。


(この方がお兄さん……いや、もしかするとお義兄さん……)


 アデルはギディアムを見つめた。吊り目の怖い顔はどことなくイルアーナの父親、マザーウッド族長のジェランに似ている。兄妹ということは父親も同じなのであろうか。


名前:ギディアム・プリムウッド

所属:絶望の森

指揮 87

武力 90

智謀 72

内政 78

魔力 95


(能力値も、武力と魔力が高いジェランさんタイプだな……)


 アデルはギディアムを見て思った。


「この人間たちは?」


 ギディアムが鋭い目でアデルたちを見る。


「私の仲間です。皆、頼りになります」


 ギディアムの傷の具合を見ながらイルアーナが言った。


「人間が……仲間だと……」


 イルアーナの言葉を聞いてもギディアムのアデルたちを見る目は変わらなかった。


「それよりも、プリムウッドの状況は?」


「……良くない。人間どもはプリムウッドの里まであとわずかのところまで森を焼き払っている。もってあと数日であろうな」


 ギディアムは忌々し気に吐き捨てた。


「どうせ死ぬなら森で死にたい……」


「そうだ! 最後までダークエルフの恐ろしさを見せつけてやりましょう、ギディアム様!」


 他のダークエルフたちがギディアムに向かって言う。


「馬鹿言うんじゃないよ、怪我人なんて足手まといにしかならないよ」


 フレデリカがそのダークエルフたちにピシャリと言った。


「な、なんだと!」


 怒って言い返そうとするダークエルフをギディアムが手で制する。その際、肩の傷が痛んだのか少し顔をしかめた。


「人間よ、お前たちには感謝せねばならん。だが、生き延びたところで恥をさらすだけだ。この牢から焼かれる森を見続けて、どれだけ生きて敵に掴まったことを後悔したことか……今後こそ腕がもげようが首を斬られようが、命がある限り抵抗し続ける」


 ギディアムは悔しさと怒りを込めて唇をかみしめた。


「ギディアム兄さん……」


 イルアーナは説得する言葉が見つからず、ただ俯いた。


(みんなには生きて逃げて欲しい……だが、森を捨てる事はダークエルフにとって死ぬことと同じ……)


 同じダークエルフであるからこそ、イルアーナは兄の覚悟を受け止めるしかなかった。


 しかし……


「ダークエルフとは高貴で優秀な種族かと思っていましたが、どうやらプリムウッド族の皆さんは違うようですね」


 ギディアムの覚悟を一蹴したのはアデルであった。


「なんだと貴様……!」


 睨むギディアムに一瞬、たじろぎながらもアデルは言葉を続けた。


「だ、だってそうでしょ? 人間に負けたまま他で生きていくのが嫌だから死ぬなんて……プライドのない無能じゃないですか。僕はマザーウッドの族長、ジェランさんと決闘しました。ジェランさんは潔く負けを認め、一族にとってどうするのが最善か、よく考えていらっしゃいましたよ」


 ジェランはなかなか負けを認めず二回も決闘をやり直した上に、人間との共存を望まないダークエルフが決闘後にアデルを襲ったりしたのだが、そこは黙っていた。


「伝承に聞く人間の英雄はいつも強大な敵に襲われ国を追われてしまいますが、仲間とともに戦いを続け祖国を奪還し、ついには敵を打ち滅ぼします。『サンダーエンブレム』も『伝説のオークバトル』も『スケイルアーマー』もみんなそうです……『スケイルアーマー』は開始国に王子の国を選択した場合ですが」


 日本にいたころ熱中したファンタジーシミュレーションゲームのことをアデルは熱く語った。


「あなた方が大人しく死んだところで、敵は喜ぶだけです。しかしあなた方が生き残れば相手はもう安心して眠れる日なんて来ません。なんせ、優秀なダークエルフ族がどこかで命を狙っているかもしれないんですから……」


 アデルの説得にギディアムは考え込んだ。


「……確かにそうかもしれん。だが相手は強大なカザラス帝国だ。逃げ延びたところで、勝つ算段などあるまい」


 ギディアムの言葉にアデルの勢いが止まる。


「た、確かにそ……」


「その心配はいりません」


 アデルの言葉を遮ってイルアーナが言った。


「このアデルは一騎当千の強者であるうえに王の器を持っています。人間と異種族を取りまとめ、必ずやカザラス帝国に打ち勝つでしょう。ここ一か月ほどですでにマザーウッド族、風竜王、白竜王、ハーピー、ムラビットと協力関係を築いた上に、人間最強の傭兵集団であるレッドスコーピオ自由騎士団を従えています」


「なっ、なにっ!?」


 ギディアムがイルアーナの言葉に驚愕した。


「竜王だって? あんたらそんなのと知り合いなのかい」


 フレデリカも一緒になって驚愕している。


「え、ええ。まあ……」


 アデルは作り笑いを浮かべた。敵の物資から保存食を漁っているのが風竜王で、焚火の前で眠そうにしてるのが白竜王とは言い出しにくかった……

お読みいただきありがとうございました。

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