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正体

 六台の馬車が街道の傍らに停まっていた。周囲にはまばらに木が生えている。春の暖かな日差しが心地よく降り注ぎ、昼食作りに用いた焚火の周りでくつろぐ人々を照らしていた。その多くは武装した男たちだ。柄が悪く、他人から見れば盗賊団と間違われてもおかしくない。剣、槍、斧、弓など、それぞれの得意な獲物で武装している。


「本当にあのがきんちょどもに付いて行くんで?」


 男たちの一人が近くに座っていた赤毛の美女――”千”のサウザンドフレデリカに尋ねる。男たちは大陸最強の傭兵団と評判のレッドスコーピオ自由騎士団の団員であり、歴史上最強の女剣士と噂されるフレデリカはその団長であった。


「文句でもあるのかい?」


 フレデリカは木にもたれかかり、気だるそうに答えた。


「い、いえ! そういうわけではねぇんですが……」


「あたしらはあの坊やたちに恩があるんだよ。それを返さないとしゃくじゃないか」


 レッドスコーピオ自由騎士団は先日、皇女ヒルデガルドの暗殺を試み失敗していた。しかも口封じのために毒を盛られており、レッドスコーピオ自由騎士団の団員は死にかけた。もしそこで死ななかったとしても、皇女暗殺の罪で死刑は免れなかったはずだ。そのどちらからも救ったのは、彼らがいま同行している相手であった。


「それにあの腕前だ。絶対、儲け話が転がり込むに決まってる。あの皇太子殿下――ラーゲンハルトも相当、雇いたがっていたしね。あの坊や、どうやら自分で国を立ち上げるつもりみたいだよ。面白そうじゃないか」


 フレデリカはにやりと笑った。


「国を? そんなことできるんですかい?」


「さあね。まあ、危なかったり儲からなかったりしたらズラかるよ。あたしが『忠誠を尽くす』なんてタマじゃないことは知ってるだろ? だけどあいつらが何をするつもりか具体的に知っておかないと。またあの坊やと戦うなんてことは御免被りたいからね」


 フレデリカは少し離れたところで談笑する四人組を見つめながら言った。少年が一人、包帯とフード付きのローブで肌を完全に隠した女性が一人、そして子供にしか見えない少女が二人。ただでさえ旅をするには奇妙な構成だが、レッドスコーピオ自由騎士団と一緒に居るとよりその異質さが際立った。


「わっ、わっ! み、見てください、イルアーナさん! 数えたら金貨二百枚入っていました!」


 フレデリカに見つめられていることなど露知らず、その少年――アデルは前の町で受け取った金貨の入った袋の中身を見てあたふたしていた。


「冒険者ギルドが皇太子の密談の場に間諜を潜ませた詫びの金だ。色を付けて渡したのだろうな。いや、最初からもっと払うつもりだったのであろう。あの場でお前が金貨百枚で興奮していなかったら、ラーゲンハルトはその程度で済まさなかっただろうからな」


 包帯とローブで肌を完全に隠した女性――イルアーナが小さくため息をついた。


「……それってすごい金額なの?」


 「ケルベこ」と言う名の木彫りの置物と見つめ合っていた少女――ポチが尋ねる。見た目の年齢は十歳を少し過ぎたくらいにしか見えない。長い白髪をツインテールにまとめ、その目はいつも眠そうに半分閉じている。しかしこれは人間に変身した仮の姿であり、その正体は白竜王と呼ばれる生と死を司るドラゴンの王の一匹であった。


「もちろんだよ! これだけあったら……え~と……う~んと……ク、クッキーがお腹いっぱい食べられるよ!」


 これと言って高価な物の例えが思いつかなかったアデルは、子供の頃のごちそうであったクッキーを思い出した。


「な、なんじゃと!? あのクッキーが腹いっぱいじゃと!?」


 同じく「ケルベこ」で遊んでいたもう一人の少女――ピーコが驚いて顔を上げた。年の頃はポチと同じくらい。茶と金の間くらいの色をした長髪に、やや吊り目。その瞳は好奇心で輝いている。彼女もまた人間に変身した仮の姿であり、その正体は風竜王と呼ばれる空の王者であった。いまはアデルたちの友達となっており、一緒に旅をしている。


 そしてポチとピーコはアデルに向かって手を差し出した。


「え?」


 アデルは困惑する。


「私にもちょうだい」


「我にもじゃ」


「そ、そう……だね」


(確かにポチとピーコもこの前は活躍したからなぁ……)


 アデルは二人にどれくらい渡すべきか悩んだ。するとイルアーナが横から手を伸ばしアデルの手から袋を取ると、中身を取り出し二人の手のひらに金貨を一枚づつ置いた。


「ふ~ん……」


「こんなものとクッキーを交換するとは……人間は変わってるな」


 ポチとピーコは金貨をしげしげと見つめた。


「もっと必要だったら相談しろ」


 イルアーナが二人に言った。


(さすがイルアーナさん、仕切りがすごい……)


 アデルが感心していると、アデルの手にも金貨が一枚置かれた。


「え? これは?」


「お前ももっと必要だったら相談しろ」


 そう言ってイルアーナは金貨の入った袋を懐にしまった。


(確かにイルアーナさんが管理してくれた方が安心だけど……結婚したサラリーマンってきっとこんな感じなんだろうな……)


 金貨の袋の重さの余韻を感じながら、アデルは金貨一枚を握りしめた。とはいえ、一文無しだったアデルは今までの旅費等をすべてイルアーナに出してもらっていたこともあり、文句は言えなかった。


「ねえ、坊や」


 そこにフレデリカがやって来てアデルに話しかける。


「それであたしたちはこれから何をするんだい?」


「えっと……ほ、本当に付いてくる気で……?」


 レッドスコーピオ自由騎士団はアデルたちが雇ったわけではない。フレデリカが勝手に付いてきているだけなのだ。


「報酬は仕事のたびに出来高でいいよ。その代わり、割高にするけどね」


「は、はぁ……」


 どうしたものかアデルは思案を巡らせる。


「せっかく命が助かったのだ。生半可な覚悟で首を突っ込むな」


 イルアーナが冷たい表情で言う。


「ふ~ん……やっぱり嫌かい? アデルのそばにあたしみたいな美人がいたら」


「なっ、何を言っている!」


 フレデリカの言葉にイルアーナは顔を赤くした。当初、フレデリカはイルアーナがアデルたちのリーダーだと思っていたが、イルアーナは常にアデルの考えを尊重していた。そしてその理由はイルアーナがアデルに惚れているからだと考えた。


(わかりやすいねぇ……)


 フレデリカは余裕の笑みを浮かべた。


「……わかった、そんなに我々の目的が知りたいなら教えてやろう」


 少し怒りのこもった声でつぶやくと、イルアーナはフードを脱ぎ、顔の包帯に手をかけた。


「イ、イルアーナさん! それは……」


 アデルが制止しようとする。しかしイルアーナは構わずに顔の包帯を外してしまった。夜空に流れる流星のような美しい銀髪が解放され、宙にキラキラと光を放つ。


「これで満足か?」


 包帯とローブに隠されていたイルアーナの美しい顔が露わになった。彼女の肌は暗い褐色で、耳は長くとがっている。彼女は人間から邪悪な存在と言われているダークエルフであった。


「ダークエルフだったのかい……!」


 さすがのフレデリカも驚きを隠せなかった。その背後でレッドスコーピオ自由騎士団の男たちもどよめく。


「我々はこれから絶望の森へ行き、そこに住むダークエルフたちと会うのだ。わかったか?」


 イルアーナがほんのわずかに微笑しながら勝ち誇ったようにフレデリカに言った。


「なるほどね、よくわかった……でも今さら、遅いよ。もうあそこのダークエルフの拠点は陥落寸前って話さ」


「なに? あの森の状況を知っているのか?」


 フレデリカの言葉に、今度はイルアーナが驚く番であった。


「当然さ。あそこはガスパーの兵三千人とエルフの連合軍が森を包囲して焼き討ちを仕掛けてる。なんならもう終わってるかもしれないよ」


 フレデリカから聞いた情報に、イルアーナの顔が青ざめた。


お読みいただきありがとうございました。

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