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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第十四章 真相の章

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相続(プローグ)

 風には潮の香りが混ざっている。美しい石造りの建物が立ち並ぶ丘。その眼下には青い海が広がっていた。海岸には港があり、それを囲む強固な防壁が丘の周りまで広がっていた。港には巨大な船が何艘か浮かんでいる。


 ここはプローグ。ラングール共和国のセラマルク公爵家が統治する町だ。沖合ではセラマルク家の権力を象徴するかのように、巨大なジラークが悠然と海を泳いでいる。このジラークを飼いならし船を引かせることで、セラマルク家は海上交易を独占していた。


 プローグの丘の頂上に立つ大きな屋敷、そこにセラマルク家の人々が居住していた。堅牢な城が築かれていないのは陸戦を想定していないからだ。海こそが天然で最強の防壁とラングールの人々は信じてきた。一時期カザラス軍が本土に上陸したことがあるが、ダルフェニア軍の協力もあって撃退に成功していた。


「ルンルンルン……」


 そのセラマルク家の中から鼻歌が聞こえてくる。美しい声の持ち主は”金色”のイルヴァ・セラマルクだ。元々は奴隷であったが、ラングール六公爵家の一人エイリク・セラマルクに見染められ正妻の座に就いた。


 セラマルク家はそれまで六公爵家でもっとも勢力が弱かった。だがイルヴァの才覚により急激に発展した。神竜王国ダルフェニアと友好関係を築いていることもあり、いまではラングール共和国内でもっとも発言力のある公爵家となっている。


「……これがいいかしら」


 イルヴァは多くの服が並ぶドレッサーから一着の服を取り出し、鏡の前に立った。ベアトップのワンピースを体に重ねる。胸元から上がむき出しになるそのデザインは、かなり露出度が高いものだった。


「殿方は喜ぶでしょうけど……アデル様には少し刺激が強いかしら」


 イルヴァは小首をかしげると、他の服を選び始める。


 その時、甲高いベルの音が屋敷内に鳴り響いた。


「はい!」


 イルヴァは返事をすると、部屋を出る。向かった先は夫であるエイリクの部屋だった。


「どうされましたか?」


 イルヴァはそう尋ねながらエイリクの部屋に入る。わずかな悪臭が鼻を突いた。


「おお、イルヴァ……」


 部屋の中には大きなベッドが置かれており、エイリクはそこに横たわっていた。窓は開かれ、カーテンが揺れている。ベッドの傍らには人を呼ぶためのベルが置かれていた。さきほどイルヴァを呼ぶのに使ったものだ。そして少し距離を置いてイルヴァの腹心であるエラニアが立っていた。


 エラニアもイルヴァと同様に奴隷出身だ。イルヴァに買われ、身の回りの雑事から護衛まで幅広い役目を担っている。また容姿も優れており、有力者への色仕掛けを任されることも多かった。


「随分と楽しそうだね……」


 弱々しい声でエイリクが尋ねる。エイリクは老齢であり、病気で寝たきりとなっていた。部屋に漂っているのは、染みついたエイリクの排泄物の匂いだ。今は枕を背中に挟み、上半身を少し持ち上げた状態でイルヴァと話している。


「ええ。アデル様にお呼ばれしておりますの。わたくしどもに協力をお求めですのよ」


 イルヴァは笑顔で答えた。


「そうか……しかしアデル王の勢いが続くとは限らない。肩入れしすぎるのは危険ではないか?」


 エイリクは少し顔をしかめる。


「心配はご無用です。先日もカザラス軍の大軍を退け、旧ハーヴィル領までも勢力下に納めました。もはや大陸の半分はアデル様の物と言っても過言ではありません」


「ふむ……ずいぶんとアデル王に入れあげているのだな」


 イルヴァが嬉しそうに話すのを、エイリクは寂しげに見つめた。


「そんな……私はただ、セラマルク家の利益のために動いているだけです。もちろんアデル様は素晴らしい方ですし、応援する気持ちもありますが」


「そうか……」


 イルヴァが首を振ると、エイリクは目を閉じた。


「……では、私は準備がありますので」


「あぁ、わかった……」


 イルヴァが部屋を出て行く。扉が閉まる音を聞き、エイリクは再び目を開けた。


「……エラニア」


「はい」


 名前を呼ばれ、エラニアはエイリクのベッドに近づく。


「……アデルを殺せ」


「は?」


 エイリクの言葉を聞き、エラニアは固まる。


「し、しかし、アデル様は一国の王です。警備も厳重ですし、私の色仕掛けも通じませんでした。暗殺は難しいかと……」


「アデルを殺せぬ時は、イルヴァを殺せ」


「なっ!?」


 戸惑うエラニアに、エイリクはさらに驚くべき命令を下した。


「私はイルヴァを愛している。あれが人のものになるくらいなら、殺したほうがマシだ」


 エイリクが静かに話すのを、エラニアは呆気にとられながら聞いた。


「お、お考えを改めていただくわけには……」


「……命令に逆らうつもりか?」


 躊躇うエラニアを、エイリクは非情な目で見つめる。奴隷であるエラニアが逆らうことなど許さないという意思が感じられた。


「……致し方ありません」


 エラニアは悲し気に目を伏せた。






「イルヴァ様!」


「どうしたのですか?」


 イルヴァの部屋にエラニアが駆け込んできた。


「エイリク様が……息を引き取られました」


「えっ!?」


 エラニアの報告にイルヴァは驚く。そしてエイリクの部屋へと駆けた。


 エイリクの部屋には先ほどよりも強い悪臭が漂っている。そしてベッドの上には青白い顔のエイリクが横たわっていた。


「エイリク様!」


 イルヴァはエイリクに駆け寄る。しかしエイリクは虚ろに目を見開いたまま、息をしていなかった。エイリクの傍らにはエイリクが背中に挟んでいた枕が置かれている。その枕の一カ所が唾液で汚れているのが見えた。


「……なぜです?」


 エイリクを見つめたままイルヴァが呟く。その目には涙が浮かんでいた。


「……エイリク様がアデル様を殺せと。それが無理であればイルヴァ様を殺すよう、ご命令を受けました」


 エラニアは俯きながら答える。エラニアは枕でエイリクの顔を覆い、窒息死させたのだ。


「そうですか。馬鹿な人……」


 イルヴァは涙をぬぐいながら言った。


「私を奴隷から解放してくださった方ですから恩義を感じていたのですけれど……やはりただの貴族でしたね」


 ひとつため息をつくと、イルヴァは気を取り直して立ち上がった。


「……使用人に命じて遺体を処理してください。病死ではないことが知れたら厄介です」


 見る者が見ればエイリクが窒息死したことはバレてしまう。そのためイルヴァは死体を処理し、エラニアの犯行を隠そうとしているのだった。


 その後、葬儀はイルヴァと使用人たちだけで行われた。そしてイルヴァは自分が家督を継ぐことを宣言する。イルヴァの影響力に文句を言えるものはおらず、セラマルク家はイルヴァのものとなったのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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