馴染み(スターティア エルゾ)
スターティアの人々が並んでラーベル教の神殿へと入って行く。アデルはその様子を愁いを帯びた表情で見つめていた。
「気にするな」
「え?」
アデルは声を掛けられて振りむく。そこにいたのはサラディオだった。
「こちらは彼らを救おうと手を尽くした。彼らがこのあとどうなろうと、それは彼らの自業自得だ」
「まあ、そうですよね……」
アデルは苦笑いした。
(甘いアデル王はもっと意気消沈するかと思ったが……意外と平気そうだな)
サラディオはそれを見て意外に思った。甘い性格のアデルは全ての人間を救おうとする理想主義者だと思っていたのだ。だがアデルは自分にそんなことが出来るとは思っていない。犠牲者の数は押さえたいとは思いつつ、自分の力でどうにもならないことに関しては諦めの気持ちもある。
(皆さんが死ぬと決まったわけでもないしな……)
アデルはそんな期待にすがった。
「アデル、援軍が到着したぞ」
イルアーナがアデルに近寄ってきて声をかける。数体のワイバーンに運ばれ、ロスルーから援軍がやってきたのだ。
「よし、攻撃を仕掛けよう」
それを聞いてサラディオが言った。
「ダ、ダメですよ! それよりもいつでも退却できるように準備を!」
「退却だと?」
アデルの言葉にサラディオが怪訝な表情になる。
「ええ。ラーベル教の方たちは……遠い距離を大勢が一瞬で移動できる魔法が使えるんです。もしかするととんでもない戦力を送り込んでくるかもしれません」
「なんだと……スターティアを捨てろというのか!?」
「戦力が足りなきゃしょうがないですよ……門を解放し、町の人もいつでも逃げられるようにしましょう。そうすればラーベル教の方たちもやりにくいでしょうし……」
「迎え撃てばいいだろう?」
「いや、征魔騎士みたいのが大勢来たらどうするんですか!」
「くっ……」
アデルに言われ、サラディオは顔を歪める。先ほど自身が全く歯が立たなかった相手の名を出されては反論しようがなかった。
「お前も王を名乗るつもりならば、アデルのように民を救う行動をしてみせろ」
イルアーナがサラディオに言う。
「もちろんだ。だがまずは民を守る国を作り、俺が王としての力を得なければ話にならん」
イルアーナを睨みながらサラディオは言った。
(サラディオさん貴族タイプか……まあ王様らしいと言えば王様らしい考え方なんだろうけど……この人を王様にしちゃって大丈夫なのかな……)
アデルはサラディオの言葉を聞いて少し不安になった。
「やれやれ、ここまで来れば安全だね。まったく、この年で遠出はつらいよ。なんであたしがこんなめに遭わなきゃいけないんだろうね! 私ら庶民はお偉いさん方の争いに巻き込まれてたまったもんじゃないよ!」
ギャーギャーとやかましい声が響く。場所はエルゾの近く。三台の馬車が青空の下を走っていた。
「そうだね、大変だね。でももう少しの我慢だよ」
それを優しく宥める男がいる。”黒装”ガーラント、黒鳥傭兵団を率いる紳士だ。
「言われなくてもわかってるよ! だけどそれを愚痴らずにはいられないってことだよ! しかもこんな苦労しても先行きは不安と来てる。あぁ、なんて私は不幸なんだろうね!」
ガーラントの妻、”喚鳥”テレーゼは喚き続ける。
彼らはノルデンハーツから離れ、ロスルーに向かっていた。国境はカザラス兵によって厳重な警戒が行われていたが、テレーゼは金を掴ませてその警戒を潜り抜けた。
ただし黒鳥傭兵団全員で移動しては目立ちすぎるし、何よりそれだけの戦力が通り過ぎるのを兵士が見逃してくれるわけもない。そのためほとんどの傭兵を解雇し、腕の立つ精鋭だけを同行させていた。
「しかし……我々の売りは数だったのに、これだけの人数で本当に雇ってもらえるかな」
ガーラントは不安げに呟く。
「あんたが言い出したんだよ! いまさら何言ってるのさ! それに腕利きなら雇ってもらえるだろうね。うちにはとびきりの新人が入ったしね!」
テレーゼは後の荷台を見た。
「おい!」
その時、ちょうど後の荷台から一人の中年が顔を出す。
「これはどこへ向かっているのだ? ラーベル教会のことがわかる場所へ連れて行ってくれるという話だが……」
「ああ、一番詳しい奴らのことへ向かってるよ! カザラス帝国と戦っているダルフェニアさ」
テレーゼはその男に返事をする。
「ダルフェニア? アデルのところか!?」
その男――ドレイクは顔を歪めた。
「まあ会えるかどうかわからないけどね! なにせ今や飛ぶ鳥を落とす勢いの王様だからね!」
「なんだい? なんかツテでもあるのかい?」
テレーザは尋ねる。
「まあ……古い馴染みだ」
ドレイクはバツが悪そうにそう答えた。
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