規則
個室を出たアデルたちはポチとピーコの待つテーブルへと向かった。
「儲かっちゃいましたね」
途中、アデルはラーゲンハルトからもらった金貨の入った袋の重さを確かめてニヤニヤしていた。
「あの間諜の男を見つけたのは我々だぞ」
イルアーナはため息をつきながらアデルに言った。
「……言われてみれば確かに」
元の席へ戻ると、エマとヴィレムも食事をしていた。食事を終えて眠くなったのか、ポチは机に腕を枕にして、ピーコは背もたれに体を預けて、それぞれ眠っていた。
「面倒を見ていただいてすいません、エマさん、ヴィレムさん」
アデルは頭をペコペコと下げながら近づいた。
「面倒だなんてそんな。かわいいから癒されましたよ」
ヴィレムはニコニコと愛想よく言った。
「見た目に騙されないように。この二人の子供とて何者かわからないわ」
エマは警戒するようにアデルたちを鋭い目で見ている。
「や、やだなぁ、ただの子供ですよ。あはは」
笑いでごまかしながらアデルはポチとピーコの肩を揺さぶった。
「うにゃ? なんじゃ、もう夕飯か?」
ピーコが起きて目をこする。
「……ん」
ポチはいつもぼーっとしているので、寝ぼけているのかどうなのかわからなかった。
「エマさん、ヴィレムさん、お世話になりました」
アデルは改めて頭を下げた。
「皇族からお誘いを受けたというのに結局断ったのですね。一体何が目的なのやら……」
エマの口調は疑っているというよりは呆れているといった感じだった。
「アデル君、こちらこそありがとう。本当なら僕がヒルデガルド様をお守りしないといけなかったのに……君がいなかったらヒルデガルド様がどうなっていたことか」
彼らの中ではもうデルガードはアデルという認識のようだ。ヴィレムは苦笑いのような自嘲のような笑みを浮かべた。
「……でも、今後は僕がヒルデガルド様を守るよ。”剣者”ルトガー様のご遺志を引き継いでね」
微笑みながらも決意のこもった瞳でヴィレムはアデルを見つめた。そしてアデルに手を差し出す。アデルは少し気圧されながら、その手を握った。
そして両者は別れを告げ、アデルたちは冒険者ギルドの外へと向かった。
「お待ちください、そこの方々!」
アデルたちが外へ出ようとしていると、一人の老人が声をかけてくる。それはギルド長のコンラートであった。大物の登場にアデルのみが強張る。
「は、はい!」
「お呼び止めして申し訳ありません。私は冒険者ギルドをまとめさせていただいているコンラートと申します」
コンラートはアデルに向かって頭を下げる。しかしなるべく視線を動かさないようにしながらアデルたちを隈なく観察した。
(ラーゲンハルトと交友があるような冒険者なら私が知っていないわけないが……一体、誰なのだ? まさか冒険者を騙っているのか?)
表情には出さず、コンラートはアデルたちを怪しんだ。
「失礼ですが、冒険者手帳を拝見しても?」
「え? あ、ちょっと待ってください……」
アデルは荷物をごそごそと漁り、手帳を取り出すとコンラートに手渡した。
「どれどれ……」
コンラートはブツブツと何かを呟きながらアデルの手帳を凝視している。
(何をそんなに見てるんだろう……?)
コンラートが見ているところに記入されているのは名前と異名と職業、それに受付した冒険者ギルドのスタンプが押されているだけだ。だがこのスタンプのインクにはマナが仕込まれており、本当に冒険者ギルドのものかどうかは多少の魔法の心得があればわかるようになっている。冒険者ギルドの登録印とクエスト完了印にはこのインクが使われていた。冒険者ギルドでは紛失防止とインクに含まれたマナの揮発を防ぐため、専用の箱に入れて厳重に管理している。コンラートはいまマナ感知の魔法を使ってスタンプが本物かどうか確かめたのである。
「ほほう、”黒騎士”デルガード様。ヴィーケンからおいでですか」
コンラートは手帳をペラペラとめくる。
「受けたクエストは一個だけ、ハーピー退治、クエスト未完……ラーゲンハルト様とはどういったご関係で?」
「いや、ロスルーでたまたまお会いして仕事を頼まれまして……」
「仕事? どういった?」
「え、え~と、その……」
アデルは答えに困った。暗殺の件は隠しておくことになっていたからだ。
「それはラーゲンハルトから直接依頼された仕事だ。ギルドには関係なかろう?」
イルアーナが横から会話を遮る。
「いやいや、それは困りますなぁ。冒険者として活動するのであればギルドを通していただかないと」
コンラートは眉間にしわを寄せる。途端にその体から威圧感が発せられた。多くの荒くれたちの頂点に立つ男の迫力であった。
「『商隊の護衛程度の仕事であれば直接やり取りしろ』我々が登録したカナンの冒険者ギルドではそう教わったが」
その迫力に押されるアデルとは対照的にイルアーナはまったく怯まず反論した。
「確かに安全な道しか通らない商隊の護衛であれば報酬が少額なことも多く、ギルドの各支店が横着して間を取り持たないこともありますが、規則では少額小さな仕事でも冒険者ギルドを通していただくのが決まりです」
「それではカナンのギルド員をよく指導することだな。我々は説明されていない」
「しかし規則違反は規則違反です」
コンラートとイルアーナは互いに譲らない。
「ちょっと待ちなよ」
すると横からフレデリカが参戦する。
「こいつらが仕事を受けたって、何を根拠に言ってるんだい? 手帳には書いてないんだろ?」
「いやいや、フレデリカ様。さきほどこちらのお二方が依頼を受けたと……」
「この二人はバカなだからね。言い方を間違えたのさ。友人のラーゲンハルトの個人的な頼みを『仕事』だの『依頼』だのと言い間違えたんだよ」
「ついさっきお聞きしたことが間違いだったと言われましても……」
「だ・か・ら! この二人を責めるなら証拠を出せって言ってるんだよ。なんならラーゲンハルト本人がそこにいるんだから、呼んできて事実確認すればいいだろ。あたしらはもう帰るからね」
そう言うとフレデリカはアデルたちに早く行くよう促した。
「なっ! ちょ、ちょっと!」
止めようとするコンラートをフレデリカは意に返さない。理屈などそっちのけで我を通すフレデリカならではのやり方であった。機転が利くラーゲンハルトなら話を聞かれても合わせてくれるかもしれないし、先ほどの個室の様子からしてコンラートはラーゲンハルトに高圧的には出れない。フレデリカにはそんな算段があった。
やがてコンラートはアデルたちを追求するのを諦め、ギルドを出ていくのを見送った。
「あんな感じで帰って大丈夫だったんでしょうか?」
外に出たアデルは不安げに言った。
「悪質な規則違反の場合は暗殺者が送り込まれるかもしれないね」
「あ、暗殺者!? だ、大丈夫なんですか!?」」
フレデリカの口から出た物騒な言葉にアデルは驚愕する。
「平気だよ。あたしら倒すのに何人暗殺者が必要だと思ってるんだい」
「そ、そういう問題じゃないんですけど……」
そしてアデルたちはフレデリカの部下と合流し、エルゾを後にしたのだった。
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