融合(ロスルー)
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一台の馬車が走っている。馬車には数人の男女が乗っていた。その馬車の行く先には、晴れ渡った空の下に広がるロスルーの町が見えた。
「あ、あれは……」
御者台に座っていた男が呟く。ロスルーの傍らには巨大な黒いドラゴンの姿があった。
「あれはデスドラゴンだな。話には聞いていたが、真の姿を見るのは初めてだ」
幌から顔を出した老人がそれを見て言った。
その老人はコンラートだ。冒険者たちを束ねる冒険者ギルド長である。
「もしもあんなものを倒してくれという依頼が来たら、冒険者たちはみな逃げ出してしまうでしょうね」
褐色の肌をした美女、オルティアが同じく幌の中で言った。”黒秘”オルティアは表向きはエルゾの冒険者ギルドの責任者だが、裏では諜報部門を率い特別なサービスを提供している。馬車に乗っている他のメンバ―のほとんどは彼女の配下の精鋭たちだった。
「いやなのよねぇ、ダルフェニアは。わたくしの魔力が霞んでしまうわ」
露出の高い魔法衣に肉感的な体を包んだ美女が呟く。”魔焦”カロリーネ、冒険者ギルド一の魔法使いだ。
コンラートたちはアデルに招かれ、ロスルーへと向かう途中だった。ロスルーの町に着き衛兵とやり取りをかわすと、町の門が開かれる。コンラートたちはロスルーの冒険者ギルド長とも合流し、ロスルー城へと向かった。
「ようこそおいでくださいました」
ロスルー城の入り口で赤毛の若い騎士がコンラートらを出迎える。ダルフェニア軍第一師団で将を務める若手騎士グリフィスだ。
「お出迎えありがとうございます」
馬車から降りたコンラートは深々と頭を下げる。グリフィスの先導でコンラートらは城の中へと足を踏み入れた。
(”赤狼”グリフィス・グレーバーンか。アデル王が一目置く若手の有望株らしいが……通常戦力の活躍しにくいダルフェニアでは芽が出にくいだろうな)
オルティアは先を歩くグリフィスの背中を見ながら情報を思い出す。現在友好関係にある神竜王国ダルフェニアでも、その主要人物たちのことは調査を行っていた。
そしてコンラートたちは応接間へと着いた。部屋に入るとアデルとイルアーナ、それにラーゲンハルトとポチがコンラートたちを待っていた。
「あ、どうもどうも」
アデルが立ち上がり、コンラートに頭を下げる。他の三人は椅子に掛けたままだ。
「これはこれはアデル様。お声がけを頂き光栄の極みです」
コンラートは膝まづき深々と頭を下げる。他の冒険者ギルドの面々もそれに倣った。
最初に出会ったときは一冒険者にすぎなかったアデルだが、いまや大陸を二分する戦力の一つを率いている王だ。コンラートらも最大限の敬意を見せなければならなかった。胸が大きく露出の高い衣服を着ているカロリーネの胸はダイナミックなことになっており、飛び出してもおかしくないことになっていた。
「あぁっ、そういうの大丈夫なんで!」
アデルは慌ててコンラートらに立ち上がるよう促す。カロリーネも立ち上がり、お胸の逃亡劇も無事に回避された。
「僕はもうちょっと挨拶して欲しかったな」
ラーゲンハルトがどこか残念そうに言う。
「さっさと片付けちゃおうよ」
ポチが眠そうな目で呟いた。
「そうだな。遠路来ていただいたところ悪いが、早速取りかかろう」
イルアーナが立ち上がりながら言う。
そしてアデルたちはコンラートらとともに部屋を出ると、ロスルー城の地下へと向かった。
そこは本来は牢屋として使われている一角だった。その牢の一つの中。中央に台が置かれ何かが乗せられていた。上からはシーツが被せられている。
「これなんです」
アデルはシーツを外して見せる。
「おぉ……」
コンラートたちの反応は様々だった。吐き気を催し顔を背ける者もいれば、興味津々に顔を近づける者もいる。
それは蜘蛛男の死体だった。ポチの力で死体の腐敗を遅らせているため、まだ新鮮な状態だ。
「皆さんにこの死体を解剖していただいて、気付いたことを教えてもらえたらなと」
アデルは少し青い顔をして言った。これから見ることになる凄惨な光景を想像してのことだ。
毒と薬に共通点があるように、暗殺と医術にも通じる部分がある。さらに拷問はいかに対象を殺さずに痛めつけるかが大事となる。冒険者ギルドもそういった知識の積み重ねから、人体に精通していた。
「なるほど。見た目は人間に近いが……」
話を聞いたオルティアは死体をあちこち調べながら言った。
「い、一番気になるのはその蜘蛛の足よね」
アデルと同じく青い顔になっているカロリーネが顔を背けつつ、横目で死体を見る。
「ん」
その時、ポチが蜘蛛の足を一本もぎ取った。
「ちょっ、ポチ!」
「いいじゃん、一本くらい」
慌てるアデルにポチは冷静に言い放つ。
「オオカリグモの足」
「え?」
ボソッと言ったポチの言葉にアデルは驚いた。
「オオカリグモ……大きいものでは人間よりも大きくなる凶暴なクモだな」
イルアーナがオオカリグモの説明をする。クモと言っても巣を作って獲物を待つタイプではなく、積極的に自分から獲物を狩りに動くクモのようだ。
「うん、間違いない」
ポチは蜘蛛の足をポキっと折って中身を確認して言った。さらに蜘蛛の足が生えていた場所を観察する。
「背骨に足が埋め込まれてたみたい。これじゃ動かすたびに痛いだろうけど」
「うぅ……」
ポチの話を聞くたびにアデルの背筋に悪寒が走る。
「じゃあ蜘蛛の足をもぎ取って人間に埋め込んだってこと? けっこう雑な造りなんだね」
ラーゲンハルトが少し離れたところから言った。死体は見慣れているが、近づきたくはないらしい。
「う~ん、人間の足なら増えても制御できるかもしれないけど……ここ開けて」
ポチが蜘蛛男の頭をコンコンと叩きながら言う。
「え?」
アデルはそれを聞いて青ざめた。
「こちらでやろう」
オルティアがそう言うと、配下に目配せする。あらかじめ概要を聞いていたオルティアは道具を用意させていた。医療用なのか拷問用なのかわからない様々な器具が広げられ、オルティアの配下が蜘蛛男の頭を切り開く。脳が露出する前に、アデルとイルアーナはギブアップして牢の外から解剖の様子を見守った。
「やっぱり。蜘蛛の脳みそが埋め込まれてる。ほら」
「そ、そうなんだ」
ポチが指さすが、アデルは見る気にもならず生返事をした。
(どうせ見たところで分からないし……ポチが言うことなら正しいよね)
アデルは吐き気を堪えながら心の中で言い訳した。
その後も解剖がすすめられたが、蜘蛛男の体はほぼ救命騎士と同じく強化されているだけの人間の体だった。ただ蜘蛛の足と、それを制御するための脳と神経が付け加えられているようだ。
「魔法的な物は無いようですわね」
ほとんど目を向けることもなくカロリーネが言った。
「まさかこんなことができるとは……」
コンラートが顔を歪めながら呟く。
「ポチちゃん、ちょっと気になったんだけどさ」
「ん?」
ラーゲンハルトがポチに問いかける。
「それって……同じようなことをすれば、色んな動物の機能を人間に持たせられるってこと?」
「うん」
ラーゲンハルトの問いかけにポチはあっさりと頷く。それを見てアデルたちは唖然とするのだった。
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