オシャレ(ロスルー)
その後、アデルたちはヒルデガルドらとともに遅めの夕食と取ることになった。会議室を食堂替わりにし、並んで座る。レイコも一緒に座っていた。この場では新メニューであるカレーが振る舞われることになっていたからだ。他の神竜たちはさっさと別メニューの食事を済ませている。ヴェルメラも気絶していたため空き部屋で休ませていた。
こうしている間にも裏ではヒルデガルドたちの部屋を用意するために使用人たちが奮闘している。客人用の部屋は神竜たちや客分扱いとなっている元カザラス軍将たちで満室となっていたからだ。ユリアンネやヒルデガルドたちを質素な部屋に寝泊まりさせるわけにも行かず、客人用の部屋を使用していたアーロフやトビアスらが駐屯地本部へ移ることになった。これは客分扱いとなっていた彼らが正式にダルフェニア軍所属になったとも受け取れる。
給仕たちが料理を運んでくる。カレーが盛られた皿からは良い香りが漂っていた。だが皿が並べられる様子を見てユリアンネは眉をひそめる。カレーの入った皿は各自の前に置かれたものの、サラダやパンは大皿やバスケットに盛られ、テーブルの中ほどに置かれた。
「あっ、ダルフェニアは庶民スタイルなんだ」
ユリアンネの表情に気付いたラーゲンハルトが笑顔で言う。通常、高貴な身分の者の食事はコース料理となっており、一人分を一皿づつ持ってくるものだった。
「そうですか」
ユリアンネは素っ気なく返事を返した。この場で最も偉いアデルや神竜たちが同じスタイルで食事をする以上、ユリアンネも別に文句はない。ただアデルたちの庶民的な食事に驚いただけだ。
(こうして皆で食事をするなんて、いつぶりでしょうか……)
ユリアンネは食卓を見つめながら思う。政治的な会食の場はあるが、基本的には自室で一人で食事をすることが多かった。
「これがカレーですか」
レイコが置かれた皿を見てうっとりと呟く。
「はい。正確にはカツが入ったカツカレーです」
アデルは自身もワクワクしながら言った。
(ちょっとイメージと違うけど)
皿を見つめてアデルは思った。平皿の上にどーんとカツが置かれ、その上からカレーがたっぷりと掛けられていた。どちらかというとカツがメインでカレーはソースのような扱いだ。さらにそのうえから溶かしバターが回しかけられていた。
「どうぞ召し上がってください!」
アデルは笑顔で皆に食事を促す。そして自分もナイフとフォークを使いカツを切り分け、カレーをたっぷりと付けて口へと運んだ。
(……うん、カレーだ)
アデルの口の中に香辛料の豊かな風味と辛みが広がる。しかし……
「確かに美味しいですけれど……変わった味付けのシチューといった感じですわね」
レイコは渋い表情をしていた。
「……そうですね。ちょっとイメージと違いました」
アデルも素直に頷く。確かにこのカレーは少しピリ辛のビーフシチューといった感じの味だった。アデルはロードンにカレーを「辛い味付けのシチューみたいな料理」と説明していたため、それを忠実に再現したのだろう。また神竜王国ダルフェニアにはこれまで辛さがメインとなる料理はあまりなく、辛さも非常にマイルドだった。
「仕方ありませんわね。これで我慢いたしますわ。今回の働きはひとつ『貸し』ということにいたしましょう」
そう言いながらもレイコはカツカレーをパクパクと食べ進め、空になった皿を給仕に差し出した。おかわりの意思表示だ。
「アデルは約束通りカレーを食べさせたのだ。貸しはないだろう」
イルアーナがレイコを睨みつける。サラダから食べ始めたイルアーナはまだカレーに口をつけていなかった。
「アデルさんが自信満々におっしゃるから、どんな華麗な料理かと期待しておりましたのに……これではカレーではなくてオシャレ程度ですわ」
よくわからないことを言いながらレイコはおかわりが来るまでの間にパクパクとパンを食べ始める。
(揚げた肉なんて硬いかと思いましたが……変わった調理法ですね)
一方、ユリアンネはカツを食べて驚いていた。一度スープで煮込んでから揚げたカツは柔らかくジューシーだ。疲れと心労からあまり食欲がなかったが、カレーの辛さが食欲を刺激する。
続いてユリアンネはパンに手を伸ばした。
(温かい……焼き立てですね)
カザラス軍では夜勤の兵士は作り置きのサンドイッチなどで腹を満たすが、食事を重視するダルフェニア軍では24時間食堂か稼働している。そのため夜遅くでも焼き立てのパンを食べることが出来た。
「このパン……美味しいですね」
マギヤがパンを口にして呟く。
「だろ? ダルフェニアは食事がうまいんだぜ!」
なぜかリオがドヤ顔で言った。
「この小麦はちょっと特別な栽培方法で作られていまして……」
アデルが照れながら説明する。このパンに使われている小麦は「はじまりの森」の農場で生産されたものだった。世界樹の影響を受けて育った小麦は多くの栄養を蓄えており、風味と甘みが他の小麦とは段違いだった。
「世界樹か……噂には聞いていたが、そんな風に活用しているとは驚きじゃな」
エスカライザが興味深げに言った。食事のおいしさもあり、場の雰囲気は和やかなものとなっている。
しかしそんな中、浮かない顔で俯いている者がいた。
(私は……なぜこんな場に……)
それは騎士のルイーザだった。ルイーザはそれなりに格のある家の出身だが、さすがに本来であれば皇族と並んで食事をできるような立場ではない。ましてやここは敵地だ。ルイーザは緊張と不安で食事どころではなかった。
(ユリアンネ様たちは丁重に扱われるでしょうけど……一介の騎士にすぎない私はこのあとどんな扱いを受けるのか……)
騎士ではあるが女性であるため、ルイーザは実戦の経験は無く後宮の警備しかしたことがない。そのためまさか自分が敵の捕虜になる時が来るとは夢にも思わなかった。
(貴族に嫁ぐのが嫌で騎士になったけれど……まさかこんなことになるとは……)
ルイーザは貴族の末子だった。貴族の女児は家のために他の有力貴族に嫁ぐのが通例だ。しかしルイーザはそれを嫌がった。兄が暴力的で、他家から嫁いできた女性を虐待しているのを見たからだ。そのため家族の反対を押し切り、半ば家出するように剣の道を歩んだ。もし身代金を要求されても、彼女の家はそれを支払うことを拒むだろう。
「あの、ルイーザさん。お口に合いませんか?」
「え?」
名前を呼ばれ、ルイーザは反射的に顔を上げる。心配そうに彼女を見つめるアデルと目が合った。
「い、いえ! 申し訳ありません! 少し考え事をしていて……!」
ルイーザは慌てて言い訳をする。食事に招かれてほとんど手を付けないのは不作法だ。ルイーザは急いでカツカレーを口に運んだ。
「い、いや、全然気にしないでください! もしお口に合わなければ、他の料理もありますんで!」
ルイーザの様子を見て急かしてしまったように感じたアデルは、さらに慌てて首を振った。
「そんなことありません! とても美味しいです!」
「それなら良かったですけど……無理だったら気を遣わず、正直に言ってくださいね」
「は、はい!」
ルイーザが大きく頷くと、アデルの視線が外れた。ルイーザはそれを確認し、安堵のため息をつく。
(優しそうなお方で良かった……)
アデルと言葉を交わし、ルイーザの不安が少し和らいだ。ルイーザは気を取り直すと、パクパクとカツカレーを口に運び始めたのだった。
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