決意(イルスデン)
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ユリアンネ、ヒルデガルド、エスカライザとカザラス帝国の中でも強い影響力を持つ三人の密会が始まる。
「タイファの住民が消えたというのは本当なのか?」
エスカライザがヒルデガルドに尋ねる。
「はい。ダグラムから戻る途中確認しましたが、確かに住民が全員消えたとのことです」
ヒルデガルドは沈痛な面持ちで答えた。
「ジークムントの仕業だとすれば、妾のノルデンハーツもそうなっていたかも知れぬ。忌々しいのう」
エスカライザは眉間にしわを寄せて呟いた。
「反乱の鎮圧と称し、シュタインバームやバルローなど、王弟派の貴族の所領では多くの兵や住民が殺されたり捕まったと聞きます。なぜそのようなことを……」
ユリアンネは手に持ったティーカップの中身を見つめながら言った。
「アデル王の推測では、人間の血をエネルギーとした化け物を量産しているのではないかとおっしゃっていました」
ヒルデガルドが言う。一時期神竜王国ダルフェニア側にいたヒルデガルドはまだダルフェニア側と情報を共有していた。
「その話が本当であれば、自国の民を何だと思っておるのじゃ」
エスカライザは不快感をあらわにした。
「以前から辺境にある村から人が消えたという報告はありましたが、魔物や野盗の襲撃、夜逃げ等も考えられるのであまり深刻には捉えられていませんでした」
ユリアンネは頭を振った。
「さきほど通りを歩いてきたのですが……明らかに帝都の活気が減っています。もしかすると帝都の住民も……」
ヒルデガルドが不安げに言う。
「浮浪者や貧民を中心に姿を消しているようですね。冬に教会が貧困者救済と称して住民を保護していたようですが、その後どうなったのか誰も把握していません。ただ帝都ですから人の出入りも激しく、衛兵などに聞いても住民が出て行っているかどうかは把握できていないそうです」
「国を守るためとはいえ、国民を犠牲にしてどうするのです……!」
ヒルデガルドの母、マギヤが怒りに震える。
「ジークムントはそんなことをする子ではありません。何かの間違いです!」
ジークムントの実の母親であるフローリアが顔を強張らせて言った。
「そもそも本当に本人なのかすらわからぬのであろう?」
「……そうですね。見た目は間違いなくジークムント兄上なのですが……話せば話すほど、とても兄上とは思えません。兄のもとで副官を務めていたフォスターもそう申しています」
エスカライザの問いかけにユリアンネが答える。
「ラーベル教会の情報も集めようとしていますが、ほとんど情報が集まっていません。特に教会内に送り込んだ密偵は皆帰ってきませんでした。皇帝並み……いえ、それ以上の警戒態勢が敷かれているようです」
「逆に言えば、それだけ知られてはならぬ秘密があるということじゃな」
エスカライザが不敵な笑みを浮かべる。
「ラーベル教会には年老いた大司教様がいらして、大病を患い先代のマクナティア大司教が跡を継ぎました。しかし初代の大司教がどうされているのか、教会の信者たちに聞いても誰も知りません。恐らくはもう亡くなっているのではないでしょうか」
「初代の大司教のことなどどうでもよかろう」
ユリアンネの話にエスカライザが顔をしかめた。
「マクナティア大司教はご存じの通り、賊に襲われて重傷を負いました。そして治療もむなしく亡くなったとされています。しかしそれは本当なのでしょうか?」
「……どういうことです?」
ユリアンネの話を聞き、フローリアが眉をひそめる。
「マクナティア大司教の葬儀はジークムント兄上の戴冠式の裏でひっそり行われました。初代においては葬儀すら行われず、亡くなったことが伏せられています。何かを隠そうとしているのではないでしょうか。例えば……遺体の状況です」
ユリアンネの言葉に一同が目を見開く。
「大司教の死体を何かに利用しているというのか?」
エスカライザが言う。からかうような口調だったが、信じていないというよりは信じたくないという気持ちからだった。
「ダルフェニアからもたらされている情報によれば、ラーベル教会は死体を操れると言います。もしくは肉体を改造して人外の力が得られるとも。大司教たちがどうなったのかはわかりませんが、我々の常識で考えるべきではありません」
「確かにそうですね……」
ユリアンネの話にヒルデガルドが同意する。
「私も気になっていたことがありました。あれだけ大きな組織なのに、大司教の座を後継者が争わないことです。血のつながりがある帝位継承でも争いが起きるのに、血縁ではない教会でなおかつ不慮の死での交代ですら争いが起きませんでした。まして熱心な教徒ではなかったジークムントお兄様を大司教に就けるとなれば、内部では反発があったはず。私の祖父や叔父のように商人ですら代表争いが起きるというのに……」
ヒルデガルドは話ながら目を伏せた。ヒルデガルドの祖父はヨーゼフといい、帝国一の規模のヨーゼフ商会を営んでいた。しかしそのヨーゼフをヒルデガルドの叔父のエイムント・レーヴェレンツが追い出して商会を乗っ取り、レーヴェレンツ商会と名を改めている。
「妾は教会の仕組みに疎いのでなんとも言えぬが……教会という組織では大司教の座などどうでもよいのかもしれぬぞ」
「確かに世俗の権力に興味がないだけかもしれません。ただ、私が恐れているのは……」
エスカライザの言葉にヒルデガルドは少し言い淀んだ。
「教会内には何か……強力で絶対的な存在がいるのではないでしょうか。そして大司教の座は対外的な飾りにすぎないのではないかと……」
「確かにそれであれば大司教の座を争わないのもわかるが……」
エスカライザはまだいまいち納得しきれていない様子だった。
「私も大聖堂に何度か伺ったことがありますが、教会内の高位の者は皆、マクナティア大司教を恐れていました。あれはまるでお父様を恐れる将軍たちのようでした。大司教という座にそれほどの力があるのであれば、跡目争いが起きるはず。ヒルデガルドの言う通り教会を牛耳っているのは大司教ではなく、その裏にいる何かなのかもしれませんね」
ユリアンネは俯きながら唇をかみしめる。
(これほど帝国が教会に毒されているというのに、いままでまったく気付かなかった。お父様も利用されていたのね……!)
自分を責めながらも、ユリアンネの心に怒りが沸き起こった。
「しかし結局、ラーベル教会が我々が想像しているよりもはるかに恐ろしく強力な存在であることが分かっただけか。こんな得体の知れぬものを招き入れ好き勝手させていたなど、本当に簒奪者どもはうつけよのう」
エスカライザが呆れたように言う。
「これ以上、好きにはさせません」
エスカライザを睨みながらユリアンネが毅然とした態度で言い放つ。
「お母様も覚悟してください。ジークムント兄上が教会の傀儡と成り果てていたと分かったその時は……暗殺してでも帝国の威厳を取り戻します」
ユリアンネの言葉に、フローリアの表情が凍り付いた。
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