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手紙

「ラーゲンハルト様、妙な客が来ているのですが……」


「ん~?」


 部屋に入ってきた兵士の報告にラーゲンハルトは生返事をした。執務室の椅子に座り両手を頭の後ろで組み、机の上に両足を乗せている。行儀が悪いと怒られそうな格好だが、考え事をするときにはこの体勢が一番だとラーゲンハルトは考えている。


「いかがいたしましょう? お会いになりますか?」


 本来であれば「妙な客」など衛兵の一存で追い返すものだが、ラーゲンハルトの場合、彼自身が招いた妙な客も多く、衛兵も毎回ラーゲンハルトに確認するようにしていた。


「……誰か呼んでたっけ?」


 ラーゲンハルトは考えるが、とくに覚えがない。


「女の子? 美人? あ、もしかしてこの前に口説いたクレープ屋の娘かな?」


「女の子で美人ですが……子供でして……」


「子供?」


 ラーゲンハルトの頭に二人ほど候補が思い浮かんだが、どちらもこの町にはいないはずだった。


「まあいいや。お通して」


 しばらくして部屋に入ってきたのは、ラーゲンハルトが思い浮かべていたうちの一人だった。


「邪魔するぞ」


「あれ? 君は確か……ピーコちゃんだっけ?」


 ラーゲンハルトを訪ねて来たのは、ヒルデガルドと共にエルゾに向かっているはずのピーコであった。


「質問には一切答えず、この手紙を渡せと言われておる」


 ピーコはつかつかとラーゲンハルトに近寄ると、ずいっと手を差し出した。その手には確かに手紙が一通乗っている。ラーゲンハルトはそれを手に取った。


「読んでいいの?」


 ラーゲンハルトの問いかけにピーコは黙ってうなずく。ラーゲンハルトはその手紙を開き、中身を読んだ。途端にラーゲンハルトの表情が険しくなる。


 手紙にはヒルデガルド一行が襲撃されたこと、相手はレッドスコーピオ自由騎士団であったこと、現在地がエルゾ・モンナ間で、エルゾでも襲撃の恐れがあるため援軍を送ってほしい旨が記載されていた。手紙にはヒルデガルドの署名がしてある。本物かどうかの判別はラーゲンハルトにはつかなかった。


「これはいったい……!?」


 説明を求めてラーゲンハルトはピーコと目を合わせた。


「じゃあ、我はこれで」


「ちょ、ちょっと待って!」


 さっさと帰ろうとするピーコをラーゲンハルトが止める。


「なんじゃ? 我の役目は果たしたぞ」


「いやいや、こんな手紙だけ渡されてもさ。ちょっとくらい話聞かせてよ」


「ややこしくなるから質問には答えるなと言われておる。じゃからそんなこと言うても無駄じゃ」


 ピーコはしっしっ!と手のひらでラーゲンハルトを追い払う仕草をした。


「ふ~ん……残念だなぁ……美味しいクッキーがあるんだけどなぁ」


 扉を出ようとしたピーコの体がピタリと止まる。


「……クッキーとはなんじゃ?」


「知らない? 小麦粉とバターと牛乳とハチミツで造られた、サクサクで甘いお菓子だよ」


 ラーゲンハルトは机から数枚のクッキーが入った包みを取り出す。仕事が煮詰まったときに気分転換で食べるために置いてあるのだ。取り出した途端、ほのかに甘い匂いが辺りに広がる。


「ほ、ほう……それは興味深いのぅ……」


 ピーコは目を潤ませ、生唾を飲み込みながらクッキーの包みを見つめた。


「この手紙だとみんなエルゾの手前まで行ってるみたいだけど、それはいつの話だい?」


「今朝じゃ」


 クッキー欲しさにピーコは素直に答えた。


「今朝エルゾの手前で……どうやって君はこの手紙をここに届けられたんだい? まだお昼にもなってないよ?」


 ヒルデガルド一行の現在地は手紙によればエルゾ・モンナ間となっている。四日から五日はかかる距離だ。この知らせを届けるには、普通に考えれば同じだけの日数がかかるはずだ。


「飛んできたにきまってるじゃろ」


 ピーコはアデルの頼みを聞いて、元の姿に戻り空を飛んでロスルーに戻っていた。ワイバーンも同様だが、風竜族は風魔法を操り速度を上げられるため、普通の鳥よりも高速で飛行が可能である。ただし魔力や体力を消耗するため、ずっと最高速度を出せるわけではない。ピーコも帰りは魔法による速度上昇は使わず、普通に飛んで帰るつもりであった。


「とんできた?……急いできたって意味?」


「もちろん急いだぞ」


 微妙に話が食い違っているのが気になったが、きりがなさそうなのでラーゲンハルトは話を先に進めた。


「まあいいや。ここにレッドスコーピオ自由騎士団を倒したって書いてあるけど、どうやって倒したの?」


「戦って倒したに決まってるじゃろ」


「そ、それはそうなんだけど……どう戦ったの?」


「そんなこと、直接あの娘に聞けばいいじゃろ。それより早くそのクッキーとやらをよこせ」


 いまいち話の通じないピーコにラーゲンハルトは頭を抱えた。


(僕をおびき出して殺すつもりか……? いや、だとすると少人数で来させるし、そもそももうちょっとまともなこと書くよなぁ……)


 ラーゲンハルトは首をひねる。


「手紙にも書いてあるかもしれんが、期日まで三日じゃ。あの娘は援軍が間に合わなくても行く気じゃぞ。急いだほうがいいのではないか?」


 確かにロスルーからエルゾまでは騎馬でも二日ほどかかる。ラーゲンハルトが援軍を送るつもりであればそれほど余裕はなかった。


「……わかった、僕は援軍の手配をしてくるから、ピーコちゃんはここでクッキー食べてて」


 ラーゲンハルトはドアの前に立つ衛兵にピーコが帰ろうとしたら止めるように言い、軍の手配をしに駐屯所へ向かう。


 しかし程なくして彼が戻ってきたとき、部屋にピーコの姿はなく、開け放たれた窓からそよ風が吹き込んでいた。もちろんクッキーは全てなくなっていた。




 ピーコを送り出したアデルたちは商隊の荷物の確認をしていた。


「イルアーナさん」


 箱を開けながらアデルがイルアーナに話しかけた。


「どうした?」


「もしかして……もうお金ないんですか?」


「ん? どういうことだ? 我々が旅を続ける分ならまだまだあるが……」


 イルアーナは怪訝な顔をしている。


「そ、そうなんですね。いや、商隊の物を要求してたので、てっきりもうお金がないのかと……」


 アデルはほっとした。


「エルゾまで行けばプリムウッドまで遠くない。向こうの状況はわからぬが、もし戦闘になっているのであれば物資は必要だろうからな。負傷者を運ぶのにも馬車や馬は必要であろう」


 イルアーナが箱の中身を確認しながら言う。


「しかし食料や武具、医療品なら良かったのだが……当然そういったものは最前線であるロスルーで売ってしまったのだろうな。要らぬものばかりだ」


「ん? これは……」


 アデルは一つの箱の中身を取り出してしげしげと見つめた。それは赤く塗られた木製の犬の彫り物に見える。しかしその頭は三つあった。そして一番特徴的なのは、その頭がゆらゆらと揺れていることだ。


(日本にもこういうのあったな……「赤べこ」だっけ?)


 確かにそれは頭の数こそ違うものの、構造は「赤べこ」とそっくりだった。


「それは『ケルべこ』だな」


「ケルベこ?」


 ケルベこと見つめ合っていたアデルにイルアーナがその名前を教えてくれた。


「ロスルー定番の土産物だな。ロスルーの南に広がる死の砂漠はケルベロスの纏う地獄の炎によって作られたという迷信がある。それをモチーフにした伝統工芸だ。まあ、こんなもの誰が買うのかわからんが」


 イルアーナがアデルの持っているケルベこの頭を指でつんと突つく。ケルベこの頭がぷるぷると震えた。


「なにそれ?」


 御者台に座ってぼーっとしていたポチがケルベこを見つめながら言った。


「『ケルベこ』っていうらしいよ。欲しい?」


 アデルがポチに問いかける。ポチは黙って頷いた。


「はい」


「ありがと。ピーコの分も」


「あぁ。いいよ」


 差し出したポチの手にアデルはケルベこを二つ乗せた。


(ピーコの分もか……ポチはぐーたらだけどいい子だよなぁ……なんだかんだで言うことは聞いてくれるし、ヴィレムさんやレッドスコーピオ自由騎士団の解毒もしてくれたし)


 アデルはケルベこの頭の揺れに合わせて自分の頭を揺らしているポチを見て微笑んだ。ケルベこは箱の中に十個ほど入っていて、それが三箱もある。


(こんなもの役に立たないし荷物にもなるし、捨てていくかな……)


 アデルはその大量の在庫をどうすべきか悩んだ。


「私も一個もらうか。捨てるほどあるしな」


 イルアーナもケルベこを一つ手にとった。


(イルアーナさんはかわいいもの好きだからなぁ)


 ケルベこを見つめ合いながら微笑むイルアーナを見てアデルは思った。


「あの……それはなんですか?」


 気になったのか、ヒルデガルドが近づいてきてアデルに尋ねた。


「『ケルベこ』っていうロスルーの土産物らしいですよ」


「まぁ……私、ロスルーにいたのに土産物屋など行かなかったものですから知りませんでしたわ」


 ヒルデガルドは興味深げにケルベこを見つめる。


「良かったらどうぞ。いっぱいあるんで」


「良いんですか? ありがとうございます」


 ケルベこを受け取るとヒルデガルドはにっこり微笑んだ。初めてヒルデガルドの笑顔を見たアデルはそのかわいらしさにドキリとした。


「うわー、懐かしいな。自分ももらって良いかい?」


「では私ももらいます」


 ヴィレムとエマもそれぞれケルベこをもらっていった。


「それケルベこかい? 懐かしいねぇ。昔の家にあったよ」


「姉御、俺も友達のうちにありましたよ」


 今度はフレデリカたちがやってきてケルベこを見た。


「あたしもひとつもらうよ」


「じゃあ俺も」


「俺も」


 ケルベこの箱にレッドスコーピオ自由騎士団が群がった。


(意外と人気あるんだ……なんか僕も欲しくなってきたな……)


 人が欲しがっているのを見ると自分も欲しくなるものである。


「ま、まあ、僕も一個だけもらっておこうかな」


 誰にともなく呟くと、アデルはケルベこの箱に手を伸ばす。


「……あ、あれ?」


 いつの間にか箱は空になっていた。


 恐るべし、伝統工芸。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなしょうもない工芸品をみんな欲しがるとは、 なんか可愛い集団だな。常に尖ってるエマまでw あれ、お土産としてもらっても微妙なんだよな 全然興味ない人にフィギュア渡す様なもんだ 邪魔にし…
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