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成り行き英雄建国記 ~辺境から成り上がる異種族国家~  作者: てぬてぬ丸
第三章 帝国潜入の章

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 翌朝。アデルは身支度を整えて辺りを見回す。改めて奇妙な光景であった。皇女であるヒルデガルド一行に最強の傭兵団レッドスコーピオ自由騎士団。アデルの横にはダークエルフとまだ眠っている竜の王が二匹。こんな珍妙な集団がいるとは誰も思わないだろう。


 その傍らには十台もの馬車が並んでいる。その内の四台には遺体が積まれている。それぞれイーノス商隊員、リョブ一味、ラーゲンハルトの部下、そして”剣者”ルトガーだ。それ以外にはイーノス商会の商品が乗った馬車が三台、幌の張られた人員輸送用の馬車が三台だ。イーノス商隊の馬車は馬が死んでしまったため、リョブ一味が乗っていた馬を代わりに繋いでいる。レッドスコーピオ自由騎士団にも三人の死者がいたが、すでに埋葬されていた。構成員のほとんどが流れ者のため、遺体を送る先もないからだ。


「一つ問題があります」


 ヒルデガルドが凛とした透き通る声で言った。大声ではないが良く響く声だ。その声は少し離れたところで身支度をしていたアデルたちやフレデリカたちにも届いた。自然と皆がヒルデガルドの周りに集まった。


「目的地のエルゾの町は私たちを襲撃したダーヴィッデ率いる第四平定軍の管轄です。つまりそこでも敵が待ち構えているかもしれませんし、ただの守備兵もダーヴィッデの命令があれば私の暗殺者に変わるかもしれません」


 アデルはヒルデガルドの言葉に息をのんだ。ここは敵地の真っただ中なのだ。


「エルゾには獣の森への備えとして常時千人の守備兵が配置されています。もちろん全軍で私たちを襲撃したりすれば、町の人に気づかれる恐れがあるためそれはないと思いますが……ただしレッドスコーピオ自由騎士団という前例があります。自分の仕業だと気付かれても構わず私の命を狙ってくるかもしれません」


「い、いったん、ロスルーに戻りますか?」


 ヒルデガルドの話にアデルは怯えながら言った。


「それはなりません。配置転換の命令には期日があります。軍人として命令は絶対。守れなければ軍法会議に掛けられる恐れもあります。なんとしてでも残り三日以内にエルゾの町を統括しているガスパー将軍のもとに出向かなければなりません」


 ヒルデガルドは悲痛な表情を浮かべていた。


「バカだね、自殺行為だよ。ひとつ教えといてあげるけど、あたしらとリョブはあんたらが来るまでガスパーのところで待機してたんだ。つまり暗殺の件に関して知ってる男さ」


 フレデリカが肩をすくめながらヒルデガルドに言った。


「お前たちには頼んでいない! さっさと消えなさい!」


 ヒルデガルドの後ろからエマが怒鳴る。


「はいはい、約束通り馬車を三台もらえたら消えるよ」


「約束では一台だろう!」


「ケチだねぇ……」


 フレデリカとエマのやり取りを聞きながら、アデルはそう言えばイーノス商会の馬車をどうするのか気になった。その時、イルアーナが口を開いた。


「悪いが我々もここまでとさせてもらう」


「「えっ?」」


 イルアーナの言葉にアデルもヒルデガルドも驚いた。


「我々の仕事は最初は商隊の護衛という話だった。それが皇女を護衛するという話に変わり、今度は千人の軍と戦えと? 話が違いすぎる。これ以上は付き合い切れん」


「そ、そんな……」


 ヒルデガルドの表情が悲しみに歪む。


「遺体の乗った馬車とレッドスコーピオに渡す馬車以外は報酬代わりにこちらがもらう」


「い、いけません! イーノス商会の馬車や遺体は管轄のエルゾの衛兵所に届けるのが規則です!」


 イルアーナをヴィレムが批判する。


「そんなことをしても奴らが懐にしまうだけだ。そちらとしても彼らが得をするのは避けたいだろう?」


「確かに。遺体の一部でも遺族の元に戻ったら幸運ってとこだろうね」


 イルアーナの言葉にフレデリカも賛同した。


「だいたい、そうなると馬車五台となります。あなた方の人数では子供も入れたところで御者が足りないではないですか」


「心配してもらわなくともけっこうだ。それに馬車を渡したとしても御者が足りないのはそちらも一緒であろう」


「そ、それはそうですが……」


 ヴィレムは完全にイルアーナに言い負けてしまった。


「ちょ、ちょっと、イルアーナさん!」


 アデルはイルアーナを少し離れたところまで引っ張っていった。


「本当に馬車をもらってヒルデガルドさんたちから離れるつもりですか?」


「……ということはやはり、お前は最後まで付き合うつもりだったのだな?」


「え? そ、そうですけど……」


 アデルの言葉にイルアーナはため息をついた。


「だと思ったから私が話をしたのだ。お前がヒルデガルドを助けたいと思う気持ちは立派だが、いくら何でも人が良すぎる。死んでほしくないのであれば、私よりヒルデガルドの方を止めるべきだろう」


「た、確かに……そもそもそんなところに行くのが間違ってますよね……」


 イルアーナの言葉にアデルも納得する。アデルはヒルデガルドのところに戻った。頼りにしていたアデルたちに断られたのがショックなのか、ヒルデガルドはうなだれていた。


「あの、ヒルデガルドさん……やっぱり命令より命の方が大事だと思うんです。どうか考え直していただけないでしょうか」


 アデルの言葉にエマやヴィレムも微妙な表情をした。彼らもヒルデガルドがわざわざ危険なところに行くことに全面的に賛成しているわけではなかった。


「それは……できません」


「どうしてですか? 皇女なんですから、多少命令が守れなくなって……」


「それがいけないのです。皇女だからと特別扱いされる……それが許せないのです」


 ヒルデガルドは声を震わせた。


「私は皇帝の娘として生まれました。ですが母親が平民であることで宮廷内では軽視されました。また女であり、第七子という立場では皇帝の跡取りとしても期待されません。私のことをヒルデガルドとして扱ってくれたのはルトガー様やエマたちなど一部だけで、みんな私を『皇女』として扱います。つまり、大きな勲功を上げた者へ嫁がされる褒美の品として。それ以外に私の価値などないかのように。私はそれが我慢できませんでした。私は私の実力を認めてほしい、軍人として力を証明して父上や宮廷の者たちを見返したい。それが私を育ててくれたルトガー様への恩返しでもあると思います」


 声を詰まらせながら話すヒルデガルドに、アデルは胸を締め付けられた。フレデリカもその様子を見ながら何か思案している。


「イルアーナさん、やっぱりどうにか……」


「ダメだ。千人もお前に倒せる自信があるなら話は別だが」


「そ、そんなの無理ですよ!」


 アデルはもう一度イルアーナにお願いしてみるが、また断られてしまった。


「ねぇ、あんたたち」


 そのとき、フレデリカがアデルたちに話しかけてきた。


「はい?」


「あんたたち、ラーゲンハルトの部下じゃないのかい?」


「部下というか……今回、雇われただけですよ」


「じゃあ普段は冒険者ギルドで働いているのかい?」


「う~ん、まあついでがあれば……でもなかなか難しくて……」


 フレデリカにはアデルが嘘をついているようには見えなかった。


「じゃあ、目的は何なんだい?」


「目的……ですか? なんというか……自分たちの居場所を作らないといけなくて……」


 アデルはイルアーナの目を見ながら慎重に答える。イルアーナが「迂闊なことを言わぬよう気を付けろ」と視線を送っていた。


「居場所? なんだいそりゃ」


 アデルの答えがまったく理解できず、フレデリカはあきれ顔になる。


「詳しくは言えないんですが、僕たちちょっとわけありでして……」


「だろうねぇ。そんな怪しい格好してるんだから」


 久々に格好を突っ込まれて、アデルはちょっと恥ずかしくなった。


「で、ですから、僕や周りの人が自由で安全で豊かに暮らせるような場所を作りたいなと……」


「へぇ」


 フレデリカはアデルの話を聞き驚いた。


「決めた。とりあえずあんたらに付いて行くよ」


 フレデリカはトイレに行くことを告げるくらいの調子でそう言った。


「……あぁ、はい……へっ?」


 一瞬、何を言われたかわからず、アデルは間の抜けた返事をした。


「あんたに仕えるって言ってんだよ。でも気に入らない命令は聞かないし、離れたくなったら離れるからそのつもりでね」


 フレデリカは肩をすくめる。


(まさか……私と同じ夢を持ってるなんてね……)


 そしてフレデリカは笑みを浮かべた。フレデリカは金をためて爵位と領地を手に入れ、流れ者や貧しい者が住める街を作りたいと思っていたのだ。しかしまさかアデルたちが国を造ろうとしているとは思わなかった。


「そ、それって……例えば、ヒルデガルドさんをエルゾまで護衛するのも付いてきてくれるということですか……?」


 アデルは恐る恐る尋ねる。


「さっきも言ったけど、それは自殺行為さ。あと二百……いや、せめて百人……いや、やっぱり二百人は援軍が欲しいね。それが用意出来たら考えてやるよ」


「に、二百人……」


 フレデリカの提示にアデルは頭を悩ませた。


「お前が話している間に商隊の箱をひとつ開けてみたのだが、中身は紙だった。商品を全部売ればそれなりの金になるかもしれん。傭兵の数十人くらいは雇えるかもな」


 イルアーナが手に持った紙の束をバタつかせる。紙は木の繊維を使って作られたものでモンナの産物の一つだ。古代魔法文明では魔術書や研究書の需要があったため、紙や製本の技術も作られていた。現在でも比較的高価ではあるが本は流通しており、一般の識字率もそれなりに高かった。


「雇うといってもモンナにはそんなに傭兵がいないだろうし、エルゾで傭兵を雇うとなると怪しまれる恐れも……」


 フレデリカとイルアーナは傭兵を雇う可能性を相談している。


(ん? 紙……?)


 アデルは何かをひらめいた。


「イルアーナさん!」


「どうした?」


「イルアーナさんも援軍が二百人用意出来ればヒルデガルドさんの護衛をすることに反対はしませんか?」


「あぁ、それなら構わないが……」


「ありがとうございます!」


 アデルは顔を輝かせた。

お読みいただきありがとうございました。

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