それぞれの視点
今回、全然ストーリーは進みません。
それぞれがどういう考えをしていたかという感想戦みたいな話になりますので、
興味がない方は読み飛ばして良いかもしれません。
無事、合流した一行はその晩はとりあえず休むこととなった。ケガ人もいれば今後のことを話し合う必要もある。アデルたち、ヒルデガルドたち、フレデリカたちはそれぞれ少しの距離を置いて野営をする。ヒルデガルドたちはフレデリカたちを警戒してか、ややアデルたちの近くに焚火を囲んで座っていた。
「あの者たちを野放しにして良いのですか?」
エマが離れたところで休んでいるフレデリカたちを睨みながら言った。
「悔しいですが、彼らがまた襲ってくる可能性は少ないでしょう。フレデリカたちはダーヴィッデから口封じのために狙われているうえに、私たちを殺せば当然、皇女殺害の犯人としても狙われます」
ヒルデガルドがエマに答えた。
「しかしヒルデガルド様を殺害して、それを手土産にダーヴィッデ様の元に戻るという可能性もあるのではないですか?」
ヴィレムが焚火に薪を足しながら言う。
「もしその意志があるのならリョブを殺さないでしょう。リョブたちと手を組んで私たちを殺せば、人質となっていた負傷者も救出できたかもしれません。にも関わらず、リョブを人質にすらせず殺したのは、彼らが言う通りダーヴィッデの元に戻る気はない証なのではないでしょうか」
「今はもう無害になったとしても、彼らが殺人を犯したことは確かです。しかもルトガー様まで……その罪を償わせなくてもよろしいのですか?」
ヒルデガルドの言葉にエマが食い下がった。その言葉にヒルデガルドは奥歯を噛み締めながら手元に置かれた剣を見た。覇剣リヒトシュトラール。”剣者”ルトガーの愛剣であった。ヒルデガルドが遺体から回収し、形見として持っていたのである。
「……もちろん彼らのしたことは許せません。しかし今、我々に自分たちの意見を通せる力があるでしょうか?」
ヒルデガルドはレッドスコーピオ自由騎士団に襲われている間、怖くて震えているだけだった。ヴィレムに至っては毒を受けて失神しているだけ。エマはその二人を守ろうとしていたが、アデルたちが戦っている間、結局何もしていない。アデルたちがいなければヒルデガルドたちは全滅していた。
ヒルデガルドの言葉にエマもうつむいた。ヴィレムは自分の失神している間の状況を聞いており、その時は護衛の責を果たせなかったことを悔いて自分の首を落とすことを願い出たほどだ。エマと同様、ヒルデガルドの言葉にうつむくしかなかった。
「すべては私の責任です。自分たちの戦力を過大に評価し、敵が送り込んでくるであろう戦力を過少に見積もった。結果として大きな損害を出してしまいました。デルガードさんたちがいなければどうなっていたことか……そして彼らを雇ってくれた兄上にも感謝しなければなりませんね」
ヒルデガルドは淡々と語る。
「私たちがいまもっとも避けなければならないことは、デルガードさんたちが敵側に付くこと。そうなれば我々に生き残るすべはありません。今日、私たちは惨敗して己の無力を痛感しました……生き残って、強くなりましょう。死んでいった者たちのためにも」
ヒルデガルドは覇剣リヒトシュトラールを持ち上げた。
(私、先生の剣を持つに相応しい人間になります……!)
ヒルデガルドは心の中で亡き師匠に誓う。ヴィレムもその剣をじっと見つめていた。
しばらく三人の間を沈黙が支配する。
「しかし一体、彼らは何者なのでしょうか。素性を偽っているようですが……」
エマが静寂を破り口を開いた。
「エマも気付きましたか? 戦闘中、デルガードさんは『アデル』と呼ばれていました」
「アデルですって? まさか”首狩り”アデル……!?」
ヒルデガルドの口から出た名前にヴィレムが驚く。
「それはわからないわ。確かにラーゲンハルト様によれば彼の暗殺は偽情報の可能性があるけど、”首狩り”アデルは弓の使い手。もしかすると”首狩り”という異名から剣の使い手と勘違いした、アデルの名を騙る偽物の可能性もある」
ヴィレムに対してエマがその可能性を否定する。
「一応、彼も弓は持っています。一度も使いませんでしたが……もし彼と”首狩り”アデルが同一人物の場合、弓も剣も魔法も使いこなせる、帝国にとって最大の脅威となります。ですが少なくとも、彼らは私たちを守ってくれました。敵ではないと考えていいのではないでしょうか」
ヒルデガルドが考えながら言った。
「彼らは襲撃に事前に気づき、さらに敵の正体まで知っていました。さらに彼ら自身は敵を一人も殺していない……あの戦いが偽りだったとは思えませんが、信用するのは危険ではないでしょうか」
用心深いエマは安心できなようだ。
「信用はしてはいません。しかしダーヴィッデの味方ではなく、私たちの敵でもない……そういう存在なら頼らなくてはいけない状況です。安全が確保できるまでは彼らに守ってもらうしかありません」
ヒルデガルドはアデルたちの方を見ながら言った。
(それにしても……この気持ちはいったい……?)
ヒルデガルドは襲撃中のことを思い出した。恐怖に震える自分を守ってくれた、あの凛々しい姿……その姿を思い出し、ヒルデガルドは自然と胸が高鳴るのを感じた。
「まったく……厄日だったねぇ……」
両手を頭の後ろで組み、寝転がりながらフレデリカは呟いた。
「ちげぇねぇ。あんな化け物みたいな護衛が雇われてるなんて、運が悪いったらありゃしねぇ」
部下の一人が頷いた。
「わかってないねぇ。全部が罠だったんだよ。嵌められたのさ」
「はぁ?」
フレデリカの言葉の意味が分からず、部下は呆けた顔になった。
「あんな化け物みたいな護衛がたまたまいてたまるかい。ラーゲンハルトは元々冒険者をやっていて冒険者ギルドにコネがある。ヒルデガルドの配置転換も渋ってたそうじゃないか。イルアーナたちはこっちの襲撃にも気付いてたしね」
「……つまり?」
「要するに、こちらの襲撃を予想していたラーゲンハルトが冒険者ギルドに掛け合い、最強の護衛を用意させた。だがそんな腕利きを集めるには時間がかかる。だから配置転換を先延ばしにして、時間稼ぎをした。そしてあたしたちはまんまと飛び込んじまったのさ。ラーゲンハルトが用意した最凶の罠にね」
フレデリカは不満げに鼻を鳴らした。まさか偶然にアデルたちほどの猛者が雇われたとは夢にも思わなかった。
「ふてぇ野郎ですね」
内容は理解できていないが、部下はとりあえず怒った。
「だが、どうにもわからないね……イルアーナたちがラーゲンハルトの手の者なら、どうしてあたしらを捕まえることすらしないんだい? ダーヴィッデと敵対する気はないってことかい?」
フレデリカは独り言のようにブツブツと呟く。
「そりゃあ、さっき姉御が言ってたように、権力ではダーヴィッデ様たちに勝てないからでは?」
「確かにあのラーゲンハルトは宮廷内では嫌われてるからね。それに形式的には今のところ継承権第一位。つまり他の皇帝を狙ってる奴ら全員から敵視されてる。そういう意味じゃその通りなんだよねぇ。しかもダーヴィッデが従ってる第二子のユリアンネとは、同じ第一皇妃の子だ。そこが争ったら第二皇妃のガキどもにいいようにやられちまうからね」
そう言いながらもフレデリカは納得のいかない顔をしていた。
「だがラーゲンハルトは何を考えてるかわからないからね。他の宮廷の強欲どもと違って考えが読みにくいんだよ。権力、金みたいな、他の奴らと同じ目的ならわかりやすいんだけど、あいつは何が目的なのかわからない。『宮廷内でこいつを敵に回したら損だ』みたいなことを考えるタイプなのかね。実際、宮廷内ではなんの力もないヒルデガルドに肩入れしたりしてるし……もしかして女として狙ってるのかね?」
フレデリカは眉をひそめた。
「兄弟なんだから助け合って当たり前じゃないですかね」
「だったら皇位継承争いなんて起きやしないよ」
部下の言葉をフレデリカは切って捨てた。
「まあ、護衛はラーゲンハルトの手配だとしても、あたしたちを生かしてるのはイルアーナたちの独断って可能性もある。お偉い方々の考えを、いま路頭に迷いそうになってるあたしらが考えても仕方がないね」
フレデリカは態度やその判断力からイルアーナがアデル一行のリーダーだと思っている。さきほどから「イルアーナたち」という呼び方をしているのはそのためだ。
「それですよ、姉御。これからどうするんですかい?」
部下たちがフレデリカの顔をじっと見る。
「そう言われてもねぇ……ダーヴィッデたちからは命を狙われるだろうし、他の有力者たちは巻き込まれるのなんてごめんだろうからねぇ……となると第二皇妃のガキどもかい? いや、冗談じゃないね……」
フレデリカはブツブツと呟きながら考え込んだ。
「ふぅ……それにしても大変でしたね」
アデルはため息をついた。戦闘で体力を使った上に、その前後でも頭を酷使して、もうクタクタだった。食事を終えたポチとピーコは眠っている。
「……なぜフレデリカを殺さなかったのだ?」
イルアーナがポチとピーコの頭をなでながら尋ねた。
「いやいや、簡単に言わないでくださいよ。あの人ヤバいんですから!」
アデルはフレデリカの能力値をイルアーナに語った。
名前:フレデリカ・ルインテール
所属:レッドスコーピオ自由騎士団
指揮 66
武力 109
智謀 83
内政 40
魔力 18
「噂には聞いていたが、そこまでとは……」
イルアーナはフレデリカの能力に唸った。ちなみに襲撃時には所属に「カザラス帝国」とも表示されていたのだが、降伏後はなくなっていた。そこもアデルがフレデリカたちを解放した一因にもなっている。
「だが、降伏させたのだ。そこで処刑することもできたであろう?」
「降伏したのに処刑というのも……それに、みんな似てると思うんですよね。僕もヒルデガルドさんもフレデリカさんも」
「似てる?」
「ええ。みんな仲間に裏切られて、殺されかけて……そう思うとちょっと同情しちゃう部分もあって……」
「なるほどな」
アデルの説明にイルアーナは少し笑みを浮かべながら納得した。
「それと……一応言っておくが、ヒルデガルドの死は我らにとって好都合かも知れんぞ? もしその気があれば、いまからでも暗殺させて内紛を引き起こせるかもしれん」
イルアーナは続けてアデルに尋ねた。その瞳は興味深そうにアデルを見ている。
「う~ん……そうかも知れないですけど……やっぱりなるべく人は殺したくないというか……イルアーナさんはどう思うんですか?」
「私もそうだ。今後戦争は避けられず、多くの人間を殺すことになるだろう。だが無駄に殺すようなことは避けたいものだな」
イルアーナの言葉にアデルはほっとした表情を浮かべる。
「そうですよね。どうせ戦争で殺すからここでも殺していいなんて、人の命を軽く扱いたくはないです。偽善かもしれないですけど……」
アデルは自分の手を見ながら言った。焚火で照らされた手は赤く、今後多くの血で汚れる未来を暗示しているかのようだ。
「相手を殺すかどうかなど悩めるのは強い者の特権だな。全ては生殺与奪権を握った者の都合や感情で決まる。大事なのは決める側に常にいることだ。そうである限り、好きなだけ悩めば良い」
イルアーナの言葉は硬かったが、その表情は慈愛に満ちている。
(……アデルは感情で動くタイプの男だ。そして善良でもある……時として冷酷な判断を下さねばならない王としては不向きと言わざるを得ない)
イルアーナは目を伏せた。
(だが……仲間としては最高の仲間だ)
焚火の熱に当てられたせいだろうか。イルアーナの頬は少し熱くなっていた。
お読みいただきありがとうございました。